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AIがILDの診断・治療を大きく変革? 日本呼吸器学会学術講演会レポート――Dr. 心拍の「デジタルヘルスUPDATE」(57)

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AIがILDの診断・治療を大きく変革? 日本呼吸器学会学術講演会レポート――Dr. 呼坂の「デジタルヘルスUPDATE」(57) | m3.com AI Lab

呼吸器診療が専門の総合病院で勤務しつつ、ヘルスケアビジネスにも取り組むDr.心拍氏を中心とするチームが、日々のデジタルヘルスニュースを解説します。

Dr.呼坂が第62回日本呼吸器学会学術講演会のプログラムの中から興味深い演題についてダイジェスト版をお届けしています。

今回は、「AI診断の現状と未来」というシンポジウムに関して特に興味深い演題内容をご紹介します。AIを用いて間質性肺炎(ILD)をどのように診断するか、多角的な視点でそれぞれの先生が講演されており、興味深い内容でした。

特発性肺線維症のAI診断の現状と問題点

まずは、名古屋大学附属病院メディカルITセンターの古川大記先生の講演が行われました。古川先生は、医療ビッグデータ解析や医療AI人材の育成・AI構築、IoT/ICTによるデバイスの見える化・効率化、医療と情報技術の融合、オープンイノベーションに取り組まれています。

特発性肺線維症(IPF)の5年生存率は膵がんや肺がんに次いで低く、進行性で予後不良であるという特徴があります。だからこそ、早期診断・治療が重要なのですが、実際にはMDD(臨床画像病理診断)を常に行っている施設は約1割という状況である上に、担当医の診断とMDDとの一致率が低いなどの問題もあり、多くの課題を抱えています。

ILDの画像解析AIの開発研究として現在、網状影やすりガラス影などのCTパターン認識を行うAIや、組織学的なUIP(通常型間質性肺炎)とCT画像とを対比させてどこにどのくらいの確率でUIPがあるのかを解析した論文などが報告されています。これらの研究では、CTのパターン分類と予後が関連するというような報告が多くを占めています。

最近では経気管支肺生検で採取された組織のRNAシークエンスをかけ、その結果を機械学習させることでUIPかそうでないかを診断するという「Genome AI」も開発されています。このAIとMDDとを併せて用いることで、より精度の高い診断を下すことができるという結果が報告されています。

古川先生は、肺生検を行わずに診断することを目標とし、深層学習を用いたIPF判定アルゴリズムを開発しています。胸部HRCT(高分解能CT)から肺野を抽出し、IPF領域とNon-IPF領域をマーキングし、それを深層学習に適用し、さらに臨床情報と組み合わせることでIPFか否かを判定します。その結果、高い感度・特異度を示すだけでなく、AIがIPFと判定した集団はNon-IPFと判定した集団よりも生存率が悪いという結果が出されました。さらに、国際的なMDDチームと予後予測性能がほぼ同等という結果も示すことができ、高精度なIPF判定が可能となったことを報告しました。

また、他施設からのILD 1592例をもとに深層学習を用いたILD予後予測アルゴリズムを開発したところ、予後予測性能が非常に高く、1年後の生存予測の精度は0.97、3年経過しても8割程度は当たるモデルを作ることができたということです。

興味深いのは、実際にこのアルゴリズムを中等度のIPF患者2人(1人は未治療、1人は抗線維化薬投与中)に適用し、治療方針の決定に利用したという点です。本来であれば、このアルゴリズムを適用することで治療方針を良い方向へ変化させることが望ましいと考えられます。しかしながら、実際に良いアルゴリズムができたとして、自信をもって実臨床で患者へ適用するというのは倫理的観点からも難しい部分はあります。それをわずか2例とはいえ、実臨床に用いて治療方針を決定したということに意義はあり、今後こういう症例の蓄積を通してどう活用すべきかという視点が生まれてくるものと感じています。このような課題はありますが、シミュレーションによる薬剤選択の一助となる可能性が示唆されます。

実際の診療においても、IPFの患者が高齢だったり、治療薬が高額だったり、副作用などがあったりすることから、なかなか抗線維化薬を導入できないという現状があります。今回開発されたAIのように、何か治療の一助となるようなツールが増えるのはよいことだと思います。

IPFレジストリ研究として、MDDによるIPF診断に対する他施設共同前向き試験である「PROMISE試験」があります。この試験はIPFの疫学調査や臨床アウトカムを予測するAIシステムの開発を目的としています。これらの参加施設からはオンラインMDDが有用だという意見が多く、保険収載の要望も多くあることから、現在日本呼吸器学会を中心にオンラインMDDの保険収載を目指した活動が進んでいるということです。

ちなみに海外では「E-コンサル」というDoctor to Doctorのコンサルテーションが行われています。国内でもMediiがE-コンサルサービスを展開しています[1]。今後、MDDが保険収載されるようであれば、難病や専門性が高い疾患などに対してオンライン上でコンサルテーションを保険診療で行えるようになる可能性があり、診療上とても有用だと思いますので期待しています。

IPFをAIで病理診断できるか

次に、長崎大学の福岡順也先生の講演をご紹介します。

IPFの病理診断においては、経気管支肺生検だけで確定診断に至ることは難しいのが実情です。かといってどの施設でもクライオバイオプシーができるわけではないですし、外科的肺生検は急性増悪リスクなどもあり、なかなか積極的に行いにくいという状況です。

呼吸器領域の病理AIは、肺がん領域では100報程度の論文があります。一方、ILDに関しては画像診断支援AIに関するものが多数を占めており、病理AIの論文は福岡先生のグループ(長崎大学)とフィンランドの2報のみという状況です。またフィンランドからの報告はFibroblastic foci(早期線維化巣)を同定するモデルであり、診断に繋がる報告は福岡先生のグループのみという状況です。

「ILDの病理AIはなぜ報告されないのか?」という課題として、福岡先生は次の3つを挙げています。

  1. デジタルデータセットが無い
    これは95%以上の施設は顕微鏡で診断しており、病理デジタル化施設は世界に数十~数百施設程度しかないこと、びまん性肺疾患の症例はセンター化しないと収集できないことなどが理由です。

  2. Ground Truthの決定が難しい
    いわゆる正解データをどう作るかということですが、ILDの診断一致率は低いということが原因になります。

  3. アノテーションを付与することが難しい
    タグつけの際、どの部分がUIPなのかという領域のマーキングには医師間での差があるため、決して間違っているわけではないけれど、医師によってそのマーキング位置が異なってしまうという問題があります。

福岡先生の研究グループでは、これらの課題のもと、ILDの病理診断支援AIモデルを2つ作成しています。1つ目はUIPの標準化を目指したモデルです。こちらは、病理スライド画像をパッチに分割してそれぞれを18人の病理医にラベリングしてもらい、クラスター解析を行って正解データを作成し、予後予測するというモデルです。

2つ目のモデルは診断根拠を説明可能なモデルです。病理医目線で3つの異なる特徴を取得し、それを根拠に判定を行います。これらを用いて予後不良なUIP判定を可能にしました。今後はクライオバイオプシー検体への応用などを進めているということです。

ILDから肺がん予測

もうひとつ紹介するのは、東京医科大学八王子医療センター臨床腫瘍科の青木琢也先生の講演です。青木先生は、ILDの正常肺に対する異質性に対してフラクタル次元解析を導入し、ILDに見られた小結節影が悪性腫瘍であるかを判定するAIを開発しています。フラクタル次元の背景肺と標的病変との値の差および継時的変化は、標的病変が肺がんであるか否かを判定する有用な情報となる可能性が示唆されることを報告していました。

フラクタルという幾何学的な考え方を取り入れた解析手法は、今後様々な病理組織学的な判定方法に代わる非侵襲的な診断方法の一つになるかもしれません。今後の進展が楽しみですね。

今回、第62回日本呼吸器学会学術講演会を聴講し、その一部をご紹介しました。画像診断、病理診断どちらにおいても、呼吸器領域では肺がんに関しては多くの研究がなされているものの、ILDに関してはその疾患の扱いの難しさもあってまだまだ今後の進展を期待したいところです。一方で、PROMISE試験などの大規模な臨床試験とあわせてAI研究も行われていることも知りました。なるべく多くの症例蓄積のために、積極的な臨床研究参加をすべきだとあらためて感じました。

【参考】
[1] サービス | 株式会社Medii

【著者プロフィール】
Dr.心拍 解析・文 (Twitter: @dr_shinpaku)
https://twitter.com/dr_shinpaku
呼吸器内科の勤務医として喘息やCOPD、肺がんから感染症まで地域の基幹病院で幅広く診療している。最近は、医師の働き方改革という名ばかりの施策に不安を抱え、多様化する医師のキャリア形成に関する発信と活動を行っている。また、運営側として関わる一般社団法人 正しい知識を広める会 (tadashiiiryou.or.jp)の医師200名と連携しながら、臨床現場の知見や課題感を生かしてヘルスケアビジネスに取り組んでいる。
各種医療メディアで本業知見を生かした企画立案および連載記事の執筆を行うだけでなく、医療アプリ監修やAI画像診断アドバイザーも行う。また、ヘルステック関連スタートアップ企業に対する事業提案などのコンサル業務を複数行い、事業を一緒に考えて歩むことを活動目的としている。

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