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Various – Tropicália: Ou Panis Et Circencis (1968)

 考えてもみてほしい。軍事政権が支配するブラジルで、自転車のベルのSEから始まるサイケ・ロックへ与えられる毀誉褒貶がいかに激しかったか。現在のリスナーがそれを想像することは難しい。
 1968年のアルバム『Tropicália』は、Caetano Velosoを発起人としてGilberto Gil、Os Mutantes、Gal CostaにNara Leãoといったアーティストが集まって作り上げた芸術宣言だった。The BeatlesもしくはJefferson Ariplaneを思わせるジャケットからもわかる通り、20年代の芸術分野における〈食人主義〉を復興した彼らは、米英のポップ・カルチャーを貪欲に消化してブラジルの音楽シーンに大きな風穴を開けた。
 Velosoの歌う悲痛な「Coração Materno」は、荘厳なアレンジによってまるでオペラのような雰囲気を放つ。Os Mutantesの「Panis Et Circenses」は特にThe Beatlesからの影響を感じさせる前衛的なガレージ・ロックが聴きものだ。「Baby」でのCostaのしなやかな歌声や、熱狂的なリズムの「Bat Macumba」におけるGilの強烈なアコースティック・ギターは、南米音楽のスタイルを持ちながらも現代的なサウンドのアップデートを実現している。
 とはいえ、GilやVelosoも完璧ではなかった。Gilは「Miserere Nóbis」の録音の際に管楽器が音を外していたことをずっと気にしていたし、Velosoが本作に付けたラテン語のサブタイトルは、Os Mutantesの表題曲と見比べると綴りが少しだけちぐはぐだ。だがそれはこのレコードに刻まれた圧倒的な熱量に比べればささいな問題である。『Tropicália』はどんなロックよりも気高い芸術性に満ちており、どんなパンクよりも既成概念に対して攻撃的な音楽だった。