見出し画像

Apple Watchは肺疾患患者にも有用なウェアラブルデバイスになりうるか?――Dr. 心拍の「デジタルヘルスUPDATE」(31)

m3.comで掲載された執筆記事を公開します。医師の方は下記URLからお読みください。
Apple Watchは肺疾患患者にも有用なウェアラブルデバイスになりうるか?――Dr. 呼坂の「デジタルヘルスUPDATE」(31) | m3.com AI Lab

呼吸器診療が専門の総合病院で勤務しつつ、ヘルスケアビジネスにも取り組むDr.心拍氏を中心とするチームが、日々のデジタルヘルスニュースを解説します。

今回は、ウェアラブルデバイスとして様々な研究が行われているApple Watchを用いた論文についてご紹介します。ブラジル・サンパウロ大学の研究グループは2021年9月、肺疾患患者を対象として、Apple Watchを用いて測定したSpO2や心拍数が従来のパルスオキシメーターの測定値と相関するという研究結果をScientific Reportsに発表しました[1]。

普及が進むウェアラブルデバイス

アメリカ人の約19%はすでに何らかのウェアラブルデバイスを使用している、という統計が2020年に出されました[2]。これらのデバイスのほとんどは、当初は毎日の歩数データの収集しか行えませんでしたが、技術の大きな進歩により今では、立位時間、移動距離、身体運動の時間と種類、睡眠トラッキング、心拍数、そして最近ではSpO2などの情報も楽に収集できるようになりました。

私は睡眠時無呼吸症候群の診療を行っていることもあり、スリープテックにも関心があります。睡眠トラッキングを行う機器としては、Oura Ringという指輪型のウェアラブルデバイスがあり、海外製品でありながら国内でも話題となっています[3]。Oura Ringは睡眠時間の96%をトラッキングできるという研究結果があり、とても感度が高いという点でApple watchよりも優れていると考えています。また、眠りについた時間や眠りの深さ、さらにレム睡眠/ノンレム睡眠のモニタリングなども行えるため、より詳細な睡眠の解析が可能です[4]。これらの製品の進歩により、気軽に睡眠時無呼吸症候群の可能性がわかるといいですよね。

従来のパルスオキシメーターとApple Watchの測定値には相関関係がある

さて、先ほど触れたブラジルのサンパウロ大学での研究についてもう少し詳しく紹介します。この研究では、呼吸器外来に通院する患者のなかから、COPD23人、間質性肺炎61人、健常者16人の計100人を対象に、市販のパルスオキシメーターとApple Watchデバイスの両方でSpO2や心拍数を測定しました。平均年齢はそれぞれ67.1歳、58.1歳、54.4歳でした。在宅酸素使用者はCOPD患者の26%、間質性肺炎患者の15%にみられました。

研究の結果、健常者だけでなく、COPDや間質性肺炎患者においても、従来のパルスオキシメーターとApple Watchの測定値には相関関係がみられたことがわかりました。

この結果はある意味予想されたことなのかもしれません。しかしながら健常者だけでなく、肺疾患患者においてもApple Watchが有用であることを示すひとつのデータになると思います。

従来の呼吸不全の検査にも限界がある

日本でもコロナ禍でパルスオキシメーターを購入した人が増えました。特に、入院できない自宅療養者が多数出た第5波においては、自治体が自宅療養者にパルスオキシメーターを配布するという取り組みも行われ、SpO2の低下がないかどうか確認する重要なモニタリングデバイスとして使用されました。家庭血圧計に匹敵するくらいパルスオキシメーターが身近になってきた印象があります。

ただし、海外製品は正確ではない、誤差が大きいなどといったうわさを聞いたことがあります。私自身はさまざまな企業のパルスオキシメーターを比較したことはないので、実際はどうなのかはわからないのですが…。

また、ネイルをしていたり、末梢循環障害があったりする場合、パルスオキシメーターでは正確にSpO2を測定できません [5]。第5波では、以下のような患者さんにも出会いました。その方は自宅で療養されていたのですが、パルスオキシメーターで測定したらSpO2が低く、呼吸も苦しくなってきた、ということで救急要請されました。しかし、搬送されてくるとその手にはネイルがしっかりと塗られており、SpO2を測り直したところ酸素濃度の低下は全くなく、当時は中等症でないと入院できない決まりだったため、その後、帰宅となりました。

さらに、COPDや間質性肺炎などの肺疾患では、かなり進行しない限りは、安静時のSpO2は正常であり、労作時にはじめて低酸素状態となるため、慢性呼吸不全をとらえにくいという特徴もあります。

実際の臨床現場では、スタッフと患者さんが6分間一緒に歩き、その間のSpO2や心拍数を計測するという「6分間歩行」という検査を定期的に行い、それをもとに在宅酸素の必要性を判断したりしています。ただ、施設によってはスタッフ不足で検査を行うのが医師の場合もあります。ですから、今回の研究結果をもとに、Apple Watchで6分間歩行検査を行えるのであれば、とても便利だと思われます。さらに、データもBluetoothで電子カルテに送れるようなシステムになればなおよいのではないでしょうか。

今後はこれらのデバイスを用いて、SpO2や心拍数だけでなく肺疾患の重症度や急性増悪などを察知できればすごく有用ですね。肺機能が簡易的にわかるデバイスや遠隔聴診器などとは相性がよさそうだなと感じました。

今回は、最近よく使用されているApple Watchに関する研究結果についてお伝えしました。身近なデバイスがヘルスケアに役立つ日々がもう目の前に来ているのかもしれませんね。

【参考】
[1]Comparison of SpO2 and heart rate values on Apple Watch and conventional commercial oximeters devices in patients with lung disease
[2]Wearable Technology and How This Can Be Implemented into Clinical Practice
[3]OURA
[4] The Sleep of the Ring: Comparison of the ŌURA Sleep Tracker Against Polysomnography - PubMed (nih.gov)
[5]酸素療法マニュアル:日本呼吸器学会

【著者プロフィール】
Dr.心拍 解析・文 (Twitter: @dr_shinpaku)
https://twitter.com/dr_shinpaku
呼吸器内科の勤務医として喘息やCOPD、肺がんから感染症まで地域の基幹病院で幅広く診療している。最近は、医師の働き方改革という名ばかりの施策に不安を抱え、多様化する医師のキャリア形成に関する発信と活動を行っている。また、運営側として関わる一般社団法人 正しい知識を広める会 (tadashiiiryou.or.jp)の医師200名と連携しながら、臨床現場の知見や課題感を生かしてヘルスケアビジネスに取り組んでいる。
各種医療メディアで本業知見を生かした企画立案および連載記事の執筆を行うだけでなく、医療アプリ監修やAI画像診断アドバイザーも行う。また、ヘルステック関連スタートアップ企業に対する事業提案などのコンサル業務を複数行い、事業を一緒に考えて歩むことを活動目的としている。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?