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Tempalay Tour 2024 “((ika))”(宮城公演)の日記

伊坂幸太郎先生は仙台市在住らしい。お昼ごはんを食べたお店の人が教えてくれた。それなら伊坂先生の本を持ってくれば良かった。
いつだって悔いなく生きることは難しい。それが些細なことだとしても、やがて忘れてしまうことだとしても。

今回の旅では、マーティン・エイミス『関心領域』がお供してくれた。一つずつ振り返っていこう。

なるべく原作を読んでから映画を観たい派

※下記要素が含まれます。
・ライブで演奏した曲についての感想
・自作ぬい及びぬい撮り

今回行ったライブ

・5/26(日) Tempalay Tour 2024 “((ika))”@仙台PIT(宮城)

ライブ前の日記

本屋さんがどんどん減っている。それは統計的にも明らかだし、地元の本屋さんが次々に潰れていったことからも感じられる。
だから、なるべく本は本屋さんで買いたい。私の貢献できる売上なんてたかが知れてる。でも選挙の1票と同じように、その1冊が大事かもしれない、なんて思う。

「ブックカルテ」という選書サービスがある。いくつかの質問に答えると、書店員さんがその人に合う本を選んでくれるものだ。書籍代10,000円分と、送料・選書料込みで12,500円。
一度だけ愛知県にあるON READINGさんに選書をお願いしたことがある。自分では選ばなかったであろう本がいくつもあり、すごく良かった。

「また、選書してもらおうかな」と思い、気になっていたのが「曲線」さんだった。

曲線さんへ向かう道

仙台駅からバスで20分くらいのところに店はある。地図を見ても辿り着けず、周囲をしばらくうろうろしてしまった。
バス通りから向かった方が分かりやすいと思う。私は店の裏側から行ったので、少し迷ってしまった。

奥まった場所に位置するせいか、一歩足を踏み入れるとひっそりとした空気に包まれる。
本は色も形も様々あって賑やかなのに、本のある空間はどうしてこんなにも心を落ち着かせてくれるのだろう。
本は、読まれることを拒まない。いつもそこにある。
ページを捲る音だけがかすかに響いて、やっぱり紙の本が好きだなと思った。

購入した本

1時間以上吟味してしまった……ゆっくり選ばせていただき、ありがとうございました。
Xで見て気になっていたフリーペーパーも付けていただきうれしかった。

ライブの翌日は仕事で(辛い)、あまり動き回ると疲れてしまうと思い、ホテルで休んでから会場へ向かった。

ライブの日記

ライブの前日、綾斗さんのポストを見て「にんげんっていいな」(cf.まんが日本昔ばなし)と思った。

去年の「ドォォォン!!」ツアー宮城公演のMCで、綾斗さんとOCHANさんは「てんでん」という居酒屋に行ったとお話されていた。ライブ会場がすごくあったかい雰囲気になって、約1年経った今でも覚えている。
投稿された写真は、てんでんに貼ってあったのかなと思う。せっかくだからお店の前に行けば良かった……またしても悔いが。

綾斗さんの人付き合いって素敵だ。私の対人能力がマイナスなので、綾斗さんくらいの付き合い方が当たり前なのかどうか分からない。MCを聞いていると、あたたかい気持ちになることが多い。
頻繁にLINEでやり取りしたり、会ったりすることだけが友情じゃないんだ。言葉にすると当たり前でも心でそう思えているか、行動に移せているかというと、そうじゃないことってたくさんある。

てんでんの方との交流を言葉にしようとしたのか、「仙台は景色が……いや、奇跡がたくさん起きて」と「奇跡」と「景色」を二回くらい言い間違えて、結局何も説明してくださらなかった。
おそらく一緒にいたAAAMYYYちゃんは説明されずとも分かっていて、相槌を打っているのが良かった。

5月の日記に、常に自分の振る舞いについて説明できなければならない気がしていたって書いた。日記を書きながら、そうじゃなくても良いのだと思えてきて。
曲線さんで買った西尾勝彦先生の『のほほんと暮らす』に書いてあったソローの言葉が、その考えを後押ししてくれるようだった。

私は生活に
広い余白を残しておきたいのだ

西尾勝彦『のほほんと暮らす』23頁

どうしたら言葉だらけで真っ黒な頭の中の風通しをよくできるのか考えている。私も生活に、言葉に、頭の中に、広い余白を残しておきたい。説明しすぎる必要はない。

ずっと詩や俳句、短歌といったものに苦手意識がある。
この前読んだ岡潔先生の『数学する人生』には松尾芭蕉の俳句がいくつも載っていた。岡先生が芭蕉の句を引用して語る。私には、なかなかその良さが分からなかった。
一方、ミステリ小説は大好きだ。詩とミステリ小説の違いは何かって言ったら、説明の量かと思う。詩も俳句も説明しすぎない。

くたびれて宿借る頃や藤の花 芭蕉
ほろほろと山吹散るか滝の音 芭蕉
旅人とわが名よばれむ初時雨 芭蕉

岡潔・森田真生編『数学する人生』96頁

うむ。←どう感じ取れば良いか分からない私。

例えば大道芸人がジャグリングを披露して、数秒で感動が押し寄せるのとは対極に位置するような、そんな感じ。日本の美って、じっくりと、しみ入るように味わうものなのかもしれない。
正に、閑さや岩にしみ入る蝉の声……素晴らしい!!!これは良い。最高すぎる(しみ入るはどうした)。夏目漱石の『こころ』を思い出すわ。

私は夏郷里に帰って、煮えつくような蝉の声の中にじっとすわっていると、へんに悲しい心持ちになることがしばしばあった。私の哀愁はいつもこの虫のはげしい音とともに、心の底にしみ込むように感ぜられた。私はそんな時にはいつも動かずに、一人で一人を見つめていた。

夏目漱石『こころ』127頁(新潮文庫)

心の底にしみ込む……この描写のイメージだけ頭の中にあって、言葉までは覚えていなかった。何回読んでも良いなあ。しみじみ。あ、また「しみ」だ。

2022年6月にnoteをはじめて、ライブへ行くごとに日記を書いている。気付けばTempalay関係の日記が60記事を超えていて、全部が曲の感想ではないにしても、そんなに書いているのかと驚いた。
もし綾斗さんの歌詞が説明的すぎたら、殆ど余白がなかったら、私はこんなにも感想を書かなかっただろう。
もちろん音楽は歌詞だけではないし、AAAMYYYちゃん、夏樹さんの魅力もあるから大好きなんだけど。
新曲が出たときは「わっ」と押し寄せるような感動を味わったり、何年もずっと聴いている曲は、しみ入るようにその良さを感じたり、これからも色んな風に、ずっと好きでいられたらと思う。

ライブで聴けるから、普段の生活でTempalayの曲を聴かないよう我慢している。久し振りに『((ika))』の曲を聴いて、やっぱり『遖!!』が良いなと思った。前半で演奏されるから、心の準備が間に合わなくて困る。
「なんかほっとしたり 嫌気さしたりして」の部分、同じメロディーでも夏樹さんのドラムの叩くスピードが早くなるところが良かった。その後の「空回れば空回るほど」という歌詞に、より立体感を与えるような演奏だった。
今まで聴いていて、そんな風に思ったことがなかった。やっぱり何度も聴くことで気付くことがある。

あとは音源にある拍手のような音がない代わりに、ウィンドチャイムの音がするのも良かった。
ウィンドチャイムという楽器の名前が分からなくて、Googleで「楽器 シャララン」と調べたら出てきた。助かる。

この前読んだビオリカ・マリアン『言語の力』に面白いことが書いてあった。

マルチリンガルがよく言っているのは、自分が話す言語に存在するラベルによって、何を思い出すかが影響を受けるということだ。英語で「いとこ」を表す単語は「cousin」しか存在しないが、中国語では8つもある。母方か父方か、男か女か、自分より年上か年下かで分類しているからだ。
この場合、ただ1つの単語を使うだけで、そのいとこの属性がすべてわかるようになっている。この利便性によって、「いとこ」の属性を分類する言葉を持たない言語を話す人よりも、いとこにまつわる記憶を引き出すスピードがはるかに速くなるのだ。

ビオリカ・マリアン『言語の力』165頁

日本語では漢字で「従兄弟」や「従姉妹」と書くことはあっても、発音は全て「いとこ」だから英語の「cousin」と同じようなものかと思う。
もし中国語のように自分との関係性によって使用する単語が変われば、記憶の解像度や、記憶を引き出すスピードは変わるだろう。

言語に限らず、知識や経験の多さが記憶の定着をよくすることってあるのだろうか。
昔よく聴いていた曲が流れて、当時の記憶が鮮やかよみがえったという経験をしたことのある人は多いと思う。たくさんの知識や経験があった方が、過去と今を繋ぐだけでなく、全く異なるジャンル同士に関連性を見出したり、それによって記憶が強化されたりするのかな。
ところでAKB48の『君はメロディー』っていいよね。「僕のメロディー メロディー サビだけを覚えてる 若さは切なく 輝いた日々が 蘇るよ」。実際に『君はメロディー』が「僕のメロディー」になっている人もいるのだろうな。

Tempalayを知ってから今までずっと聴き続けているので、Tempalayの曲を聴いて当時のことを思い出したことはないかもしれない。でも曲を聴いて本で読んだことを思い出したり、昔のことが思い起こされたりしたことはたくさんある。

生きることって経験が増えてゆくことだ。経験が増えれば、蜘蛛の巣のように関連付けが増えてゆく。過去は変えられなくても、捉え直すことができるというのは、新たな関連付けを見出すことだったりするのかな。
『ドライブ・マイ・イデア』の「老いてく それで幸せ」が分からなかった。今も分かったわけではないけれど、ほんの少しだけ悪いことではないのかもと思えた。

私の行けた大阪香川東京公演では、アンコールで『そなちね』を演奏してくれた。宮城公演では『ドライブ・マイ・イデア』の後そのまま『そなちね』が続いて、アンコールはなかった。北海道公演はどうだったのだろう。

『そなちね』、「あの夏の夜 冷えたサイダー」から続くパートが大好きだ。「あの」が付く四季は夏しかない。あの春、あの秋、あの冬という言葉には違和感がある。私だけ?
こそあど言葉の「あ」は、話し手からも聞き手からも遠くにあるものや場所を指している。
夏は遠い。振り返る季節は夏ばかり。振り返ることはできても、戻ることはできない。だから「あの夏」なのだ。
子どもの頃から暑いのが大嫌いで、夏を除いた三季になるよう祈っていたし、敢えて常夏のハワイへ行く旅行者を白い目で見ていた(嫌な子ども)。
春と秋は「切なさやセンチメンタルな感情は、私の専売特許だ」という顔をしている。違う。夏だ。夏こそ最も戻れなくて、苦しくて、切ない季節なのだ。

覚えている限りの大阪、香川、東京公演との違いを書こう。
『時間がない!』の最後の「(I don't think I can make it in time. how long?)」という部分、今まではマイクを手で覆い隠して歌っていたのに、宮城公演ではそうされていなかった。手で覆った方が、ひそひそ声(?)に聞こえて良かった気がする。次に聴けたら注目したい。

『遖!!』の演奏が少し変わったような気がする……が、私は音楽の言語を持たない故に記憶の定着も悪い。
何と説明したら良いかすら分からない。間奏における止めの演奏(?)が良かった。いつも言葉が足りなくて悔しい。

1曲目の『愛憎しい』では、マイクの電源が入っていなかったのか不発に終わってしまった。せっかくの始まりが!
綾斗さんが「何のためのサウンドチェックなん?」と笑っていらっしゃった(嫌な感じの言い方ではない)。AAAMYYYちゃんも「アカペラで歌い出したのかと思った」みたいに仰っていた。

『my name is GREENMAN』におけるベースの榎元駿さんと、パーカッションの松下ぱなおさんによる演奏も良かった。松井泉さんは千葉県のCAMPASS 2024で演奏されるため、ぱなおさんが代打で指名されたようだ。
AAAMYYYちゃんが、ぱなおさんのいる位置(?)について「かわいいね」と仰ると、ぱなおさんが「AAAMYYYもかわいいよ」と返し、更に「綾斗はかわいいかもしれない」と、かわいい談義が続いた。かわいいは、正義!

最近のメンバー紹介は、綾斗さんがAAAMYYYちゃんを紹介して、AAAMYYYちゃんが夏樹さんを紹介して、夏樹さんが綾斗さんを紹介することが多いように思う。
かわいい談義があったので、綾斗さんがAAAMYYYちゃんを「かわいいAAAMYYY」と紹介されており、ありがとうのお気持ちだった。
AAAMYYYちゃんが何と言ったか聞き取れず、夏樹さんは綾斗さんを「かわいいかもしれない綾斗」と紹介されていた。
その後「鬼かわいい綾斗」と仰っていた気がする。でも「鬼かわいい」が「とってもかわいい」を意味することに気付き、「それだと本当にかわいくなっちゃうか」と、訂正(?)されていた。

どの話の件か忘れてしまったけれど、綾斗さんが最近「林家パー子(さん)のような笑い声が勝手に出る」と仰っていた。
確か夏樹さんの仰っていたことに笑っていたような……去年に続きステージ上が和やかな雰囲気ですごく良かった。ところで、若い方に林家パー子って通じたのだろうか?

綾斗さんがぱなおさんに対して「何でぱなおなの?」と問うと、「僕は苗字が松下で……」「あ、もういいです」というやり取りもあった。
会場が笑いに包まれたので、松下幸之助さんの認知度ってすごいなと思った。日本で最も有名な経営者なのでは?本田宗一郎さんも有名かな。

パーカッションの良さは、『今世紀最大の夢』で最も感じられるなと思った。色んな打楽器の音が異国を感じさせるから、『今世紀最大の夢』にマッチするのかもしれない。
『今世紀最大の夢』ではなかったかもしれないけれど、ギロも使っていて「小学校の音楽の授業で習ったやつだ!」と思った。試験ではない場所で勉強が生きる瞬間って最高だ。

『月見うどん』で泉さんも使っていた、祭りっぽい音がする楽器も良い。これはGoogleに聞いても、ウィンドチャイムみたいに教えてくれない。名前が知りたい。
コーン、カーンみたいな音がする楽器……なんだか『きさらぎ駅』で鳴ってそうだと思う。『きさらぎ駅』は大好きで何回も読んでしまう。

Tempalayは既にいくつか夏フェスへの出演が決まっている。泉さんかぱなおさんもいらっしゃるだろうか。人数が多いと(今のTempalayは6人体制だ!)スケジュール調整が大変だから難しいかな。
駿さんなんて、24日(金)北海道、25日(土)愛知、26日(日)宮城だったから、ちゃんと睡眠時間を確保できているか不安になってしまった。ロングスリーパーの私目線なので、意外と平気なものなのかな……しっかり休めていますように。

確か最後のMCで綾斗さんから「全国津々浦々まだやりますんで、チケット余ってるんで来てください!」というお話があった。「またどこかで会えたら」ポイントが貯まった。
それにしても綾斗さんは、いつも今がツアーの何公演目なのか把握されていないような。クイズあるあるの「今、何問目?」が苦手そうだ。
でもそれがいい。把握していなくて良い。武道館で解散が決まっていたら、嫌でもあと何回で終わりだって数えてしまうだろうから……私はインタビューの衝撃をまだ引きずっている。この世界線に行かなくて良かった。

そういえば東京公演の日記に、終演時もレーザーライトでTempalayのロゴを照射してくれたら良いのにと書いた。なんと宮城公演ではそれがあってうれしかった。でも、今まで私が気付いてなかっただけのような気もしてきた……真相はいかに。

年末のレディクレ程ではないにしても弾丸遠征であった。いくつか悔いが残ったので、また今度行けたら良いな。

前回の悔いであったずんだシェイクは飲めた