Sarah Vaughan – At Mister Kelly's (1958)
マーキュリーの系列から名盤を連発していた1950年代はSarah Vaughanの黄金時代である。特にこの『At Mister Kelly's』はJimmy Jonesの個性的なピアノ・トリオを率いて57年にライブ録音されたもので、クラブの親密でリラックスした雰囲気と彼女の華やかな歌声が、夢のようなマジックを生み出している。
歌手としてのVaughanの魅力はゴスペル仕込みの豊かな声量と確かなコントロール技術だった。いずれも30年代のナンバーである「September In The Rain」や「Just One Of Those Things」は、どんなバラードでもスイングしてしまう彼女の創造力が発揮されている。「Honeysuckle Rose」ではささやきのような柔らかい歌声を駆使し、そこにドラマーRoy Haynesが絶妙な変化を加えている。
語り草となったのは「Willow Weep For Me」におけるひとくさりで、この曲のJonesのソロの途中でVaughanはマイク・スタンドを倒しかけている。それを受けた彼女は、とっさに歌の中で先の失敗をジョークにして観客を沸かせてみせる。ここで重要なのはVaughanはそういったハプニングを使いこなすチャーミングさを持った歌手であるということと、それを全く鼻につかせない人柄が彼女のもう一つの魅力であるということだ。その証拠に、ダメ押しの「How High The Moon」でVaughanは〈歌詞を忘れた〉とうそぶいてElla Fitzgerald顔負けのスキャットを披露してさえいる。なんという役者であろうか!
忘れがたいクラブの一夜を記録した本作は発売後たちまち評判となった。この成功に気をよくしたマーキュリー・レーベルは、第二弾として本作と同じくシカゴにあった〈ロンドン・ハウス〉でのライブを同年のうちに発表した。