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159DAY ‐凄く気になった小説だったので紹介してみた(劉慈欣「三体」)


小説の本文をわかりやすく変えてお送りしています。内容は一切いじってません。

 暗黒があった。暗黒以前には無しかなく、無には色が無かった。しかしずっと後になってようやく、光があった。最初は形のない明るい染みだったが、長い時間が過ぎたのちに、世界の形がゆっくりと表れた。ルオ・ジーは、こうして冬眠から覚醒した。すると一人の男がルオ・ジーを見下ろし、「この時代へようこそ」と言った。ルオ・ジーの頭は相変わらずまだぼんやりした寝起きの状態だったが、医師の説明のうち、一つだけ理解できた情報があった。すなわち、今が危機紀元二百五年で、自分が百八十五年間も冬眠していたということだ。

 時間がたち、自分の覚醒は、べつだん特別な出来事ではなかったらしいとルオ・ジーは悟った。この施設では、日々のルーティンワークの一つに過ぎない。あの医師の態度は親切だったが、彼の目に映るルオ・ジーは、たんなるふつうの冬眠者の一人に過ぎなかった。

 ときおり、廊下を歩く人や、自動的に移動するベッドとすれ違った。歩行者の靴底やベッドの車輪が床に接した部分から、圧力を示す光の波紋が広がるのが見えた。ルオ・ジーの時代にも、液晶を指で押すと波紋が現れる感圧式のディスプレイがあったが、それと似ている。その中を移動しながら、ルオ・ジーはこれまで経験したことが無い慰めと落ち着きを覚えたのだった。

 ルオ・ジーが横たわるベッドは、音もなく一般病棟へ入っていった。部屋には冬眠から覚醒した先客が二人いた。ルオ・ジーは二人の目を見て、どちらも同世代の人間だと分かった。
「こんにちは。病気のせいで冬眠を?」となりのベッドの冬眠者がたずねてきた。とても若く、みたところ二十歳くらいのようだ。
「ここは……どうなんだい?」ルオ・ジーは冬眠から覚醒した時よりは楽に話せるようになってきていた。
「よくわかりません。目覚めてまだ五日ですから。でも、ええ、きっといい時代ですよ。ぼくらにしたら社会に溶け込むのがたいへんそうですけど。目覚めるのが早すぎたな、もう何年かあとならよかったのに。」
「何年か後って、そうしたらもっと難しくなるんじゃないか?」
「いいえ、いまはまだ戦争状態で、社会はぼくらを気にする余裕がない。もう二、三十年して、和平交渉が成立したあとなら、平和と繁栄の時代になってますよ。」
「和平?誰と?」
「もちろん三体世界とですよ。」

(三体世界)・・・地球を侵略しようと2世紀ほど前から艦隊を地球に送る高度文明。しかし地球到着までに3.4世紀を要するため、地球はそれまでに三体世界の艦隊を迎撃すべく準備している。これを危機紀元という。

「向こうは和平交渉したいって言ってきてるのか?」
「まだです。でもむこうに他の選択肢はありませんよ。」
この冬眠者は、自分のベッドからひらりと降りて、ルオ・ジーのベッドに腰掛けた。新入りの冬眠者に、この新時代の楽しさについてレクチャーしたくてたまらないという様子だった。


 続く

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