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Aphex Twin – Richard D. James Album (1996)

 生まれて初めて歌った童謡をあなたは覚えているか?最初にモーツァルトのピアノ・ソナタを耳にした日のことは?そして、たった今カーテンの隙間からこちらを見つめている男の視線に気がついているか?——それら全てを思い出させるのがRichard D. Jamesの音楽だ。
 1990年代の半ばには、すでにJamesはハード・テクノやアシッドの世界で伝説的な存在と目されていた。人の耳では追いつけないほど誇張されたビートはいつの間にかドリルンベースと呼ばれ、同時に彼はそのパイオニアになってもいた。200曲に及ぶ楽曲ストックの中から選ばれたと言われる『Richard D. James Album』は、かつてなくジャングルに接近したユニークで重層的なビートと、清く澄んだクラシック音楽のような美しさを両立させている。
 まずバイオリンの音色をフィーチャーした「4」や「Fingerbib」のような繊細なナンバーに心を奪われる。こうしたJamesの十八番である美しいメロディと、「Corn Mouth」における不快で暴力的なビートが共存してるさまは今聴いてもなお驚異だ。幼い子供の無邪気な声を歪ませた「To Cure A Weakling Child」は聴く者を不安にさせ、「Girl Boy Song」ではおとぎ話のようにのどかな音の風景が、激しいブレイクビートによってみるみる変貌していく。
 挑発的で不穏な空気が満ちているが比類のない聴きやすさも湛えるこのアルバムは、それまでテクノと他ジャンルを隔絶していた障壁をいともたやすく打ち壊し、多くのリスナーをテクノ・ミュージックの世界へ引きずり込んだ。メディアからはたちまち賞賛を受け、信じがたいことだがテレビのCMソングにも採用された。また、本作が特に受け入れられたアメリカや日本のバージョンには、本国イギリスのEP『Girl/Boy』に収録されていたトラックがそのまま追加されている。