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低栄養状態での急激な食事再開は危険です。

こんにちは、Dr.K(ドクターコージ)です。
食事の質や量が体調に大きな影響を与えていることは、多くの人が何となく知っているかと思います。

では意図せずか意識的かは別にして、長期間食事量が必要量を下回っている状態で体の筋肉も痩せ衰えてしまっている様な、慢性飢餓状態の時に、いきなり普通の人と同じ様な栄養投与や食事をさせた場合に、逆に生命の危険がある、と言うことをご存知ですか?

専門的には、「リフィーディング症候群(refeeding syndrome)」と称される病態ですが、長い飢餓状態の後に急激に栄養補給をすると、心不全や呼吸不全、腎不全、肝機能障害ほか多彩な症状を呈することがあります。

リフィーディング(refeeding)とは、re(再び)+ feeding(摂食)と言う言葉の組み合わせで、「急激な栄養再補給による障害」を広く指します。

長期絶食が続き、極端な痩せ衰えや低血糖を呈する症例に対しては、プロの医療者でもつい適切なカロリー量の栄養投与を急ぎたくなります。しかしながら飢餓に陥ると、エネルギー代謝の主体は、ブドウ糖燃焼経路から、脂肪燃焼経路やアミノ酸などの代謝による糖新生経路に切り替わります。更に飢餓が長期になると、生存に最小限必要な筋肉は維持しないといけないので、脂肪燃焼経路が主役となります。多様な体内代謝に関わるビタミンやミネラルも枯渇した状態です。

この様な状態で急激に栄養補給されると、急激な糖負荷によりインスリン分泌が急増します。
リン、マグネシウムなどのミネラルはブドウ糖が細胞内に取り込まれるのに伴い細胞内に移動するので、低い血中濃度がさらに低下します。
糖代謝経路が活性化するのでビタミンB群の利用が増加しますが、低栄養により「枯れている」状態なので、完全な欠乏状態となります。

リンは体のエネルギー源であるATPの一部となり、酸素運搬にも必須です。リン欠乏により、心不全、不整脈、呼吸不全、意識障害、けいれん、四肢麻痺などの多彩な症状が起こります。

マグネシウムは、体内で補酵素として機能しているので、欠乏すると不整脈や神経筋機能の合併症をきたします。

またビタミンB1枯渇による、ウェルニッケ症候群(眼性異常、運動失調、錯乱状態、低体温、昏睡)や、コルサコフ症候群(逆行性健忘、作話症)なども起こりやすくなります。

簡単にまとめると、長らく糖代謝を主体にせず、ビタミンミネラルも欠乏しているところに急に糖負荷を行うと、急激なインスリン分泌に伴い、糖代謝に必要な物質が欠乏してしまう、と言うことです。特に気をつけるべきなのが、リンとマグネシウムの欠乏で、不整脈から死に至ることが珍しくありません。

断食道場などで週単位や月単位の長期断食をされた後に、適切な回復食過程を経ていればよいのですが、その途中で耐えきれずにカツ丼や油コッテリラーメンなどを食べて救急搬送されたりするのは、この様な理由であることが多いです。

最近やられている人が増えていますが、意図的にケトン産生食などで脂質代謝経路を活性化させている人の場合、ビタミンやミネラル、蛋白質、脂質などは十分に摂取しているはずなので、基本的にリフィーディング症候群の心配はありません。

英国NICEガイドラインでは、リフィーディング症候群の高リスク患者の条件が示されています。

・BMI16未満
・過去3-6ヶ月で15%以上の体重減少
・10日以上の絶食
・低カリウム、低マグネシウム、低リン
のうちひとつあれば高リスクとされます。

或いは、
・BMI18.5未満
・過去3-6ヶ月で10%の体重減少
・5日間以上の絶食
・アルコール依存症歴
・インスリン、制酸薬、利尿薬、化学療法の利用歴
のうち2つがある場合にも高リスクとされます。

再栄養開始後1-2週間は、リフィーディング症候群のリスクは続くとされています。
BMIとは、体重(kg)を身長(m)の二乗で割って出す数値の事です。170cm 53kgの人の場合、53÷(1.7×1.7)≒18.3となります。
筋肉量が多いとBMIは大きくなる傾向にあるので、一概にBMI高値=肥満とは言えませんが、ヘルスケア領域では肥満指標として広く使われており、一部の体重計では予め身長を登録しておけば自動表示してくれたりします。

最近、糖質制限やファスティング(断食)が流行っていますが、5日を超える断食をやられる場合、特に元々BMI18.5未満の痩せ型の方の場合は、上記の基準の様にリフィーディング症候群を起こすリスクが高いので、食事再開にはよくよく気をつける必要があると言うことです。薬物治療を受けている場合も高リスクになるので、自分が基本的に5日以上の断食を推奨していない理由の一つでもあります。

本来は痩せ型の人が断食をする必要も本来は無いはずなんですが、宗教上や思想上の理由で行われている場合もあるので、気をつけないと危ないです。

病院においては、高リスク患者は、血液検査により電解質、肝機能や腎機能を評価するだけでなく、心機能なども確認をした上で、急激な糖負荷を避ける為に、静脈栄養より経口摂取や経腸栄養が優先されます。

再開時の食事は、5-10kcal/kg/日(体重30kgで150-300kcal/日)から開始し、1日毎に100-200kcalずつ増やしながら、健康な人の適正量(30kcal/kg/日)を目標にする様にします。大体1週間程度かかりますが、途中の検査次第ではよりゆっくりなペースにする場合もあります。

血糖値の急上昇を起こさせないことが大切なので、お粥やうどんなどでは無く、最初はミネラルやアミノ酸の豊富な具なしの出汁スープからスタートし、そこに溶き卵や煮込み野菜や肉などの具材を少しずつ増やす様な食事が安全かと思います。

細かな栄養管理が難しい場合には、ビタミンやミネラルは最初の1週間程度はサプリメントを使っても良いので、早期に充足させることが大切です。そこさえしっかりしておけば、その後糖質過多になりインスリンが強く働いたとしても、リンやマグネシウム、カリウムが低値になったり、ビタミンB1欠乏を来たすリスクはかなり減りますからね。とは言え高リスクが続く1-2週間は糖質制限食とした方がリスクは更に低くなります。

多くの人にはあまり関係の無い話題ですが、長期間(特に痩せ傾向の方は5-10日間程度でも)十分に食べられずビタミンやミネラルも不足する状態が続いた場合には、いきなり食べ過ぎず、上記の様な基準を参考に無理なく食事量を増やす様にしましょう。可能であれば知識や経験のある専門家の監視のもとで行えると良いですね。

似た様な病態に、胃全摘出後の栄養再開時に、直接小腸に急速に半消化物が流れ込むので、急速に血糖上昇し反応性にインスリン分泌が増え、食後2-3時間後に血糖の急降下が起き、「震え、冷汗、めまい、脱力」などの低血糖症状を起こすことがあります。コレは「ダンピング症候群」と呼ばれる状態で、コレを防ぐ為に「少量の食事を頻回に摂取する」様に食事指導します。

とは言え、胃全摘出前の生活習慣が忘れられず、少量の食事に耐えられず、ついついラーメンや炒飯などを食べ過ぎてしまって、嘔吐してしまったりダンピング症候群になる方もいます。元プロ野球選手の王貞治さんも、胃癌術後にそう言うエピソードがあった様です。

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