電子カルテ導入マラソン

 診療中のクリニックに電子カルテシステムを導入するのは一カ月のマラソンだ。システム切り替えの一カ月前から準備を始める。事務スタッフは通常業務で手一杯で、導入準備には手が回らない。私たち開発チームが並走して準備することになるのだ。
 新規クリニックへの導入なら数日の研修で済む。しかし、導入の大半が、患者が増え、医師が増え、電子カルテへの不満が増しての切り替えだった。

【もっと前から少しずつ準備すれば?】

 早く準備を始めれば、切り替える前に患者が亡くなっていく。空振り入力が増えてしまう。そのうえ新規の患者も入ってくる。一カ月前からでも、亡くなる患者と新規の患者で入力数は1割膨らむ。もし診療中の患者が二百人だったら、二百二十入力するつもりで見積る。

【外来では、患者登録は当日ですよね】

 外来では保険証を出して、問診票に記入する。診察を待っている間に患者登録している。基本的には在宅医療でも同じだが、高齢患者の登録は少し込み入る。
 私たちは三割負担だが、後期高齢者は一割だ。しかし、所得が一定を越えると二割になる。一方、もし低所得なら自己負担額に上限がある。難病には補助(公費)がつく。さらに、在宅医療では介護保険も使う。
 患者のご家族が、これらの制度を熟知しているわけではない。必要書類をすべて揃えるため、ソーシャルワーカーがヒアリングに訪問し、書類を確認したうえで、事務スタッフが請求システムに登録している。登録作業そのものより書類確認に時間がかかるから、訪問診療を明日から、と言われても難しいのだ。

【保険情報は、新システムで請求するまでに入力すれば?】

 新システムで保険請求するのは導入翌月だ。しかし、保険証の番号は処方せん発行にも要る。診療前に処方せんを用意したいから、やはり切り替える前に入力しておきたい。

【前月のカルテ、処方を入力する意味は?】

 多くの場合、同じ処方を継続するので、処方せんは印刷して持って行く。診療当日の時間を大幅に節約できる。もし診療当日に入力したら、一日に診察できる患者は半減してしまう。
 カルテも前回を引用し、変化だけ加筆訂正したい。検査結果も過去数回分を登録しておきたい。診療情報提供書や訪問看護指示書なども前回を引用したいから、入力しておきたい。

【明日訪問する患者の情報を今日入力したら?】

 その方法は実際、「この年末から使いたい」クリニックでやった。準備時間がなかったからだ。しかし、通常の導入では「今日訪問した患者を入力」している。理由は、訪問予定が正確に管理されていないからだ。事前にエクセルをもらっても、「あ、〇〇さんは亡くなりました」「○○さんが追加になります」と別途メモが飛び交っている。ホワイトボードも要注意だ。
 結局のところ「今日訪問した患者を入力」する方が確実だ。旧システムで今日診療したカルテを検索し、それを新に入力していく。
 もし在宅患者が二百人なら、一日の診療はざっと二十人。(二十日間で二回診療が基本だから、十日で二百人を診療)患者登録は事前に済ませておき、カルテと処方を入力するのに患者一人約二十分。カルテはテキストのコピペで済むが、処方入力には薬剤名を検索するので手間だ。しかし、七時間だから一晩でできる。(夜間、旧システムに遠隔アクセスさせてもらう)
 いままでの最高は患者三千人。それでも準備は一カ月だ。一カ月の半ばまで新システムで請求し、残りは旧というわけにはいかない。一晩のノルマは三百人。遠隔アクセスは、ぎりぎり夕方六時から朝八時まで十四時間。百時間の作業を十四時間で済ませるには八人必要になる。
 定期診療は週末ない。週末も入力すれば一晩のノルマを二百人にできる。五人だ。空振り分の余裕もある。バイトを雇い、コールセンタにもお願いし、休職者や社員家族にも入力してもらった。妻にもお願いし、私も入力した。十五人体制でも全員が徹夜できるわけではない。週末の昼間だけの人、二十二時までの人、早朝四時からならできる人など、事情に合わせて遠隔端末を割り当てる。そして、私も平日は夜自宅から、週末は昼オフィスでバイトの対応と、一カ月走り切った。

【過去の検査結果は取り込めますか?】

 過去数回の結果は取り込んでおいてほしい、との要望は強い。それもスキャンした画像ではなく、データとして。結果を引用してカルテに診断を書かねばならないからだ。
 検査会社から過去データをもらい、それを取り込むプログラムを作った。検査会社ごとに結果データの形式や意味は違うから、プログラムも会社毎に用意しなければならない。そして、データにはカタカナ氏名しかないので、どの患者のデータか、人が選択しなければならない。これも夜間、コールセンタの空き時間にやってもらう方法で切り抜けた。

【紙カルテのクリニックは?】

 紙カルテのクリニックはじつは多い。医師一人なら紙で十分。だが患者が通院できなくなり、在宅を始め、非常勤の医師や夜間連携をすることになると、電子カルテが必要になる。
 紙カルテの入力を頼まれた。うーん、読めない。ドイツ語が多いせいもあるが、それ以上に字がきたない・・・ベテラン事務は「紙をこう斜めにすると読めるでしょ」いやいや、読めない。諦めて、紙をスキャンし、電子カルテに画像を張り付けることにした。
 導入後を心配したが、タブレットの音声入力を使ってくれ、事務は大いに助かっただろう、と思ったら、ベテラン事務が辞めてしまった。院長の手書きが読める、という優位が無くなってしまったのだろう。
 やがて院長は引退し、非常勤だった若い医師と若い事務スタッフが引き継いだ。電子カルテ導入は、世代交代も促進する。

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