「──一体、治乱とは、この世の二つの相かまた一相か。古から観るに、治きわまれば乱を生じ、乱きわまるとき治に入ること、申すもおろかでありますが、現代はいかにというに、かつての治より今にいたるまで二百余年、平和をつづけて、近頃ようやく、地に干戈の音、雲に戦鼓の響き、いわゆる乱に入り始めたものではありませんか」
「そうです。……乱兆が見え始めてからここ二十年にわたるでしょう」
「人の一生からいえば、二十年の乱は長しと思えましょうが、悠久なる歴史の上からみれば、実はほんの一瞬です。大颱風を知らせる冷風が、そよめきだしてきた程度にすぎますまい」
「ゆえに、真の賢人を求め、万民の災害を、未然に防ぐこと、或いは、最小最短になすべく努めることを以て、私は自分の使命なりと信じているわけですが」
「善い哉、理想は。──けれど、天生天殺いつの日か終らんです。ごらんなさい、人族起って以来の流れを。また政体や国々の制が立って以来の転変を。──歴史は窮まりなくくり返してゆくらしい。──万生万殺──一殺多生──いずれも天理の常でしょう。自然の天心からこれを観れば、青々と生じ、翻々と落葉する──それを見るのとなんの変りもない平凡事にすぎますまい」
「われわれは凡俗です。高士のごとく、冷観はできません。ひとしく生き、ひとしく人たる万民が、塗炭の苦しみにあえぐを見ては。また、果てなき流血の宿命をよそには」
「英雄の悩みはそこにありましょう。けれど、あなたが賢人を尋ねて、いかに賢人をお用いあろうと、宇宙の天理を如何になし得ましょうか。たとい彼の者に、天地を廻旋するの才ありとも、乾坤を捏造するほど力があろうとも、到底、その道理を変じて、この世から戦をなくすることはできないにきまっている。いわんや、限りのある生命と知れている人間ではありませんか」
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