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自分の可能性を信じて先行投資 MVPクオーターバック・高木翼の転職という決断

アメリカンフットボールのクオーターバック(QB)と言ったら、世間でどれくらいの人がわかるだろうか。アメフトのオフェンスで主にパスを投げるポジション。野球に例えるとピッチャーのような存在なのだが、試合をコントロールするチームの司令塔という意味では、それ以上に重要で大きな役割を担う。その証拠に、ブロックやタックルなどのコンタクトを基本とするアメフトにおいて、QBだけは(ケガをしたら困るから)タッチ、あるいは触ってはいけない、という特別扱いで練習が行われるのだ。

1月3日、東京ドーム。アメフトの日本一を決める”ライスボウル”が行われ、富士通が関西学院大学を下して、4年連続の日本一を達成した。試合のMVPに選ばれたのは、富士通のQB、高木翼(トップ写真=撮影:佐藤誠)だった。


2012年から5年間ほど、アメフト専門メディア、専門誌の編集をしていた。学生から社会人までたくさんのチームや選手を取材させてもらったが、高木翼は特に印象に残っている選手の一人。大学の後輩ということもあって、学生時代から節目節目で話を聞かせてもらっていた。
私は現在、アメフトの記事を書く立場でないし、そもそも試合をほとんど見ることができていない。だが、今回の高木の活躍を目の当たりにして、彼のストーリーはぜひ記録しておきたいなと思った。もう少し正確に言うと、彼が社会人2年目にとった転職という決断があまりにすごいので、それをしっかり伝えたいなと思いこの記事を書いている。

アメフトをプレーしている選手に限らず、アスリートに限らず、何かに挑戦している(挑戦しようか迷ってる)人にとって、彼の決断はきっと参考になる部分があると思うので、読んでもらえたらうれしい。

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小学生からQB一筋のアメフトエリート

彼の決断について説明する前に、まず高木翼がどんな人物か紹介しておきたい。
私が大学でアメフトをしていた15年以上前、幼稚舎(慶応の小学校)にすごい子がいるらしい、といううわさを聞いたのが最初だった。長身でフットボールの理解度が高く、勝負強い。QBとしての必要な資質をすべて兼ね備えたような選手だった。彼が高校や大学に来る頃には、日本一を狙うのも夢じゃない。OBの期待も大きかった。だが、ライバルの壁は厚く、学生時代に日本一を果たすことはできなかった。「社会人で必ず日本一になります」。高木はこう言い残して大学を卒業した。

彼のパーソナリティーはどうか。いつ話を聞いても、自分やチームを客観視して説明できる選手だった。「ウス!気合いで絶対勝ちます!」みたいな悪い意味で体育会的&感情的&根性論的な物言い(私は完全にこのタイプ・・)は一切せず、具体的な課題や修正点を口にすることができた。試合を組み立てるQBというポジションをずっとプレーしていたこともあると思うが、とても合理的な思考の持ち主だったのである。

付け加えるなら、決して人のせいにしない男気があった。ある時、QBを守る役目のオフェンスラインがボロボロにやられた試合があった。そこに話を向けると、「自分がもっとこうプレーしていればよかった。オフェンスラインを育てるのも、QBである自分の役割」と答えた。オフェンスの全責任は司令塔である自分が背負うんだという、覚悟を持ったリーダーだった。

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アメリカ人QB全盛時代

高木の選択を語る上で、もう一つ押さえておかなければならないポイントがある。それは、社会人リーグにおけるアメリカ人QBの存在だ。2013年、UCLA(カリフォルニア大ロサンゼルス校)出身のケビン・クラフトが、IBMに加入したのがすべての始まり。彼の東京ドームでの衝撃的なデビュー戦は今でもはっきり覚えているが、まるでキャッチボールをするように簡単にパスを決め続けた。以降、アメリカ人の司令塔は年々増え続けて、今季は社会人アメフトのトップリーグである「X1 SUPER」に所属する8チームの内、先発QBは7人がアメリカ人という状況だ。

アメリカ人QBたちの中でもレベルの差はあるので、どれくらい違うのか説明するのは難しいのだが、再び野球のピッチャーに例えると、「140キロのストレートしか投げられない日本人QBに対して、アメリカ人QBは160キロ投げられて、変化球も多彩」くらいの差があると思っている。

次々と海を渡ってくるアメリカ人QBの中でも、リーグ史上最高の選手と言われるのが2014年に富士通に加入したコービー・キャメロンだった。彼はアメリカのプロリーグ、NFLのキャンプにも参加した実績があった。最終的にプロに行けなかったのはチーム事情や運も含めた本当に紙一重の差で、搭載しているエンジンは紛れもなく本物だった。

もっとも成長できる環境求め、富士通へ

ここからが本題。
高木は大学卒業後は銀行に就職し、クラブチームのオービックでプレーしていた。しかし、業務が多忙で満足に練習時間が確保できない。ここで高木が取った行動は、銀行を辞めて、企業チームの富士通に移籍することだった。

この行動のどこが驚きかというと、前述の通り富士通にはキャメロンという最高のQBがいる。彼がいる限り絶対に試合に出られないのだ。普通、移籍とは試合の出場機会を求めてするものだ。高木が富士通に移籍した2016年当時は、まだアメリカ人QBはリーグに3人ほどしかいなかった。つまり、彼の実力ならば、エースを張れるチームは他にいくらでもあったのである。彼の決断に対して、周囲は「今さら富士通に行ってどうするの、試合出られないじゃん」と、冷ややかな反応が多かったと記憶している。私自身も同じ印象で、後輩として応援はしていたが、この決断はちょっと理解に苦しんだ。だが、富士通のグラウンドで話を聞いた時、彼は一点の迷いもなくこう説明してくれた。

高木
今の僕に必要なのは時間。もっともアメフトに打ち込める環境があるのが、企業チームの富士通です。正直、キャメロンを簡単に超えられるとは思っていません。みなさんが言うように、試合に出られずずっと控えかもしれません。でも、キャメロンという最高のお手本が常に目の前にあるので、QBとしては必ず成長できます。彼から吸収できるのもは何でも吸収してやりますよ。周りの選手のレベルも高いですしね。
あと、どんなにすごいアメリカ人QBがいようが、日本代表の司令塔を務めるのは日本人ですよね。自分が日本人NO.1になりさえすれば、そこの座は絶対に勝ち取ることができます。日の丸をつけてプレーするのも大きな目標です。人生一回しかないので、後悔しないように日々生きていきます。

つまり、彼は人生において”試合で活躍する”という短期的な結果を求めなかったのだ。代わりに、QBとしてまだまだ成長できるという自分の可能性を信じ、将来に向けて先行投資した。それが、高木が富士通という環境を選んだ理由だった。

天は自らを助くる者を助く

2019年の1月3日。ちょうど一年前のライスボウル。高木は試合の大勢が決した後にわずかな時間だけ出場機会を与えられ、タッチダウンパスを決めた。私は彼に「活躍うれしかったよ、がんばってね!」と短いメッセージを送った。高木にメッセージを送ろうと思ったのには理由がある。2018年12月にこのニュースを目にしていたからだ。高木が大きな目標としていた、4年に一度のアメフトの世界選手権が中止になったのだ。

わずかな時間でも、彼が成長しているのは一目瞭然だった。球威が明らかに以前より増している。ちなみに、彼は決して肩が強いQBではない。以前に本人も遠投は55〜60ヤード(50メートルほど)くらいと話していた。だが、パスの弾道は鋭くなり、精度は明らかに向上している。アスリートとして着実に成長しても、高木が試合に出場する機会は国内リーグにも国際舞台にもないのか・・・。彼のプレーをテレビで見ていて、そんな切ない気持ちがよぎり、親指が自然と動いたのだ。
高木からは「バードソン(キャメロンの後に加入した、富士通のアメリカ人QB)に負けていられません。2019年はもっと試合に出て活躍できるようにがんばります!」と、とても前向きな返信があった。

2019年シーズン、4年間努力を続けた高木に運が巡ってきた。
富士通のQBバードソンがリーグ戦で負傷し、高木がスタメンに抜擢されたのだ。チームを日本一へと導き、MVPに選ばれたのは冒頭の通り。さらに、5年ぶりの日本代表招集も決定した。相手はNFLの予備軍。これまでのアメリカチームでもっともレベルが高く、日本にとっては大きな挑戦となる。高木が代表に選出されるのは、ほぼ間違いないだろう。

一連の出来事について、偶然ではなく必然だった、などと言うつもりはない。
高木はアメリカ人QBから先発の座を奪い取ったわけではない。あくまで、負傷により先発の座がめぐってきただけで、運が良かったのだ。

でも、これだけはっきり言える。
高木が2016年に自分の可能性を信じて転職&移籍していなければ、彼のここまでの成長はなかったということ。その成長がなければ今回のような機会に恵まれたとしても、おそらくチームを日本一に導き、MVPになる実力は備わっていなかったであろうということ。

挑戦する人すべてに読んでほしいと書いたが、アメフトが好きなので、一番高木のストーリーを知ってほしいのは、やっぱりアメフトをやってる学生やフラッグをプレーしている子どもたち。近年、学生アメフト界で本格派のQBが育っていない印象がある。それは、社会人リーグの司令塔がほぼすべてアメリカ人である状況と無関係ではないとも感じている。

どうせアメリカ人にはかなわない。あきらめるのは簡単だ。
でも、こうやって努力を続けていれば、日本人QBでもアメリカ人と遜色ないレベルでやれるんだ。才能ある若い選手たち、どうか高木翼のように、自分の可能性を最後まで信じてみてほしい。活躍できる保証なんてないけど、きっと後悔だけはしないはず。

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撮影=佐藤誠

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