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伝え方で演技は変わる

「演技の学び場」の意図

 日本では演技の指導方法は確立されていない。ほとんどの指導者が、かつて先輩や演出家に言われたこと、日々の研鑽で発見したことから、自らの教授方法を確立していっているんだろうと思う。そして日本には演技書はたくさんあるけど、私の知る限りでは演技講師のための教材がない。(洋書では講師のための本はある。)しかし演技を教えたり学んだりすることは、演技レッスンだけでなく、現場や稽古場にまで及んでいる。けれど私のような日々教えることばかり考えている人からすると、そうした指導方法に危うさを感じる。
 演技を教えることは決して容易ではない。演技経験、手法の理解、コミュニケーション力、市場理解、俳優のニーズなど求められる知識や能力は多岐に及ぶ。こうしたことを踏まえないで教えることをしてしまうと、俳優を追い詰めたり、トラウマを与えたり、誤解をあたえる。
 私はマイケルチェーホフ演技テクニックをマイケルチェーホフヨーロッパ(MCE)やマイケルチェーホフ協会(MICHA)の講師養成を受け、日本でも講師仲間(スギウチタカシ、野田英治、小川友子、柿沼慶典、森本ひかるなど)といった素晴らしい講師たちと「演技を教える」ことを考え学んでいる。その中でいくつか理解してきたことをシェアしていきたい。

では本題

「集中して」、「リラックスして」、「エネルギーをもっと出して」、「自然にみえない」などの指示や指摘は演技レッスンや稽古において当たり前のように使われています。しかしこうした定型文のような指摘は、必ずしも俳優の助けにはなりません。

伝え方を変えることで、演技は変わる

 例えば、当たり前に使われている「もっと相手に集中して」と言われた俳優は、きっと頭の中で「私は集中しているつもりでいたのに注意を受けた。どうやったら集中できるのか?集中しているように見えるのか?いや、こんなことを考えているってことは集中していない。どうしたらいいんだ!」という思考の迷路に入ってしまい、雑念が多くなり、心ここにあらずのような演技なってしまいます。そしてさらに指摘を受ける羽目になってしまい、悪循環になってしまいます。
 こうした指摘はパフォーマンスの低下をもたらしえません。「相手に集中して。」という漠然と伝えるのではなく、ライバルの相手役を「目で相手を刺すように見て。」だったり、恋人役を「相手を言葉で誘惑して。」に変えたりすると、俳優が注意を向けるポイントが明確になり、集中しやすくなると思います。
 演技レッスンや現場において実は当たり前に行われているが、実はパフォーマンスを下げる要因である場合が数多くあると思います。その一つとして、こうした伝え方も典型的な要因の一つです。演技に関してあまり理解しておらず、外から見て判断している人は安易な指摘をしてしまいます。演技が上手い俳優や演出家は、できないことが理解できず、演技について伝える能力が低い傾向があります。
 できない理由や、やりたいイメージを俳優目線になって言葉にするだけで、演技が劇的に変わりうるのです。しかし悲しいかな、分かったところで演技に結びつかない場合もありますが…

あいまいな指摘はただ混乱させる

 あいまいな指摘の例として、「もっと喜んで」、「もっと元気に」、「リアルに見えない」言ってしまう指導者や演出家がいます。しかし人の脳みそはこういった抽象的な命令を嫌います。きっと指導者や演出家からしたら、なにか理想とするイメージがあるのかもしれないけど、あいまいな指示だけでは俳優はどのように対応したらいいのかわかりません。
 もちろんある程度経験がある俳優なら、その要求に喜怒哀楽を変えたり、よくある演技を見せることで対応できるでしょう。しかしそうした演技は表面的になりかねません。もっと経験があれば、少ない指摘だけでもその意図や意味を読み取り、それに対応するように内面を動かし豊かな表現につなげることができます。けれど私は全ての俳優ができるとは思いません。
 なので、ただ「もっと喜んで」の代わりに、「内気な主人公が、恋人と連絡が取れず、抑えこんでいた感情が、1か月振りの再会の瞬間に堰をきられたように喜んで。」というように、具体的に伝えることで、俳優は求められている演技をイメージでき演技できるようになります。
 俳優はあいまいな指示や指摘にも対応できるような能力や準備が必要です。しかし誤解が生まれやすい演劇において、具体的に言葉を尽くすことで俳優はより演技しやすい空間が生まれると思います。

演技可能にするためのポイント

 といっても、言葉が多すぎると人は逆に混乱します。特に演技経験が浅いと情報過多になるとパニックになります。また指摘する内容に含まれやすい感情、あいまいさ、テーマなどですが、すべて演じることができません。感情を出そうとすると嘘くさくなり、あいまいさはぼやけた演技になり、テーマを演じると説明臭くなります。
 しかし「動き(動詞)」や「イメージ」なら演技可能になります。例えば「怒ってセリフを言って」といわれるより、「相手を殴るようにセリフを吐いて」と言われる方が演じやすいです。「舞台上ではもっと元気に!」といわれるように、「舞台で、観客に向けて花火のように光を放って」と言われる方ができる気がします。同じ演技の要求でも、言い換えるだけで俳優が演技しやすくなります。感情やテーマを「動き」(動詞)や「イメージ」に置き換えることで俳優は演技への近道ができます

楽に演技させよう

 指導者や演出家が伝え方を磨いていかないと、伝わらない部分を埋めるために俳優が余計な努力をしなくてはなりません。これは不必要な労力だと思います。私は省エネで効率的でやれることは良いことだと思います。それは他にエネルギーを割くことが山ほどあるからです。
 もし役者の演技が上手く行っていないとき、自分の伝え方にも問題があるのかもしれません。

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