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放射線科医の仕事の大半を占める「輪郭作成」、AIで自動化できるか――Dr. 心拍の「デジタルヘルスUPDATE」(46)

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放射線科医の仕事の大半を占める「輪郭作成」、AIで自動化できるか――Dr. 呼坂の「デジタルヘルスUPDATE」(46) | m3.com AI Lab

呼吸器診療が専門の総合病院で勤務しつつ、ヘルスケアビジネスにも取り組むDr.心拍氏を中心とするチームが、日々のデジタルヘルスニュースを解説します。

今回は、人工知能(AI)による臓器の自動認識、輪郭作成システム開発に関する研究成果をご紹介します。

皆さんは放射線治療に関わることはありますか? 私は肺がん診療において、放射線治療科の先生にお世話になることが多いです。具体的には、根治的な照射や疼痛緩和を目的とした照射だけでなく、その患者さんの病状やADL、照射野となる背景肺などを考慮してさまざまな微調整もしていただいています。さて、そんな放射線治療において今、AI技術を用いた腫瘍や臓器の自動認識が行われようとしています。

放射線治療ではCTやMRIなどの画像上で腫瘍領域や正常臓器の輪郭作成を行う必要があります。これによって線量分布を臓器ごとに評価できるようになります。さらに臨床試験では統一したルールに基づき輪郭作成を行う必要もあり、自動輪郭作成ツールの需要は高まっています。また、近年ではAIを活用した治療効果予測システムの開発も積極的に行われています。

頭頸部の複数臓器の輪郭を自動で抽出

今回紹介する広島大学の研究グループは、「Step-wise net」と呼ばれるAI 技術による新たな輪郭作成システムを構築し、頭頸部の輪郭作成精度に関しての評価を行いました[1]。このStep-wise netでは2段階の学習が行われます。1段階目では輪郭作成の対象となる臓器周辺領域を抽出し、2段階目では、抽出した領域内で高精度な臓器の輪郭作成を行います。

出典: https://www.hiroshima-u.ac.jp/bhs/news/69760

今回の研究では、市販の輪郭作成ツールであるAtlas 法との比較も行いました。Atlas法では AI 技術ではなく画像変形技術を活用しており、精度は全ての臓器においてAIよりも低い結果となりました。また、AIを用いた従来法(U-net)とStep-wise netとも比較したところ、提案したStep-wise netのほうが全ての臓器で最も精度が高い結果となりました。

視神経に関する正解ラベル(黄色)と輪郭作成ツールによる輪郭作成結果(緑色)の一例。(a)Atlas:市販の非 AI 輪郭作成ツール、(b)AI:U-net、(c)AI:Step-wise net。 出典: https://www.hiroshima-u.ac.jp/bhs/news/69760

さて、このシステムが普段の業務にどのように生かされ得るのか、現状と今後を踏まえて放射線治療科の医師に聞いてみました。

数年以内にはAIを用いた輪郭作成ソフトが販売されるかと思いましたが、もう開発されているんですね。しかも国内発ということに驚きました。視神経の輪郭を作成している上の画像を見ると、確かに「Step-wise net」は綺麗に描出しているようです。

まずこういった輪郭作成AIが開発される背景のひとつとして、治療の高精度化が挙げられます。これまでは技術的に単純な治療しかできませんでしたが、最近では技術の進歩により高精度治療の比率が増えています。それに伴って医師が放射線治療準備に要する手間が増えており、それを担ってくれるAIの開発が待たれていました。

高精度治療では、「描いたターゲットにはこれだけの放射線を当てる一方、脊髄にはこれ以上は放射線を当てない」などの指示を入力するとシステムが自動的に治療計画を作ってくれます。しかし、これは逆に言えば正確な描出でなければ出来上がった治療計画が不十分なものになってしまうということです。

輪郭作成は、放射線を当てたい病変がすべてカバーされており、さらに副作用を低減できている安全な治療かどうかを評価するために重要な作業です。肺がんの放射線治療であれば、原発巣とリンパ節に加えて肺、心臓、気管、食道、脊髄を描出します。このうち肺だけは今の自動輪郭描出機能でそれなりに描出してくれますが、他については自分で描いた方が手っ取り早いです。正確に描いておかないと、V20(20Gy以上照射される肺体積の全肺体積に対する割合)などの指標が出されても信頼できるか判断できません。

それでも肺がんの治療はシンプルなのであまり負担はないのですが、これが頭頸部がんや骨盤疾患に対するIMRT(強度変調放射線治療)の治療計画となると、副作用を評価する臓器が多く、負担となってしまっています。米国ではこの作業を行う専門職もおり、医師はGTV (Gross Tumor Volume, 肉眼的腫瘍体積)を作成するだけ、と分業が進んでいるのですが、日本では輪郭作成が放射線科医の仕事の大きな割合を占めています。

さらに頭頸部がんでは手術で郭清するようなリンパ節領域を描出するのですが、これにも結構な時間が掛かります。これらの臓器をAIが作成してくれるのであればだいぶ負担は減っていくのではないかと思います。

今回は放射線治療科のエキスパートの医師にこのAIについてのコメントをいただきました。実際に普段から行っているからこそわかる現状とその有用性、課題について語っていただきました。性能が向上することにより実用化される日も近そうですね。

【参考】
[1] 広島大学
【研究成果】人工知能による臓器の自動認識、輪郭作成システムを開発~放射線治療の精度が飛躍的に向上~ | 広島大学 (hiroshima-u.ac.jp)

【著者プロフィール】
Dr.心拍 解析・文 (Twitter: @dr_shinpaku)
https://twitter.com/dr_shinpaku
呼吸器内科の勤務医として喘息やCOPD、肺がんから感染症まで地域の基幹病院で幅広く診療している。最近は、医師の働き方改革という名ばかりの施策に不安を抱え、多様化する医師のキャリア形成に関する発信と活動を行っている。また、運営側として関わる一般社団法人 正しい知識を広める会 (tadashiiiryou.or.jp)の医師200名と連携しながら、臨床現場の知見や課題感を生かしてヘルスケアビジネスに取り組んでいる。
各種医療メディアで本業知見を生かした企画立案および連載記事の執筆を行うだけでなく、医療アプリ監修やAI画像診断アドバイザーも行う。また、ヘルステック関連スタートアップ企業に対する事業提案などのコンサル業務を複数行い、事業を一緒に考えて歩むことを活動目的としている。

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