お笑いライブに始めて触れたゆるい記憶
3月初め、肌寒さの残る朝。
大きなお仕事を終えた後の週末であった。何とか元気を取り戻すべく、思いっきり新鮮なことをやりたい気分だ。
ミニストップで初めてのソフトクリームに挑戦してみる。ぶらぶらと散歩をし、公園でシャボン玉を飛ばす子供を横目で見る。ゲームセンターで5、6年ぶりの音ゲーを嗜む……。
インドア派の私にしては、体験の過剰摂取と言っていい。ただ、それでも何だか物足りない気分が残っている。
1時間ほど立ってプレイしていた。脚が疲れている。店を出ると薄雲が見え、いまいちスカッとしない天気だ。
14:00前。軽く食べたせいで、お腹が微妙に空いていない。適当な喫茶店で暇でもつぶそうか……? そう思って街をノソノソ歩いていた矢先であった。
「お笑いライブ見ませんか?」
最高にちょうど良い。その話、乗った!
どうやら、駆け出しの芸人自らが呼び込みをしているらしい。
約1時間で600円だとか。はっきり言って安すぎる。
店外の自動販売機でお茶々なんかも用意したら、もう完璧。コスパ最強の一時が過ごせるではないか。
大御所の芸人が若手のために投資して、ライブ会場ができたのだとか。
いい話だなーと思いきや、細くてぼろっちい雑居ビルに案内される。
本当かよ。餃子の飲み屋が同居してるビルの一室に、小島よしおが1000万投資してるのかよ。
階段が狭くて妙に湿気を感じる。薄暗い入口で会計を済ませる。マジックで600円と書かれた質素な紙箱に小銭をぽんと置く。
会場もそんなに華々しくない。古びたアパートの一室を多少広くしましたよ、といった代物だ。
とはいえ、席には既に10人程の客が点々と座っている。ちょっと安心した。
会場の壁には、何枚も絵がかけられている。
宇宙を旅するイルカの絵。巨大な惑星とピラミッドをバックに歩くラクダの絵。なんだか妙にスピリチュアルだ。
隅っこの方の席に座ってみるも、まったく落ち着かない。
胡散臭い話に釣られてやってきて、怪しげな絵がある埃臭い部屋に座らされているのだ。詐欺の2文字が頭をぐるぐる回っている。
……まあ、騙されていたら騙されていたで、いい話のネタにしてやるか。
客席は気がつけば30人ほどと、そこそこ賑わっていた。
ちびちびとお茶を飲んでいると、照明が落とされた。映画のあの時に似ている。開演前独特の、緊張感。
思えば、最初の挨拶から術中にハマっていた。
一組あたりせいぜい50円ほどなので気楽に見てほしいと伝えられ。
初めて来た人に手を挙げさせて、2回以上来た人にも、本来は必要無いのに手を挙げさせて。
なぜか、たけのこニョッキゲームを観客全員でやらされて。
肩の力を抜いて楽しむということ。観客も体を動かしたり、声を出したりしていい空間であるということ。
笑っても良い、ゆるい場所。そんな空気感を彼らは用意周到に作ってきたのだ!
ちなみに、たけのこニョッキゲームは太っちょの少年が「ン2ニョッキィィー!」と叫んだらそれが被り、一瞬で終わった。
音周りの工夫も感じる。
爆音のBGMに、それに負けない芸人のバカでかい声量。
これもまた、自分も多少声を出しても迷惑にならないしいいや、という気にさせられる。
ネタの合間に流れる出囃子もそうだ。もし静寂に戻ってしまうと、緊張していたに違いない。あれは温まった空気を冷やさないため、できる限り音を途絶えさせないようにしているのだと、初めて気がついた。
こいつら、空気を操るプロだ。
動画だと「なんか大声だしてるだけでネタは微妙」みたいな冷めた空気で見てしまいがち。
それが、ライブ会場だとこれだ。空気に飲み込まれてしまう。
最初はオーソドックスな漫才コンビで安定したスタート。一発ギャグにコント、声まねとバリエーションにも飛んでいて、どれもレベルが高い。
印象的なネタを一つ。
とにかく大声を出せば願いが叶うと豪語するピン芸人。いくつかゴリ押しで要求を通してきた例を紹介し、ついには「UFOもお願いすれば来る!」とのたまい始める。
「UFO来るかなあ!?」と誰ともなく問いかける芸人。すると、凄まじい声量で観客席から「はい!」と返事がかえってきた!
例の太っちょ少年であった。UFOの下りから妙に興奮していた。
いつの間にか観客全員で「UFOさん、お願いします!」とお願いし始める展開へ。結局スピリチュアルじゃないか!
途中で芸人さんから「来るわけないやろって反応を前提にネタ作ってたんですけどね! ガハハ!」と種明かしされ、しれっと終わってしまった。
太っちょ少年が起こした奇跡のアドリブ芸であった。その場限りのいかにもライブなネタなのでありました。
最後のネタが終わり、10組あまりの芸人がステージに集結する。
勢揃いするとちょっと感動する。圧倒の一時間であった。
コロナによって芸人も大打撃を受けていたらしい。終わり際に募金を呼びかけていた。
客席側が明るくなり、現実に引き戻される。
怪しげだったライブ会場は、すっかり穏やかな空気だ。家族連れやカップルの客なんかは、気に入ったネタをわいわい話している。
会場を出ると、あの狭い階段にずらっと芸人が並んでいた。自身の名刺やビラを配り、イベントやらYoutubeチャンネルやらを紹介している。
ライブでの稼ぎがメインではなくて、きっと名前を売り込む意義が大きいのだろう。
あるいは、朗らかになった観客を直接この目で見たい、なんてのもあるのかもしれないな。
15:00過ぎ。日が傾き始めていて、ちょっとセンチメンタル。
世の中には娯楽が溢れてしまっていて、芸人の数も溢れている。なんなら、有名な人のコントやライブも公式動画が上がっていたりするから、ライバルが無限に存在する。
売れた芸人が「運が良かったから芸人になれただけ。芸人なんて目指さない方がいい」とコメントしているのを見たこともある。
厳しい世界。だけど、それを百も承知で夢に向かう人たちがそこにいた。
オンボロビルの一室。来た時とは、だいぶ違う印象になってしまった。
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