「四月馬鹿共」
2人の出会いは、男女数人が飲み食いし、電光石火の質問で互いを値踏みし、恍惚たるリア充の称号を得ようとする催し。即ち合コンであった。
側から見れば春の穏やかな昼下がり、カフェで優雅な時を共にする2人は羨望と嫉妬の眼差しを向けるに値した。しかし男は1人、心中穏やかではない。
実は俺は、嘘をついている。本当は男が好きなのに、カミングアウトが出来ず、世間体を気にしてなし崩し的に付き合ってしまった。
今日は何としても打ち明けなければ。しかし、タイミングを見計らい始めて三刻半が過ぎた。
彼がさっきから深刻そうな表情をしている。もしかしたらバレているのかも知れない。先程から、カップを持つ手が小刻みに震えている。彼は気付いていない様だけど、カップがソーサーに触れる度におかしな音を奏でて、ヒヤリとする。
実は私は、嘘をついている。本当は元男なのだ。いやまだ生えているから正確にはまだ男だ。
嫌われたくない。この一心で抱え込んだ真実をさらけ出す、そのためにここに来たんだから。
エスプレッソがまだ温もりを保った最中、料理が届けられた。
「お待たせいたしました、ベーコンエッグサンドと季節の苺サンデーでございます」
テーブルに料理が置かれ、舞台は整った。あとは役者のアドリブに任される。
っと横から失礼する。僕だ。たった今神妙な男女に料理を提供した店員だ。二人の顛末が気がかりな読者様へは申し訳ないが、僕は困り事を抱えている。
実は僕は、嘘をついている。
僕はこの店の店員じゃない。似た服装で来店した結果、あれ運べだの注文を取れだの言われ戸惑い、モタモタすると鬼も阿鼻叫喚する説教をくらった。今この刹那、引っ込み思案な性格とカフェバイトの経験が相まって、奇跡的に労働が成立している。
誰か僕という哀れな青年に救いを、あるいは賃金を!
「おいモタモタするな!手が空いたなら飲み物運べ!」
また店主からお叱りを受けた。抗議してやろうという気は、店主の顔を見てとうに雲散霧消した。顔面凶器とでも形容しようか。きっと小動物なら視線だけで成仏する。
早く運ぼう、カフェモカはどの席だ。
振り返った時、目付きの悪い男にぶつかった。
ガシャン。
カフェモカの甘い香りが男を包み込んだ。
僕の不運は終わらない。
「あっ!あづ!あづい!!!てめぇコラ俺は強盗だ!金を出せ!!!」
強盗だった。最悪である。手には光沢のある金属、恐らくナイフを握り四方を威嚇している。
しかし、こちらには店主がいる。顔面の恐ろしさはナイフと同じか、それを凌ぐ程である。さあやれ、先ずは僕を守れ、次点で店を守れ。
だが店主は動かない。理由はすぐに分かった。カウンターの高さと顔面のインパクトで今まで気付かなかった。
「店長めちゃヒョロヒョロじゃん…」
こうして、店内は半分パニック、半分緊張で硬直した。
すると
「そこまでだ!」
1人の男性客が立ち上がった。神妙なカップルの男の方だ。手には食べかけのベーコンエッグサンドを持っている。
「待ってともくん、1人じゃ危ないわ」
また1人、女性客が立ち上がった。神妙なカップルの女の方だ。手には食べかけの季節の苺サンデーを持っている。いやサンデーは置け、撲殺する気か。
ともくんなる男は強盗に近づき、交渉を始めた。
「おいお前、強盗なんて成功しない。大人しく投降しろ」
「なんだテメェ、こいつが見えねぇのか?お前なんか一指しでお終いだぞ」
強盗はちらちらと、金属を見せびらかす。凶器を持った人間をあまり刺激してはいけない。僕はあたふたしながら、違和感を覚えた。
耳を澄ますと、他の客がひそひそ囁くのが聞こえる。
「あれよく見たらスプーンじゃね?」
そうだ、スプーンだ。砂糖をかき混ぜるために備え付けられたスプーンだ。途端に緊張は解けた。
段々と店内の空気が、ああドッキリとかフラッシュモブ的なのね、みたいな流れになった。僕は胸を撫で下ろし、展開を見守ることにした。
すると、物語は佳境に入ってきた。
「いやだ、助けてともくん!」
1番腕力の低いであろう、神妙なカップルの女の方が人質にされたのだ。
「おい強盗卑怯だぞ、そらちゃん!今助ける!」
ともくんは4人がけのテーブルを持ち上げて強盗へ差し迫った。火事場の馬鹿力だろうか、元々のポテンシャルだろうか。傍観する客達によって店内をまばらな拍手が走った。
「待って、いいの、ともくん。これは私への罰なの」
「ホウヒュウホフガ?」
読者の皆様は、突然の言語変化に戸惑ったことだろう。僕もなんでこの男フガフガ言ってるんだ?と思った。男は、ベーコンエッグサンドが口に挟まっていた。成る程テーブルを両手で持つために、サンドが邪魔だったため口に入れたのだ。
「実はね、ずっと言えなかったんだけど、私男なの」
「ゴフッ、ゴフッ」
そらちゃんの唐突な告白に、ともくんは気管支と腕と心をやられたらしく、その場に崩れ落ちた。
「ともくん!」
そらちゃんが駆け寄る。自由になった、あれ強盗は?と思ったら、強盗はしきりに「台本と違う、俺はまたやったのか?」とぶつぶつ呟いている。僕にはコイツだけがずっと怖い。
「そらちゃん、今の話は本当?」
「ええそう、伝えたらこの関係が終わってしまうのは分かっていたから。今まで黙っててごめんなさい」
ともくんはサンドを持った右手を、そらちゃんの肩に回した。
「俺も、隠してた事がある。実は男が好きなんだ」
「え、それじゃあ」
「これからも宜しく、だ」
店内はわっと騒めき、そこそこの拍手が巡った。そういうオチ?とかハッピーエンドで良かったという声が聞こえる。そして、この流れなら言える気がする。
「実は僕も、店員じゃない」
店主とカップルだけが驚き、他は「だから?」といった面持ちだ。後で賃金請求するからな、顔面凶器もやし。
「なら俺も一応、俺は強盗じゃないです」
浅田と名乗る強盗だった男は、自らを役者だと語った。オーディションに落ち続け、次こそは落とせないと台本を完コピし、眠れない日々を過ごしていたらしい。精神的にも身体的にも極限にあり、カフェモカの熱を受けて役に入ってしまったという。さらに、ともくんとあおちゃんの台詞は、丁度台本に沿っていたらしく、そのまま演技を続けたらしい。
こうして嘘に塗れた4人は奇跡的に劇を展開し、なんとか丸く収まった。ちなみに嘘とは違うが、僕が店主だと思っていた男は店主の友達らしい。そりゃ店主ならバイトの顔を間違える訳がない。考えれば当たり前のことだ。
さて僕は今日の劇的で、長く短い時間を書き記している。どこまでが本当かは、想像に任せることとする。それでは皆様、良きエイプリルフールを。
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