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俳優のための集中力トレーニング

  素晴らしい俳優は、集中力を使い台本の世界に入り、役になりきります。役者の集中力が強ければ強いほど、役者の存在感が増し、芝居の世界が一層濃厚になります。

今そこにつなぎ留める力

 以前イギリスのグローブシアターでシェイクスピアの「お気に召すまま」を観劇したとき、俳優の集中力のすごさを感じことがありました。グローブシアターの舞台前は、ライブハウスのように立見席で囲まれていて、観客は舞台にかぶりつくように観劇することができます。まさに目の前で芝居が繰り広げられます。その公演では舞台と客席に階段がありました。
 アーデンの森のシーンで焚火を囲み5~6人の役者が穏やかな雰囲気の中談笑する芝居をしているときでした。舞台の前で観客が卒倒しました。貧血か、病気か何かだったのでしょう。不運にも彼は倒れるとき階段で頭を打ったようで、ドン!という音が劇場に響きました。明らかにやばい音で、誰しもが不安に思ったはずです。私も近くにいてドキリとしました。
 私は咄嗟に役者の反応が気になり目をやりました。目の前の役者は全く動じませんでした。目線も動かず、何事もなかったかのように、穏やかな雰囲気は崩されず淡々と芝居は続き、その倒れた観客係員に運ばれて行きました。
 もちろん内心俳優が何を思っていたのか知る由もありませんが、その役や芝居に影響は見受けられませんでした。これには強い集中力が働いていたと思います。他のことに気が散ることなく、集中力によって今そこにつなぎ留められていたのでしょう。


集中力により知識を引き出す


 私たちがイメージや行動などに注意を向ければ向けるほど、私たちはそれらに対する真価を理解できるようになります。例えば、一輪の花に注意を向けると、漠然と花だと思っていたものに、細かな花粉、陰影、香り、質感などに気がつくようになります。集中することでさらに世界や想像を深く理解することができ、より深い知識を得られることができます。

集中力を考えるときの落とし穴

 集中力というと一点を捉え続けるものだと思っている人がいます。演技においてそのような集中力では、演技で共演者とコミュニケーションが取れず、自分の役ばかりに気を払った、独りよがりな演技になってしまいます。
演技に必要なのは、子ども達が砂場で遊ぶような「オープンで柔軟な」集中力が必要になります。芝居の世界に没頭しつつも、共演者や観客とコミュニケーションもでき、五感も開かれた状態でなくてはなれません。

楽しむことは集中につながる 


 楽しめば、楽しむほど物事に集中でき、なおかつパフォーマンスが向上します。楽しむことは、芸術家に与えられた特権と言えます。どうしても「稽古=辛い」と結びつけてしまいますが、俳優は楽しむことも仕事です。そして決してこれは下品で低俗な楽しさを指すものではありません。台本の世界に入ってくこと、ストーリーに浸ることが役者の楽しさなのです。

集中力には意志がいる


 好きなものでない限り、何か集中することは意志が要ります。心の中の「よいしょ」が必要になります。そして意識を対象物(イメージも含め)に飛ばし、まるでそれと一緒にいて感じるとる必要があります。私の先生は恋人の話を聞くように、対象物と一緒にいることは必要だと言っていました。

 絵画に集中するときに、意識を絵画の世界観に意識を飛ばし、そこに描かれている人や建物に感じ取るように見る必要があります。画家がだれなのか、どんな手法で描いているのか、比率を考えるように分析的に見るだけでは絵画を感じ取ることはできません。

エクササイズ

 この一緒にいるような感覚は、俳優の集中においてとても重要になります。でなければ知的になりすぎ、頭だけで捉えるだけになってしまうからです。俳優の仕事は、イメージも全て演技にしていくことなのです。

 集中力を高めるためのエクササイズを2つ用意しました。簡単にできるのでぜひやってみてください。

① Things you like and don’t like (好きなものと、そうじゃないもの)
目的:集中力のメカニズムを知る。集中力を高める。
所要時間:1つの対象物につき5分

 自分が好きなものに意識を向けてみましょう。花、ぬいぐるみ、音楽でも構いません。ぜひ自分の意識を飛ばし、それと一緒にいるつもりになってみてください。簡単にできると思います。

 では今度は自分が好きじゃなかったり、興味がないものに取り組んでみましょう。空のペットボトル、枯れた葉っぱ、いつも使っている椅子など、普段あまり意識を向けないものがいいです。初めに意志が必要になると思います。先ほどと同様に、その対象に意識を飛ばし、それと一緒にいるつもりでやってみてください。意識的に興味を持ってみたり、問いを立ててみてください。徐々に視界が広がり、本当に関心をもって没頭できるようになるはずです。

② Daily movements(日常的な動き)
目的:身体への集中力を高める。日常的な動きに意識を向ける。
所要時間:1つのものにつき5分

 日常的な動きに集中を向けます。歯を磨く、洗濯物をたたむ、ジャケットを身に着けるなどです。普段何気なくやっている動きに意識を向けることで、どのようにその動きがなされているのかが、感じ取れるようになってきます。
 個人的にこれは気が散りやすいいです。おそらく日常的にやっていて、オートマチックにやるのが当たり前になっているからかもしれません。個人的にコツは、丁寧にやるこよです。ゆっくりと丁寧にやることで、ふだん感じ取れなかったことまで発見できます。

③ Fantasy(ファンタジー)
目的:イメージへの集中力を高める。想像力と集中力との連動。
所要時間:10分

 童話や昔話を使います。ひとつ作品を選び、細かく想像してみます。桃太郎であれば、どのようにおじいさんとおばあさんが桃を切ったのか、どんな赤ん坊が出てきたかのか、桃の大きさ、鳴き声、おじいさんとおばあさんの表情など細かく想像してみます。集中力と想像力によって、昔話がより豊かになっていくのを感じるはずです。

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