見出し画像

香りと影

…その見窄らしい姿に、あんなのが相方かよ と笑えて仕方がなかった。天候にも恵まれなかった。各地でウイルスが蔓延していた。何度も取りやめを考えた。逆境の俺らだ、って考えてきた。そうしてカブは壊れた。
でも、それでいいじゃないか、
2人で滝川まで来たんだよ。
最北イージュライダー

ーーー

僕には旅に行く時だけ記すノートというのがある。高校の時に買った新書サイズのまっしろなノートで、通学カバンに入れていつも持ち歩いていた。何かの試験で札幌に出向いた時に暇だったから日記でも書こうと思い立ってから、メモ帳と日記の折り混ざったノートとして使うようになった。そのうち旅先や旅の前後にのみ記されるノートとなり、真っ白だった表紙は各地のステッカーや旅券で埋め尽くされた。ずぶ濡れの旅先でついたシミもあいまって今では重厚な古文書のような雰囲気を放っている。

このノートに書き込む時には自分なりのルールがあって、その日起きたことは1ページに収まるように書くこと。収まらないときは2ページ目の最後まで書いて、隙間なく、かつ次の日の出来事が次のページの頭に来るようにすること。
文頭は必ずタイトルをつけること。
そして、自分しか読まないけど、あえて誰が読んでもわかるように書くこと。
このおかげで、後から自分が読み返した時もわかりやすい。この町でこれを見たなとか、この時こんなこと思ってたのかよ。とか。過去の自分の考えに触れる時、少しこそばゆいが愛おしさにやられてしまう。過去の自分へというより、過去の自分の文章を愛している。

そんなノートだが、ついに余白がなくなり使い切ってしまった。毎回持ち歩いていただけに相当な愛着が湧いていて、まるで同行者のように思っていたこのノート。もうこのノートに新しい旅を歩ませることはできないのだ。

新しい旅に出る時、僕は必ずその前の旅の日記を読む。そうして次の旅へと臨む。
だから、ノートを使い切ったから次のノート。と軽々しく思えないのだ。次はまた、まっさらなノートから始めていかなければならないから。まっさらなノートを見るとまるで方向性を見失ったように、右往左往もできずに立ち止まるだけになりそうで怖い。膨大な白紙をこれから埋めていく果てしなさにも気が遠くなってしまいそうだ。

僕は、ノートに書くことで次に進もうとしていたんじゃなくて、過去に固執しているのだと思う。過去は変わらないし、逃げていかないから。ノートを開けば乱れた文章からそのときの気持ちが、立ち込める町の香りが折り重なって過去と対峙させてくれるから。自分の記憶がまるで誰か別人の手記のように読めるから何度だって読めてしまう。そうしているうちに、これから書く文章が過去のそれらを超えてくれるのかわからなくなる。


夜、仕事帰りに本屋に寄った。特に買いたいものがあるわけじゃなかったけど、あれもこれもと手に取っているうちに気付けば結構な量を抱えていた。
そしてその中には、新しい僕のノートも含まれていた。以前のノートとまったく同じ、新書サイズのまっしろなノート。

これからこのノートに何が書けるか、僕にはまだわからない。まったく書かなくなるかもしれないし、以前よりハイペースで埋まっていくかもしれない。それは今後の僕が知るのみ。

冒頭の文章は、以前のノートに書き込まれた最後の旅だ。これに続く旅はもうない。新しいノートから始めてみる。進めなくなったのならそれはそれで、もう自分には必要なくなっただけだと思うから。そこで完成だ。香りが立ち込めるように、夜が黒さを増すように、影が伸びるように。そのまま闇の中へ溶け込んでいくように。

この新しいノートが自分のものとなる日まで。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?