研修医誤診による高校生死亡事故。病院の会見に感じる違和感

日赤の名古屋第二病院で、高校生が上腸間膜動脈症候群を研修医に見落とされたことで処置が遅れ、死亡するという痛ましい事故が起きた。
病院は会見で「研修医の誤診が事故の主な原因」としたようだが、非常に違和感をもった。一応「助けられる機会が何回かあった…」というように最初に診た研修医だけの問題ではないということは認めているようだが、上級医や病院の体制の方がより問題なのではないかと感じた。

上腸間膜動脈症候群とは、十二指腸が大きい血管や脊椎に挟まれて圧迫されることで食べ物の通過障害が起こり、腹痛や嘔吐などの症状が出る病気だ。

病院側は会見でCTなどの画像検査の結果を重視せず処置が遅れたことが死亡につながったと主張する。
CTなどでの異常所見を研修医は認識していたようなので、それを上級医に相談しなかったのは落ち度だろう。採血での異常値に関しては、そもそも認識しておらず見落としていたようだ。

病院によってやり方は違うだろうし、規則などが明確にあるものでもないのかもしれないが、研修医がどのように経験を積むのか、また特に土日や夜間の救急外来がどんな体制で診療しているのかここで大まかに説明したい。

研修医がいる病院は教育ができる体制があることが必須であり、たいていは大学病院や地域の中核病院などの大きめの機関で研修を受ける。
平日の日中が通常の診療時間であり、土日や夜間は「休み」なわけだが、大学病院や地域の中核病院だと救急車で運ばれてくるなど緊急に対応が必要な患者さんを受け入れる救急外来だけを開いていて、数少ない医師やスタッフが待機している。
大きな病院だと各科の医師(初期研修を終えた3年目以降の医師)が一人は待機してることもあるが、そこまで大きくない研修病院だと「内科系」「外科系」一人ずつという体制だったりもする。
そこに研修医がつくことになる。

そして一般の人は少しショッキングに感じるかもしれないが、患者さんが救急車で運ばれてきて、もしくは来院して最初の診察、ファーストタッチはたいてい研修医が担当する。
そうやって対応能力を磨いていくのだ。目の前の患者さんの症状などから診療を組み立てていくことで臨床能力は磨かれる。
一通り自身の見立てや方針のもと検査や診断、対応を考えてまとまった段階で、上級医にそれらをプレゼンテーションする。他の可能性や検査所見から考えられる内容に見落としはないかなどを指導してもらう。
一人前になるまではベテラン医師の横について見学しているだけのように思われるかもしれないが、実際はほとんど経験がない段階でまずは一人で患者さんに向き合って診療をするのだ。

そんなやり方では一分一秒を争う救急対応では大変なことが起きるのではないかと思うかもしれないが、対応できなさそうであれば研修医自ら上級医に早急に相談してもよいし、本人に危機感がなく、もし本当に危なければ救急外来のベテラン看護師などが、上級医に現場にきてもらうようにお願いしてくれたりする。

救急外来は、その名の通り緊急性を要することだけをひとまず対応する。命に関わることや、機能が永続的に障害されること(例えばほっとけば失明するなど)だけを対応する。一般の患者さんとしては「痛いのを何とかしてほしい」などと思って受診するだろうが、「緊急性あるものは見つかりませんでした。痛いなら痛み止めを出しときます。根本治療はまた平日日中の外来にきてください」とだけ言われて帰されてしまう。

そして緊急性の判断は、バイタル(生命徴候というやつで血圧や脈拍、呼吸数など)に問題がないかや失明を招く緑内障発作などのいくつかのパターンの知識をもとになされる。だから消化器症状がある患者さんであっても消化器の専門的な病気の対応をするわけではなく、バイタルを保ち、機能を保全できさえすれば他の科、例えば呼吸器内科の医師が上級医として対応したり、研修医がファーストタッチを任されることになる。
緊急性さえなければ消化器の何病かなどの詳しいことは消化器専門の日中の外来で診てもらうように指示される。


救急外来での診療で今回のことに関連がありそうなことを話そう。
検査は本来は必要なものだけをすべきだが、例えば腹痛をきたす病気が複数ある中で、可能性を排除できない病気については検査をしてみるしかない。
そのため何の病気なのかよっぽど明確な場合以外は、CTなどの画像診断、採血、心電図などを一通り「とりあえずセットで」実施することも多い。

画像や採血データ、心電図などは記録に残る。
研修医が「画像で胃の部分におかしなところがあったのに上級医に相談しなかった」ことは問題とは言え、そもそも研修医が画像所見の異常を見落とす可能性もある以上、上級医は本当に画像所見に異常がなかったのかは見ておくべきではないだろうか。別に研修医にべったりくっついていなくても医師室のパソコンから画像や採血データなどをチェックすることはできるのだ。

私が初期研修医のときは、「上級医○○Drにコンサルのうえ、緊急性はないと判断しご帰宅いただいた」のように必ずカルテに記載し、万が一後日何か問題があっても研修医は免責されるとのことだった。つまり最後の緊急性の判断は研修医単独ではできない。もちろん上級医が知らない間に勝手に帰らせたなら別だが、「帰らせてもいいですか?」と上級医に対して研修医が許可を取ったのなら緊急性がないとした判断の責任は上級医にあるのだ。

それと、これは資格や権限とは別に、画像所見がおかしければ画像を無数に見まくっている放射線技師が、臨床症状が尋常でなければベテラン看護師が、最終判断まではしなくとも「これはヤバい」「先生、○○ではないですか?○○の可能性はないですか?」というようにチームプレーとして医師の見落としなどを補助することがあるのも現場の実態だ。
そういったこともなかったのだろうか。残念だ。

今回初診でどの程度派手な症状やわかりやすい画像所見だったのかは不明だが、研修医が気づいた画像所見を上級医が見落とすのか不思議だし、申告がなかったことから何も問題なしとするのもずさんなのは先ほど述べた通りだ。
他に可能性があるとすれば、たまたま同じタイミングで救急車が立て続いて、現場がバタバタしているうちに流してしまったとかだろうか。

さらに今回ニュースを見ていて運が悪かったと感じたのは、症状がおさまらずにもう一度この高校生はこの病院に日中に行くわけだが、日付を見るとどうやら日曜日だったようで、夜間同様やはり人数が少ない中で、またしても別の研修医が緊急性なしとしてまう。このときの上級医は初診のときと同じ医師だったのだろうか。もし別の医師だったならやはり病院の体制が大いに問題だ。研修医だけで判断させて患者さんを帰らせていいという文化が根づいていたことになるからだ。

この2回目の受診が日曜ではなく平日であれば消化器の外来で診てもらえたかもしれず、対応は1日早かったかもしれないと考えずにはいられない。

今回いくつかの理由から研修医だけに責任を被せる論調は良くない、もしくは間違っていると思う。
一つはここまで述べてきたように上級医が見守っているべきだし、もし上級医にも相談しないような勝手にやりすぎる研修医だったのであれば、指導してから現場に出すべきだ。また気づいていた画像所見を上級医に報告しないのは自身の不利益にもなるのになぜしなかったのかよくわからない。

また昨今話題になっている救急車の有料化についても救急医療がどんなものなのか一般の人が知らないことが、間違った救急車利用だけでなく、この議論をすること自体の障壁となる。
緊急性のない普通の病気は平日日中にかかるべきだということなどもたまに知らない人がいる。

すべての医師は当然最初は新人未経験なわけで、今回の件でおかしな方向で、例えば現場の負担が無駄に増えることや研修医を成長しなくさせるような形で「再発防止策」が議論されたり、ミスを叩く方向に行くのもよくない。
医療ミスに関してはミスした人間を叩くのではなく、免責にするかわりにどんな状況だったか正直に言わせて再発を防ぐのが、今後の被害を最小化するのに役立つとされる。目的は今後の被害の最小化なのだ。
遺族の方の憤りは察するに余りあるが、寄り添いつつも全体の利益となるように議論がなされることを祈る。



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