南道雄 京都府合気道連盟 常務理事
私を育てた京都の合気道
南道雄師範に、大阪合気会初代会長 田中万川師範について、また京都合気道創成期に活躍された先生方について、さらに師範ご自身の合気道人生についてお話をうかがった。
(取材 2001年8月24日 ご自宅にて)
※所属や肩書きは、『合気ニュース』130号 に掲載当時のものです。
(聞き手 広部和朗)
合気道を始めた動機
―― 先生が合気道を始められたきっかけから伺いたいと思います。
思春期の不安定な時期に母親を病気で亡くしてしまいましてね、荒れる気持ちを記録への挑戦というので陸上競技で紛らしていたように思います。昭和38年九州から京都へ就職のため入洛、その頃から武道に興味を持ち始めていたということですね。何かこれだけは人に負けないものを身に付けてやろうという気持ちにかきたてられ、熱中できるものがほしかったということ。それに気持ちのよい汗をかきたかったですね。
そんな時、合気道の演武会を見に行ったことが最初の出合いでした。その中でもやっぱり田中万川先生の演武と故広瀬二郎先生(京都府合気道連盟初代会長)の演武が印象に残りました。
―― どんな点ですか?
ご高年齢なんてまったく感じさせないお二人の動きは素早く、しかも滑らかに非常に柔らかい動きをされたということです。あれから30数年経った今でも私の脳裏に焼きついて忘れることはありません。それほど強烈なインパクトとなっているのです。
当時、もうすでに65歳を過ぎておられた広瀬先生は、畳の上で開脚して体が畳にピッタリとつくくらい柔らかなものでした。年配の方のあの体の柔らかさや、あのような滑らかな身の熟しを見たのは初めてでしたので、それはもう驚きでした。
そんな時、田中万川先生から、「あんたもおいなはれ」と声をかけられましてね。迷う気持ちはいっぺんに吹き飛んで即座に入門のお許しをいただきました。
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