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08 食支援で忘れてはならないこと

 訪問歯科診療を始めて25年も経ってしまった。本当にあっという間。しかし、思い返してみるといろんなことがあった。初めて食支援という言葉を聞いたときは、なにか新鮮さを感じたのを覚えている。
 摂食嚥下障害へのリハビリテーションも進化してきているし、いわゆる介護食の発展も目覚ましい。色んな面で、口から食べることを支える社会になっていると感じる。ただ、これはあくまでも支援者としての感想である。

 実は昔から頭の片隅にあり、ずっと不安の小さな種のように思っていることがある。本当に、被食支援者(食支援を受ける人)にとって幸せな社会になっているのか。

 20年以上前の話。摂食嚥下障害への対応などまだまだわからず、食べられない方がいたらとにかく間接訓練(筋トレ、マッサージ、ストレッチ)を開始し、なんとなく「行けるかなぁ」と思ったときにゼリーを食べていただく、というレベルだった。今とは違うが。
 ある高齢男性。奥様と二人暮らし。食道ろう(胃ろうではなく、食道にチューブを入れて栄養をとる)だったか?全く口から食べられない方で、思いつくまま間接訓練をしていた。そんなある日、口の動きが少し良くなっていると感じて、
「今日はゼリーを食べてみましょう」
と言って持参した市販のゼリーを食べていただくことになった。早速準備して、私が介助する形でゼリーを口に入れる。そしてモグモグ、ゴクッ。奥様が、
「あらぁ、あなた、食べられたじゃないの。ねぇ、すごい」
と喜ばれた。そこで、奥様に持参したゼリーを見ていただき、
「こういうタイプのものなら食べられます。日頃から食べていきましょう」
とお伝えした。その日は、食べられなかった方を食べられるようにしたという爽快な達成感で帰宅した。
 次の訪問日。「いっぱい食べているかなぁ」なんて思いながら訪問して奥様に聞いてみると、
「あれから全然食べてないんです」
「えっ!」
「『ゼリーなんて食べなくていい。そんなもの食べたくもない』って言うんです」
 私の実力不足もあり、「将来は普通食になるからそのための訓練ですよ」とは言えなかった。結局そのまま口から食べることなく終わってしまったケースがある。ちょっとしたトラウマだ。

 摂食嚥下機能が低下した方に、その機能にあった食事を提供していく。食形態だけでなく、味や見た目、食感の工夫など、技術の進歩は目覚ましい。機能が落ちても少しでも美味しいものを食べていただきたいという情熱も素晴らしい。というのはあくまでも専門職目線。「その方は、本当にそれを食べることを望んでいるのか」という視点を忘れてはいないだろうか。

 誰であっても障害さえなければ、今まで食べてきたものと同じもの(普通食)を同じ環境で食べたいというのが本音だ。障害によって機能が低下し、その機能にあった食事が提供される。それによって食べる楽しみを取り戻す方も多いが、それを受け入れられない人もいる。
 胃ろう(のような代替栄養手段)になってしまい、食べる機能は少し残っているのに完全にやめてしまう人がいる。単純に「食べる意欲を失った人」として括られがちだが、「あんなドロドロとしたものを食べるんだったらもう食べなくていい!」とか「俺が食べたいのは鶏の唐揚げであってこんな刻んだもの食べる気もしない」と思っているかもしれない。

 摂食嚥下障害のリハビリテーションの進歩で機能に合わせた素晴らしい嚥下食が出てきた。しかし、本当に食べたいのはそれではない。普通食だ。それを忘れてしまうと、「こんなに美味しい嚥下食なのになんで食べないの!」「手間ひまかけているのに食べないってどういうこと!」といった気持ちの行き違いになってしまう。

 私自身、食支援をする中で、本当のゴールは普通食を、以前と同じような環境(要は食卓)で食べていただくことだと思っている。もちろん、ゴールに達しないことは多々ある。その中で、少なくとも「これくらいで大丈夫だろう」というような偏った専門職目線にならないように心がけている。

#食支援 #嚥下食 #普通食 #専門職目線 #摂食嚥下障害リハビリテーション

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