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真面目なロバとずる賢いカラス

ある森の中を一頭のロバが歩みを進めていました。ロバは重たい荷物を背負い、もう何日も休まずに運び続けています。それでもロバは体力に自信があり、我慢強い性格ではあるのですが、とうとう足が思うように進まず、一歩前へと進めずにいました。
そんなことも知りつつ無理をするものですから、気が付くとひどく息が上がっていました。この森についた時からもう何日もこんな有様だったのです。だけれど、ロバはそれを認めようとしませんでした。
「立ち止まっちゃだめだぁ。この荷物を早く運ぶように人間のおじさんに言われたのになぁ。でも、どうして足が重たいのかなぁ。体が鈍いや」
弱った体を何度も動かそうとしますが、荷物の重みに押さえつけられ、まともに動くことすらできなくなっていますし、足がすくみ、重さに耐えらずにいた。そして更に運の悪いことに、後ろ足が植物の蔓(つる)にひっかかり、それがもとで転んでしまいました。
「痛いよう。それにのどもカラカラ、お腹もすいたなぁ……」
 とうとう根を上げたロバは、涙をこぼし悲鳴を嘶(いなな)いたのです。
「もう、もうだめだぁ……!」
 ロバは倒れこみぐずぐずと泣き始めます。そうしていると遠くのほうから一つの羽ばたく音が聞こえてきます。ロバはなにかと思い、あたりを見渡しますと、黒い影がこちらにやってくることに気が付きました。
「カラス……?」
 一羽の雌のカラスがロバの前に降り立つと、小首を二度、三度とかしげつつ、何度か目を瞬かせたあとにロバに向かってあざ笑うかのように見下ろして言うのでした。
「あらあら、もしかしてアンタが泣き虫さんかしら? アンタの悲鳴はなかなかに最高だったわよ? しかしまぁ、惨めね。こんな淋しい森で疲れて動けなくなるなんてね」
 カラスは挑発的な高い声でロバを煽りました。彼を少しからかうだけのつもりだったのですが、それはかえって彼の不安を刺激してしまったようで、さらにわんわんと泣き始めてしまったのです。
 「あぁ! 僕はこのまま足を蔓(つる)に囚われて、とうとうここを動けないままなんだぁ。そして動けなくなった僕を突(つつ)いていじめるつもりなんだ」
 ロバが怒ると思っていたカラスは調子を狂わされ、思わずたじろいでしまいました。このままだと埒が明かないと思ったカラスは、ため息をつきロバを諭しました。
 「なんでアタシがそんなことしなきゃいけないのよ。 アタシだってね、アンタをたっぷりいじめるほど暇じゃないのよ?」
 視線のやり場に困っていたカラスは、ふとロバの背負っていた荷物が目に留まりました。
カラスは悪知恵が働きニヤリと不敵な笑みを浮かべました。
「そうねぇ……でも背中に背負っている荷物には興味はあるわ。せっかくだからごっそりといただこうかしら?」
カラスはぴょんと跳ねるようにしてロバに近づいてきました。ロバは目を丸くしてカラスに、か細い声でやめるように声をかけます。
「やめてぇ! これは人に届ける大事な荷物なんだぁ。君にはあげられないよぉ」
カラスはそんなロバの言葉には耳をくれず、荷物の入ったかばんのひもをくちばしで器用にほどいていきます。
「さてと、荷物の中身はなにかしらね」
 カラスがひもをほどいた瞬間、一気にかばんの中身がなだれ落ち、カラスは、『ひゃあ』と悲鳴を上げ、それに埋もれてしまいました。
「カラスさん大丈夫⁉」
 ロバは埋もれてしまったカラスを心配しましたが、ほどなくしてカラスは顔を出しました。ロバはほっとしましたが、あたり一面に散らばってしまった荷物をみるなりハッとして、それを片付けようと思いましたが、足に絡まった蔓(つる)のせいで思うように動けません。
「ったく、やたらと詰め込んで人間っていうのは、ほんと頭悪いわね!」
 カラスはお門違いな文句をぶつぶつと呟きますと、その中に混じっていた綺麗な石を翼に持ち、太陽にかざしました。それは木洩れ日を受けて綺麗に輝いていることに気が付きました。
「へぇ、すごいもの持っているじゃない……!」
 ロバの荷物から出てきたものは、世にも珍しい品々ばかりでした。透き通った身体をもつ蜥蜴(とかげ)や、水晶のように輝く魚の鱗——。綺麗なものばかりかと思えば、まるで人の顔のように見える怪しい果実や、恐ろしい魔物の牙など、使い道の分からないような代物までありました。カラスはそういったものに顔を引きつりながらも、もう一度自分の手に取った綺麗な石を太陽にかざしました。
 すっかり気をよくしたカラスは大喜び。それまで悪態をついていた態度とは打って変わり、ロバに猫なで声で話し始めました。
「アンタさぁ、こんな珍しい物を持っているんだったら、もっと早く言いなさいよ。そうしたらアンタのことをいくらでも助けてあげるのにさ」
 ロバは調子のいいカラスに頭を悩ませていましたが、助けると言っていたことを耳にしてカラスにそのことを問いました。
「助ける……?」
「そうよ? でもアタシは、タダで人を助けるほどお人よしではないわ。……それで、取引といかないかしら?」
「取引だって?」
 ロバはまた目を丸くしてカラスを見つめます。
「そうよ。アタシはこのままつるに足をとられて動けないでいるアンタを助ける。それと引き換え、アンタはこの綺麗な石をアタシに差し出すと……どう?助かると思えば悪くない取引だと思うけど?」
 しかしロバは渋い顔を浮かべました。勝手に人のものを渡すことは悪いことだと思ったからです。
「助かるのならそれは喜びたいのだけれど、自分が助かったせいで誰かが困ることがあってはいけないと思うんだぁ」
 このなかなか頑固なロバに対して、カラスは思い通りにいかず、だんだんと苛立ち始めます。カラスはここでこの石を持って、ロバを見捨てることもできました。しかし、本当はこの珍しい品々を全部ほしいと思っていたので、どうにかしてこの頑固者のロバを説得させようと思ったのです。
 そこでカラスはロバに揺さぶりをかけてみることにしました。
「へぇ……? あらそう、いいのね? アタシがこのまま見捨ててしまったら誰がアンタのことを助けるのかしら? 運よくアタシに見つけてもらったのに自分から幸運を手放すわけ? まぁいいわ。アンタがそうしたいのなら、見返りがないことをいとわない善良な人に助けてもらえばいいじゃない? まぁいつになるかわからないわよ? ここはなんたって深い森だもの。そうそう人間やほかの動物は来ない場所よ」
 ロバはうんうんと唸りながら、自分が助かるためにみすみす荷物をカラスに手渡していいものかと良心の呵責(かしゃく)に苛まれました。更にカラスは入念にロバを揺さぶります。
「そうねぇ、それにあなたのその荷物、誰が代わりに運ぶのかしら? そんな珍しいものがたくさん散らばったままだと、もしかしたら盗賊が追剥(おいはぎ)にやってくるかもしれないわね?」
とうとうロバはめそめそと泣き始めてしまいます。泣き始めてしまってはもう話ができないと思ったカラスは頭を悩ませ、とうとう不満をロバにぶつけました。
「いい加減にしないさいよ。助かりたいんでしょ。さっきからアンタは泣いてばっかりいて、なにも答えを出さないでいるじゃない。なんか言いなさいよ。この頑固者」
 ロバは涙声でぼそぼそと喋りました。
「本当は助けてほしいよぉ。でも……でもぉ、この荷物がどれか一つでもなかったら、その人は悲しむと思うんだぁ。こんな珍しいものを頼んだってことはその人は、うんとたくさんお金を払って、届くのを楽しみに待っているんだと思うんだぁ。僕は届け主の喜ぶ顔がただ見たいだけなんだぁ」
 それを聞いたカラスはなんだか自分が盗賊まがいなことをやっているみたいで、後ろめたい気持ちになりました。
「あぁ、はいはい。アンタにはかなわないわよ。ほら、この石も返すしアンタも助ける。これでいいでしょ?」
そういうとカラスは不機嫌そうに、つるをくちばしで器用にほどきました。そうして、すぐに羽ばたいてどこかに行ったかと思うと、どこからか小さな麻の袋を持ってきてロバの前に再び降り立ちますと、麻の袋をひっくり返し、ロバの目の前に中身をばらまきました。袋の中には大小さまざまな木の実や芋、リンゴが入っており、それを丁寧に並べるとぷいと首を背けて、不機嫌そうに言いました。
「さっさと食べなさいよ。お腹が空いているんでしょ? ……なんでアタシがアンタを見返りなしで助けなきゃいけないのよ」
 それらを見たロバは目を輝かせて無心になってむしゃむしゃとかぶりつき始めました。
「アンタって意外と業突張りなロバなのね」
 カラスはぶつぶつとそんな文句を言っていると、ロバはよっぽどお腹が空いていたのか、あっという間にそれらを平らげてしまいました。平らげたロバは改めて深々とお辞儀をしました。
「本当にありがとう。 カラスさんは命の恩人だよぉ」
「な、なにが命の恩人よ! まったく、アンタって奴は本当に都合がいいわね。……まぁいいわ。アタシがアンタをタダで助けたやったこと後悔させてやるんだから! この利子は高くつくわよ」
 カラスはどこか照れ臭そうにしながらも、彼の背中にちょこんと乗りました。
「カラスさん、ついて来るのぉ?」
 とロバは目をキラキラと輝かせます。カラスはロバの能天気そうな声にむっとするとロバの耳をくちばしで思い切り引っ張りました。
「痛いよぉ、カラスさん」
「ざまあみなさい! アンタはアタシに借りができたんだから、アンタがアタシに貸しを返さない限り付きまとってやるんだから! 覚悟しなさいよ!」
「ほんと⁉ じゃあついてきてくれるんだね。僕ね、ずっと一人旅だったから話し相手がいなくて寂しかったんだぁ。カラスさんがついてきてくれるんだったらこれから行く先々も寂しくないや」
「あぁ、もうアンタといると調子が狂ってばっかりだわ」
 すっかりご機嫌なロバと調子の狂わされるカラスですが、どこか二人は漫才をするかのように息が合っていました。
 こうして一頭のロバと一羽のカラスは偶然にも出会うことになりましたが、彼らはどこか楽しそうに届け主の待つ森の奥へと歩みをまた進めました。

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