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Tzusing – 東方不敗 (2017)

 マレーシア出身のプロデューサーが、60年代中国の大衆小説からインスピレーションを受け、ボディ・ミュージックを革新する……そんなとっぴもないアイデアが実践されていたのが2010年代のエレクトロ・シーンだった。Tzusingの『東方不敗』に流れるビートは、かねてから少しずつ広がりを見せつつあったEBMの中でもひときわダークで、そして硬質なサウンドで、聴く者を思いもよらない世界へと連れて行ってくれる。
 前年に発表した『A Name Out Of Place Pt. III』に見られたテーマ(インダストリアルのビートに、サンプリングしたケチャのかけ声を合わせるというもの)は、本作においてさらに拡大し、深化したようである。アジアの伝統楽器を取り入れたサウンドは、アルバム全体の雰囲気を一つのコンセプトとともにある程度引き締める効果をもたらした。
 中国音楽のオリエンタルな味わいと攻撃性を感じさせるリズムが融合した「日出東方 唯我不敗」は、時代劇アクションのサントラのようにクールだ。この曲のさりげないラスト・シーンを聴いてもわかることだが、ゆったりとしながらもダンサブルな「Esther」や、ダーク・ウェーブっぽい質感の「King Of Hosts」では人声も積極的に取り入れられている。特に後者では日本語のセリフが挿入(なにやらいかがわしい事をつぶやいている)され、トラックに漂う不穏な空気をリスナーに効果的に印象付けている。B面はインダストリアル色をグッと強め、アルバムは重くノイジーな「Torque Pulsations」で幕を下ろす。
 エキゾチシズムと硬派なビートが融合した『東方不敗』の作風は、続く23年のセカンド『Green Hat』にもしっかりと引き継がれている。いずれにしろこれらのアルバムは、EBMというジャンルの懐の深さを証明する作品と言っていいだろう。