人間発電所

こんな夢を見た。

 どこかで誰かが言っていたが、文章を書く上で一番重要なのは書き出しだ。戯曲でいえば序章、漫才でいえば掴み。その文章を読む気になるかどうかは書き出しの一文で決まるという。石炭をば早や積み果てつ…だとか、世界は成立している事柄の総体である…とか。一文で読者に疑問を持たせ、印象に残さなければならない。さらに衝撃的であれば尚引き付ける。だから例えば夢十夜の書き出しを引用して書き始めるような人間の文章は、一文だけで程度が知れるというものである。一番重要といわれる書き出しを人様のもので、然も至る所でパロディされた有名な書き出しを借用するなどおおよそ学ぶところのない文章だと思っていい。

 書き出しだけではない。今まで、往々にして並々に生きてきた。僕は弱冠21歳になる男だが、例えばこの弱冠何歳という表記にも派閥がある。中国の古い書物では弱冠二十歳と表記されており20歳にしか使用できない表現であるとか、学者によると20代であれば問題なく使用できるだとか諸説あるが、使っても「いい」聞いてしまえばそれでいいなら…と甘受してしまう。その程度の並々さを持ち生きている。

 僕は無類のパンク好きなのだが、パンクの文化を好む理由もそこにある。これは辻褄が合わないかもしれないが、パンクの精神の中では好きと嫌いが非常にはっきりしている。反体制派であり、不服従であり、すぐ行動を起こす。優柔不断さなんてものがないのだ。でも、いや、やっぱりだとかぬかしている間にもいいから来いと連れ去ってくれるような強引さが僕には必要で、ありがたくて、尊敬するまである。

 平々凡々、並々な人間がパンクに傾倒する。その非凡さを受け入れるだけの懐の深さがこの界隈にはある。それだけで愛するに値するのだ。

 ただ、だからと言って行動がそのままパンクスのそれに似るかというと、そうでもないのだ。きっとパンクスなら現代の様相を見るなり国会議事堂の前で行動を起こしているだろう。ここまで長い文章で語らないだろうし、一言で人を納得させるだけの力を持っているだろうと思う。なんだかんだ言ってオリンピックの開会式を酒を飲みながら見るような行為には憤りを感じているだろう。恥だと思うだろう。


恥の多い生涯を送ってきました。

 坂口安吾の白痴を通勤中の満員電車で読みました。レ・ミゼラブルを観て涙した過去を忘れて川崎に通いました。生まれ故郷を愛すことができずに、身寄りもない知らない街で一人生かされています。一生裏切らないと決めた親友に憤って、主張を押し付けています。一生の分母がどれくらいなのかわからない若造が一生という言葉を使っています。果たしてこれから僕はどうなるんでしょう。どうなっていくんでしょう。恥だと思う自分もいますが、誇るべきだと思う自分もいます。相反する気持ちを抱える自分は優れていると思う自分までいます。これは仮面の告白だとまで考える自分までも。この、大したことがない事柄を並べ立てて自負するのは、やはり恥なのだと思います。


国境のトンネルを抜けるとそこは雪国だった。

 わけもなく、街灯が続いていてコンビニの灯りが見える。丁番の区切りにあるそのトンネルは、抜けると少し気温が下がりいかにも国境の趣があるのだが、僕が会社帰りによく買い物に行くコンビニへの経路に過ぎない。

 コンビニエンスストアで350mlの缶ビールを買うのは負けた気がするので買いたくない。僕は絶対に炭酸水とレモンを買って、焼酎で割るのが常だ。世間で流行った映画なんかに影響されないんだ…と思いつつ買い物を続けるが、僕もその映画は観た。なんならフレンズのアルバムをapple musicでダウンロードした。形ばかりの反逆精神に涙しつつ、買い物を終えて店を出た。灰皿の前で煙草に火をつける。軒下に灰皿が置いてあって、車止めの銀色の柵に腰掛けると程よい休憩スペースになる。

その目の前にはよく、広告が張ってある。煙草を吸う人なら5分ほどはその場に立ち止まるわけだから、うまい具合に考えたものだ。ちらりと目をやるとそれは、ライブのチケット販売のお知らせだった。

一つは最近人気のラッパー二人組。僕の毎週聴いているラジオのパーソナリティと関りがあって、名前を知っている。そしてもう一つはカネコアヤノの武道館ライブと書かれてあった。

その時の僕は非常に複雑な心境で揺れていた。カネコアヤノは好きだ。今日も通勤途中に聴いていた。そして武道館という会場の大きさ。好きならば行かない選択肢はないだろう。

ただ、その前日にMOROHAが武道館ライブを発表した。それは僕にとって大事件と呼んでいいもので、あのMOROHAがついに、と感極まって即抽選に申し込んだ程だ。武道館ライブはそれだけ意味を持つ。ほかの会場と比較する意味もないが、いわば特別なのだ。ただ、カネコアヤノの武道館ライブはMOROHAのライブよりも日付が前だった。

これは決してどっちのほうが好きだろうかと考えて決めたとか、金が惜しいからどっちか1つだけと考えた訳じゃないが、僕はMOROHAの武道館一択に絞ることにした。理由も明確にあるわけじゃないけど、何となくそれが重要な意味を持つような気がして、灰を何度も何度も灰皿の中へ落とした。蝉が張り付いたポスターをずっと眺めていた。

カブにまたがる。インカムの電源を入れて、とあるヒップホップを再生する

家への長いトンネルを抜けると、いつまでも慣れない街が眼下に広がった。

そして天まで飛ばそう。つぶやいて寂しさを搔き消しながら。



 

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