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共進化的生成Deep Learningと矛盾をのりこえる子どもの「発達」との間の類似性

発達とは「矛盾」をのりこえること

 障害を持っている子どもの成長の分析から、子どもの発達を「矛盾をのりこえること」と表現している著作があります(白石正久 『発達とは矛盾をのりこえること』 全障研出版 )。

 この本の12ページにおいて、著者の発達観を端的に表現した次のような一節があります。

「発達は、子どもの発達への願いからはじまります。この願いを発達要求と言ってもよいでしょう。発達欲求は子どもの要求(註:「何かをして欲しいという願望」と、私は理解)とイコールではありません。発達のらせん階段を一歩一歩登り、自らを高めようとする願いです。発達欲求のあるところには表裏の関係をなして、必ず『そうならない自分』があります。この発達欲求と現実の自分とのへだたりが大切なのです。発達の矛盾、それは子どもの発達への願いと今の自分の発達レベルの間に生じたへだたりのことだと仮に定義して、この本の一歩を記すことにしましょう。子ども自身がそのことを認識しのりこえようとする力をもつとき、その矛盾は発達を前に進める力、発達の原動力になるのです。」

 このような弁証法的な発達観は、それほど特異なものではないかも知れません。しかし、このようなものの見方が、目下良く話題に出るAI、機械学習のアルゴリズムと類似しているといったら驚かれる方もいるのではないでしょうか。


コンテンツを生み出すAI GAN

 近年、故人の漫画家の「新作」を機械学習で「創作」することに成功したという報道がなされたことを記憶されている方も居られるのではないでしょうか。

<関連webページ>
「AIで作った漫画に“手塚治虫らしさ”は宿るのか? 」
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2002/27/news064_3.html

手塚治虫の伝説的な作品をもとに、AI が新作漫画の制作を支援
https://blogs.nvidia.co.jp/2020/04/27/osamu-tezuka-ai-supporterd-manga/

 このように、ある特徴を持ったコンテンツ群(例えば、特定の作家の作品群)を機械学習させることで、その特徴を捉えてはいるが、既存のものの中には存在していないコンテンツ、作品を新たに生み出すということができるようになっています。

 この技法の基礎、土台となっている機械学習の技法が、Generative Adversarial Networksという技法で、略して「GAN」と言われることが多いですが、「Generative」とは、物事を生み出す性質を持っているという意味で、「生成」と訳されることが多いようです。

 「Adversarial」は、辞書的には、「敵対的」と日本語に訳されています。しかし、私は、この訳語はGANの持っている前向きな部分をうまく言い表せていないと考えています。そこで、このレポートのタイトルにあるように「共進化的」と表現することにしました。
 これは、識別器と生成器を相互にレベルアップさせていくことで、単一のシステムでは到達できないレベルに到達するという様相が、生物学における捕食者と被食者、宿主と寄生者との関係で、相互に生存確率を高めるために進化していって、かなり複雑かつ特異な気質を発現させる「共進化」のメカニズムに非常に似ていると思ったからです。
 さらに言えば、このメカニズムと子どもの発達の類似性を議論するときに「敵対的」という語感に、抵抗があり、異なる適訳を探索したという面もあります。


弁証法的なGAN

 さて、冒頭の図の左側にあるように「識別器」と「生成器」から構成されるGANという技法の基本構造を説明すると次のようになります。

 ・まず、識別器を訓練する。本物画像と生成器がランダムな入力から
  生成した生成画像について、本物と新規生成を区分できるように、
  教師あり学習を行う。
 ・この「とりあえず」訓練された識別器を判定基準として一旦固定
  し、生成器が改めて、ランダムな入力から生成した新規画像が「本
  物」か「新規」かを判別させ、識別器が本物と判定する新規画像と
  なるように、生成器をコンピュータ上で調整、訓練させる。
 ・この生成器の学習を繰り返すと、人間がみて「本物」と判別するか
  どうかはともかく、生成器のつくる「新規画像」を識別器がほぼ
  「本物」と判別してしまう状態がやってくる。
 ・この訓練された生成器の出力する「新規画像」と「本物画像」を用
  いて、さらに識別器に教師あり学習をさせる、これにより、より本
  物っぽい新規画像であっても、「新規」と判別できるように、識別
  器を訓練できる。
 ・これプロセスを生成器の新規画像をどうやっても識別器が「新規」
  と判別しなくなるまで、又は、新規画像の精度が人間からみて満足
  いく(定量)水準に達するまで、繰り返す。

 GANという仕組みとは、このように、「本物」判定を巡って、識別器の判別スキルと生成器の「だます」スキルを共進化させていくことによって、より「本物っぽい」が、既存の中には存在しないものを作り出せるという仕組みであり、弁証法的なロジック構成となっています。


子どもの発達とGANの類似性

 そこで、「矛盾をのりこえること」という発達観に立って、GANにおける「識別器」を「できない自分(発達要求)」と、「生成器」を「少しできるように努力する自分」と考えてみます(冒頭の右図参照)。

 まず、大きな「なりたい自分」と比較した、今の自分とのギャップから、そのように「できない自分」が認識され、発達要求(発達への願い)が「識別」されることになります。この「隔たり」が発達への意欲(発達の原動力)となっていきます。

 隔たりを克服する「少しできるように努力する自分」になる。その努力の結果、新しい自分の達成状況が新しいインプットとなって、冒頭の大きな「なりたい自分」との新しい差が識別される。以前よりも近づいているが、「できない自分」像が再生産される。ここから新しい発達要求が生まれ、新しい努力する自分への原動力になっていくことになる。そして、さらに新しい「少しできるようになった自分」を新しいインプットとして。。。というプロセスが、発達のプロセスだという理解するころができるのではないでしょうか。


「やりたい」が矛盾をのりこえさせる

 勿論、子どもの発達過程を機械学習の仕組みで、全て説明できたり、その状況を再現できたりするなどと主張するつもりはありません。
 ただ、このようにGANと「矛盾をのりこえる」発達の類似性という視点をもつと、子どもの発達への関わりについて、異なる視角から光を当てることができるようになるのではないかと考えられるのです。
 GANでは、生成器の訓練ではなく、識別器の訓練が先に行われます。子どもの発達では、「できる」ことではなくて、「できない自分」を認識し、発達要求(発達への願い)を持たせること、つまり「やりたい」という内発性をいかに醸成、醸し出すかということが、まず先にあるということです。
 さらに、その大前提として、大きな「なりたい自分」をどう確立するか、そこに向けて周囲はどのようなサポートを行えるかということも重要になります。その後の「生成器」の訓練とは、この意欲のレベルの高まりに応じて、どう調整していくかということになります。

 つまり、周囲の大人の目線からの「達成」ではなく、「やりたい」を識別できることにつながる、「大きな『なりたい自分』」と自分の現状の認識から生まれる内発性(識別器の訓練、学習)というポイントが、改めて析出されてくると言えるではないと考えます。


GANの発展への期待

 機械学習、なかんずく、この生成Deep Learningという技法は、画像生成だけではなく、自然言語処理、文書、音楽、ゲームプレイ(囲碁、将棋、テレビゲーム等々)、プログラミングにおいて新しい物事を「創作」するという分野で、着々と成果を上げています。とはいっても、最初に「本物」を用意する必要があるので、完全オリジナルなわけではありません。

 人間の言語獲得プロセスと機械学習アルゴリズムの関連性の研究も進んでいることから、今後のGANのアルゴリズムの進歩が、人間の発達の深層メカニズムの理解にどのように寄与するのか、注目していって良いのではないかと思っています。

<冒頭の画像>
「共進化」の例として、良く挙げられる「蜂と顕花植物」の写真にしてみました。