20191203_01_及川高橋

29手の投了図を徹底的に掘り下げて横歩取りの感覚を学ぶ

※徹底的に掘り下げたので長いですが、手順・解説は難しくないです

将棋の平均手数は110手程度と言われているが、12/3に行われたC1順位戦で、「29手で投了」という事件(?)が起こった。

その投了図がこちら。

【▲及川拓馬六段-△高橋道雄九段 投了図は▲6五桂まで】

20191203_01_及川高橋

当然だがまだ序盤である。

初段以上で横歩取りをよく指す人ならひと目なのだと思うが、自分は横歩取りをまったく指さないので、正直、なぜこの局面で投了したのか、すぐには意味がわからなかった。

(後手が悪そうだとは思ったが、先手が明快に勝つ手順が見えなかった)

というわけで少し腰を据えて投了図以降の変化をじっくり考えてみたところ、振り飛車ではあまり見られないような、横歩取り特有の面白い変化がいくつかあったので今日はそれをまとめてみたいと思う。

まず、投了図では飛車取りを受けつつ、▲5三桂成を防がなければいけない。

考えられる候補手は△6五同飛(第1図)、△4五歩(第2図)、△5四飛(第3図)の3通りくらいか。

【第1図は△6五同飛まで】

20191203_02_及川高橋

これは一番簡単で、▲3三飛成△同桂▲8三角(第1-a図)の飛車金両取りが激痛で、後手必敗。

【第1-a図は▲8三角まで】

20191203_02a_及川高橋

飛車を逃げれば、駒割りは金桂交換なので投了するほどの大差には思えないかもしれないが、▲6一角成が銀に当たっている上、後手玉は右側の金銀の壁形がひどい。

この玉形で攻められては粘りようもないので、この変化はひと目で後手がダメだとわかる。

次に投了図から△4五歩と飛車に角で紐を付ける手。

【第2図は△6五同飛まで】

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これも簡単で、▲3三飛成△同桂にぼろっと▲5五角で飛車が取れるので先手勝ち!

と思ったのが、一応ソフトにかけてみたところ、推奨手順は▲5五角△同角▲5三桂不成(第2-a図)

▲3三飛成△同桂▲5五角でもかなり先手がいいが、次に△4二銀で▲5三桂不成を防ぎつつ壁を解消できるので、粘りを許さず決めるならソフト推奨の手順の方がより良い、ということらしい。

【第2-a図は▲5三桂不成まで】

20191203_04a_及川高橋

たしかにこれなら、金を取って5三に飛車を下ろしたりすれば、右の金銀を放置したまま寄せられるので、より良さそうではある。

自分は▲3三飛成△同桂▲5五角が見えた時点で読みを打ち切ってしまっていたので、この手順は勉強になった。

今回は差が付いた局面だったので、どちらの手順でも先手がかなり良いが、僅差の局面では覚えておきたい寄せの感覚である。

最後に、少々長くなるのが投了図から△5四飛の変化。

【第3図は△5四飛まで】

20191203_03_及川高橋

△5四飛には▲4五桂が横歩取りらしい一着。こんな早い段階で、歩の前に桂馬が跳んでいって攻めが決まってしまうのが横歩取りの怖さでもある。

▲4五桂に△同歩は▲5四飛△同歩▲5三桂で第2-a図と似た形になって、先手必勝形。粘るなら、▲4五桂には△4二角だが▲4四飛と進んで第3-a図

【第3-a図は▲4四飛まで】

20191203_03a_及川高橋

飛車角と2枚の桂だけで攻め潰す、横歩取りの理想的な攻めだ。

対して後手は受け一方で逆転の可能性はなさそうだが、まだ具体的に後手陣にダメージを与えていないので、ここで解説を終えても良さそうなものだが、ここからもう数手だけ進めてみることにする。

このままだと▲5三桂左不成で後手陣は崩壊してしまうので、何か受けるしかないが△4四同飛▲同角△4三金▲5三桂左不成△5二玉▲1一角成(第3-b図)が一例。

【第3-b図は▲1一角成まで】

20191203_03b_及川高橋

飛車角が完全にさばけ、後手陣は修復不可能なほど崩れており、完全に攻めが決まったといえる形だ。

自陣も安泰なので、あとは金と桂を拾ってからゆっくり攻めればいい。

第3-aで▲5三桂不成に備えるとなると、あとは△5二金くらいだが、これにはシンプルに▲5四飛△同歩▲1一角成(第3-c図)がわかりやすい勝ち方だと思う。

思った以上に後手陣は受けが利かない形だ。

【第3-c図は▲1一角成まで】

20191203_03c_及川高橋

先手からは①▲2一馬~▲5三桂打の狙いがあるが、そもそもこれを受けるのが難しい。

△2二金のような受けでは、4三の地点が薄くなるので、▲6一飛△5一飛▲同飛成△同金▲4四香のように、左から上からと立て続けに攻めていくだけで勝てる。

※▲5一同飛成に△同角と△同玉の変化は割愛しますが、同じように薄くなった上から攻めればOKです


という具合に、投了図から自分なりに「100%勝ち」と言える局面まで掘り下げてみたのだが、結構な文量になってしまった。

有段者の横歩取り党にとっては当たり前の変化ばかりだったかもしれないが、振り飛車しか指せない自分には新鮮な変化もあり、久しぶりに深くまで読みを入れる作業はなかなか楽しいものだった。

飛車角桂だけで攻め潰す感覚は振り飛車の将棋にはないし、見慣れない玉形なので、普段あまり活用できていない将棋脳を使った気がする。

横歩取りの感覚を勉強したい方には、なかなかいい題材なのではないかと思う。

振り飛車党にとっても、こうした新しい感覚を取り入れるのは、将棋の上達につながることなので、悪くないはずだ。

(感覚と上達の話は大学時代に、強豪の友人から聞いた話があり書く予定だがだいぶ先かな…)


実戦では高橋道雄九段は投了図で1時間以上、時間を使ってから投了している。

私にとって高橋九段といえば、10年ほど前にA級順位戦で戦っていた時期の印象が強い。

脂の乗った羽生世代たちを、一番若々しい将棋でなぎ倒していた、そのときの将棋のイメージが色濃く残っている。

今季の順位戦では苦戦しているが、この順位戦の前の対局では快勝しているし、高橋九段の手厚い将棋は今でも絶品で、他の棋士にはない味があると思う。

書籍の解説も素晴らしく(失礼な言い方かもしれないが、文章も年齢を感じさせない若々しさがあると思う)、個人的に応援している棋士の一人である。

お読みいただきありがとうございます!「スキ」が書くモチベーションになります!いっつもダッシュボードで確認してます!! これからも楽しく読める記事をたくさん書きますので、よろしくお願いします。