見出し画像

葬夢

 夢の中で死んだ君に会った。
 奇妙な夢だった。
 ぼくは海辺を歩いている。空に架かった星々は普段とは様相が異なり、真っ黒な背景に宝石箱をひっくり返して大小無数の宝石を塗したかのようで、木星みたく巨大なものもあれば、英文字のiの点ほど小さいものもある。まるで壮大なステンドグラスだ。荘厳な眺めだが、同時に深い海の底を覗き込んでしまった際に覚える心許なさに似たものを感じた。
 海の方も見慣れたものからだいぶかけ離れていた。海面は真っ赤で、血のインクを溢したのではないかと思わせた。生物の気配は感じられず、更に波立つこともないため、血溜まりを連想させた。
 その砂浜をぼくは一人で歩いていた。海岸は無風で、それが、静寂に包まれたこの空間に異様な不気味さを与えていた。本来あり得ない空間を前に、それでもぼくは何処かへ足を運び続ける。
 これは夢なのだろうか。旅の始まりを思い出そうとするが、全く記憶にない。五分前に誕生した世界にいるように、それ以前の記憶が途切れている。明晰夢というやつだろうか。この状況が夢だとわかっていながら、ぼくは現実でどんな経緯を辿って床についたのかすらわからない。ただ、この異様な空間に全く見覚えのないことだけが確かだった。
 渚に片足を突っ込みながらそんなことを考えていると、どこからともなく鳴き声が聞こえてきた。足を止める。視線を巡らし、赤い海原に目を留めた。すると、静止していたはずの赤い海が一度だけ波打ち、引いた潮の中で黒い猫がうずくまり、翡翠色の瞳でこちらを見つめていた。
 黒猫は立ち上がると、ぼくの方を一瞥し、一声鳴いてから渚を進み始めた。他にどうしようもなかったので、ぼくはそれに追従した。この静寂の世界で、一人と一匹は歩き続けた。一体いくら歩いたのかわからない。体は疲れず、時間の間隔もなんだかおかしかった。
 しばらくそうやって歩いていると、人影が見えた。
 君だ。

【続く】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?