「取引」
「3つだけなんでも、願いを叶えましょう」
唐突な申し出に、山内と俺は目を合わせ、耐え切れなくなって笑い出した。
俺も山内も、別段笑いにゆるい方ではない。ただ、この店のウィスキーが美味いのと、数分前の山内がした失恋話が場をかき乱した所為だ。
一通り腹を抱えたあと、俺たちより半周りほど若いが年季の入った、綺麗な羽織を着た男に向き直る。
「でも、あんたは何をしてくれるんだ?ここの支払いでも頼もうか?」
「ええ、それをお望みなら」
「ちょっと待てよ」
なんでも、と言う割に安くすませようとする俺に山内が手を小さく振りながら割って入った。
「もしこの人が言うことが本当なら、そんなちっぽけな願いで済ますのはもったいない。そうだ、まずは願いを増やしてもらうのはどうだろう」
なるほど山内という男は、ケチだが馬鹿じゃない。
「じゃあこうしよう、最初の願いは『願いを増やすこと』だ、出来るよな?」
「ええ、それでは叶えられる数の制限を無くしましょう」
半分茶化すつもりだったが、すんなりと受け入れられ、なんだか肩透かしをくらったような気になる。
「物分かりがいいな、早速ここの支払いを頼む」
「承知しました」
山内が呆れた目を向けているが、気にしない。そもそもそんな筋合いはないのだ。
店を出て、山内と俺、そして岸田と名乗る男の3人で歩き始める。酒で熱くなった肌を、夜風が冷ましていくのを感じる。さて次は何を頼もうか、酔いの回った頭でぐるぐると考えていると、山内が口を開いた。
「どんな、、、どんな願いでもいいんだよね?」
「ええ、左様でございます」
「じゃあさ、、、佐倉さんと付き合えないかな」
さあ今度は俺が呆れた視線を送る番だ。さっきの言葉訂正しよう、山内、こいつはケチで馬鹿だ。
「承知しました」
岸田が電話をかけ、30秒程話すと嫌な笑みを浮かべ
、そして数分後、女が駆け寄ってきた。そして、山内の右頬にキスをした。
おわわぁぁぁと、情けない声をあげる山内から、岸田に視線を移す。ぼんやりとした頭でも分かる。こいつはホンモノだ。
山内は佐倉さんなる女と腕を組み、ふらついた足取りで岸田にお礼を言うと、女と2人で歩き始めた。
「また今度な、連絡するから、好きなようにお願いしといてくれ。あ、この事は2人だけの秘密だからな」
秘密だと言いながら、隣にも周囲にも、誰が聞いているか分かりゃしない。だからあいつは馬鹿だ。さて。
「なあ岸田」
「なんでしょう」
「あいつの、いや、俺以外の命令はもう聞かなくていい、それと、あいつのお前に関する記憶を消してくれ」
「ありがとうございます」
岸田は、泣きながら笑みを浮かべ、丁寧に携帯を開き、数十秒ほどの電話をかけた。
岸田の背後のどす黒いオーラが、睨んでいるような気がした。
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