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心の奥の取材ノート

第48代横綱大鵬 納谷幸喜さんのこと

交わした言葉、ちょっとした仕草、振る舞い――
今もありあり思い出す、取材で出会った人たちのこと。
編集部


大鵬01


 巻頭対談の取材で、宇城憲治先生とともに両国国技館の一階、相撲博物館を訪ねました。第48代横綱 大鵬、納屋幸喜さんが執務室で迎えてくださいました。

 どっしりとした体躯、厳格な雰囲気。これが横綱の品格なのか……と思っていると、なんと大鵬親方は歯科治療の体調管理ために入院していたところ、この対談取材のために一時退院してきたのだそうです。取材依頼をした時に事情をおっしゃることもなく、パッとお返事をくださったので、まさかそんな大変ななか受けてくださったとは思ってもみませんでした。

 親方と宇城先生は、すでに一度NHK国際ラジオの対談でお会いしています。きっとそのご縁を大事にされ、誠実に対応してくださったのでしょう。同時に、一時退院もいとわず宇城先生との対談を望まれたのだと、両先生が信頼し合っておられることを感じました。

 幼少期、苦しい家計を助けるために、早朝から起き出し、夜なべした母を気遣い、朝のお味噌汁を作ってから納豆売りに出掛けたこと。言いつけられた薪割りを「明日また」ではなく、その日のうちに必ずやりきったこと。見聞きしたことから何でも学び、その後の糧にしてきたこと。人生の先輩の教えや叱ってもらったことを謙虚に受け止め、学びに変えること。
 そして相撲稽古の、苦しいところへ「もう一丁!」という厳しさと、限界を知ってさらにその上に挑戦すること。それを越えてはじめて幸せや喜びがあること。
「丸い土俵が大学以上だ。何でも教えてくれる。ここに何でも埋まっている。それを掘り起こすんだ」と 親方が弟子に言った言葉は、親方自身が実際にやってきたからこその実感であることが、よく分かりました。

 「今は何でも教えすぎ。何もできなくなってしまうよ」と、親方が熱く子供たちへの思いを語っておられたのは今からちょうど10年前。親方の危惧は、まさに今深刻な事態となっているように感じます。大人が気づき、変わること。その思いを新たにします。(千葉)

―― 季刊『道』 №198(2018秋号)より ――

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