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小原綾斗とフランチャイズオーナー「XXX」愛知公演の日記

久々の愛知県!Tempalayの「ドォォォン!!」ツアーで行けなかったからうれしい。
愛知県に親戚がいるとか、昔住んでいたとかそういうわけではないのに何故だか好きなところが多い。ライブ会場以外に色んな場所に行けたので、日記を書きながら思い出を振り返ってゆきたい。

※下記要素が含まれます。
・ライブで演奏した曲についての感想
・自作ぬい及びぬい撮り

今回行ったライブ

・11/16(木) 小原綾斗とフランチャイズオーナー「XXX」@新栄 Shangri-La(愛知)

遠征前の健康状態

11月は比較的穏やかな日々を過ごせている!たぶん!
謎の体調不良について引き続き病院に通っているものの、未だに原因が分からない。日常生活を過ごす上で大きな問題はないし、今まで受けたことのない検査の数々が新鮮で面白がっている部分さえあった。

そんな日々を過ごしていた13日(月)はなかなか寝付けず、やっと寝られたと思ったら深夜に目覚めてしまい再び眠るまで長い時間がかかった。健康な人にもそういう日はあると思うし、寝るのが好きな私もたまにある。
しかしこの日は眠れないことに異様に焦ってしまい、体調不良に関連する症状なのかとか、実は何か重い病気なのではないかとかスマホで調べまくってしまった。
この日は数回目の検査の結果待ちだった(今も結果待ち)。検査を面白がっていても、結果を知ることや、或いは原因が分からないままでいることは怖いよなと自分を客観視すると共に、どうしようもない不安感で深夜にめそめそ泣いた。
理論派の私(?)が「泣くことにはストレス解消作用があるから良いことだ!」と励まし、気付いたら寝ていた。

本当は不安なのに気丈に振る舞うとか、精神と言動が離れすぎると良くないのかなと思う。
とはいえ職場で「私は不安で出社することさえ苦痛です」オーラを出すわけにもいかない。日記はそういう意味で他人に構う必要はないので、「検査結果が不安」と本音を書いておこ。少しは楽観的な性格になりたいものだ(無理そう)。

遠征前の準備

今まで何度も遠征やら遠出やらしているのに持ち物リストを作っていないことに気付き、今更リストを作成した。
というか今までも作ってはいたけれど、準備が終わる度に持ち物リストを捨てていたので、捨てないことにしたという方が正しい。
水曜日の仕事終わりにバタバタと準備をしたが、持ち物リストのおかげですんなりパッキングすることができた……と、この時は思っていた……。この後なんとかなったら次の日記に事の顛末を書くとする。なぜこんなにポンコツなのか!

愛知県美術館

少々不穏なことを書いてしまったが、たぶん大丈夫なので、大丈夫にしなくてはいけないので、大丈夫にさせるので、ライブ前の出来事を振り返ってゆきたい。
新幹線で名古屋駅に到着後、ホテルへスーツケースを預けた。この後の予定まで時間があったので、地図上で目に止まった愛知県美術館へ行くことにした。

生誕120年 安井仲治

旅先でふらっと美術館や博物館に行くのが好きだ。しかもこの日は平日!土日祝より人が少なくてうれしい。
とはいえ美術館や博物館、図書館は人類の財産なので、次の世代、またその次の世代へと遺してゆかなければならない。そのためには設備を維持するお金が必要だ。
人の少ない美術館は好きだけれど大繁盛してほしい……。だから今後も目的の展示がなくても、引き続き美術館や博物館へ行こうと思った(図書館が無料なのはすごすぎるしありがたい)。

『分離派の建築と其周囲』

正直なことを書くと、写真には殆ど興味がなかった。
記録媒体として対象をそのまま写し取る写真の価値は分かる。スマホの画像フォルダは殆ど猫の写真だ。でも写真と芸術性のようなものがうまく結び付かなかった。

安井仲治のことは名前すら知らなかったが、例えば『分離派の建築と其周囲』は、写真に収められている人物も建物もぼやけているのが良かった。記憶をスケッチしたら、こんな感じになりそう。
「私は写真に興味がないから行かない」って決め付けるのでなく、もう少し自分の未知の可能性を信じようと思った。

しまうまさんとの再会

愛知県美術館を出て、名古屋駅へ向かう。旧・Twitterで出会ったしまうまさんと会う約束をしていたのだ!
実はこの日のライブが発表されて、まだチケットを取らないうちに連絡していた(早すぎ)。
今までSNSやお手紙でやり取りしていたが、実際に会うのは2019年以来だったのでうまく話せるかドキドキした。でも話し始めるとすぐに緊張の糸が解けて、あれも話したいこれも話したいとなった。
普段おしゃべりタイプではないくせに、一方的にたくさん喋ってしまった気がする……(脳内反省会)。しまうまさんは話すスピードがゆっくりで安心する。

九条ねぎ きしめん

ぬいぐるみを出して写真を撮ることも快くOKしてくださりうれしかった。というかぬいぐるみのことを話題に出せるのがうれしい……。
中高生くらいになると「ぬいぐるみが好き」とか言いにくくなる。「いい年して」って思っちゃう。
私がTwitterにぬいぐるみの写真ばかり載せていたので元々ご存知でいてくださったとはいえ、話題に出しやすいのはしまうまさんのお人柄だなと思った。

続いてずっと行きたかった書店・ON READINGさんへ向かった。

ON READING

以前ブックカルテというサービスを利用したとき、選書依頼させていただいたのがON READINGさんだった。
棚のどこを見てもほしい本しかない!選書していただいた小川洋子『密やかな結晶』、吉田悠軌『現代怪談考』などを棚に見付けて、我が家にいる本の兄弟と出会ったような気持ちになった。
お会計の際に選書していただいた本の感想や、手紙のお礼を伝えることができた。私がTwitterに本の写真を投稿したことも覚えていてくださり、とてもうれしかった。
しまうまさんがアーノルド・ローベル『かえるの哲学』を購入されていて、「私も買うか迷った本だ!」と、ここでもうれしくなった。地元の本屋さんで探してみよう。

レジのかわいい子を撮らせていただいた

ON READINGさんを出て、しまうまさんが調べてくれた両口屋是清(東山店)へ向かうとなんと定休日……!お菓子屋さんに定休日があるとは考えていなかった。
でも行きたい場所が残っていると思うとうれしい。私には積読癖があり、家に未読の本がないともぞもぞする。知らない世界へ繋がる地図の余白を残しておきたい。読んだからといって95%くらい忘れている本も多々あるけれども……。

洋食とおやつ a.merci..

Googleマップで検索し、栄駅にある「洋食とおやつ a.merci..」へ行った。(私が喋りすぎて)喉が乾いたので、調度良い休憩タイムになった。
そこでしまうまさんがたくさんお菓子や雑貨をプレゼントしてくださり、「わーん!」という気持ちになった(今、帰りの新幹線の中なので、帰宅したら写真を追記したい)。
この日お会いするためにお仕事を休んでいただき、私のライブ予定のために名古屋方面まで出向いていただいたというのに……。

小さいアヒルちゃん

プレゼントの中にしまうまさんの家から引っ越してきた小さいアヒルちゃんもいた!
いただいたもの自体もうれしいけれど、私が好きそうなものを選んでくださるお気持ちが本当にうれしくて……今回の旅で読んでいる小川糸先生の『ツバキ文具店』のことを思い出した。
主人公は代々続く「代書屋」を家業としている。祝儀袋に名前を書いたり、看板の文字を書いたりするのは想像できるが、時には他人の代わりに手紙を書くこともあるという。
今まで先代である祖母の言いつけを守ってきた主人公だったが、高校一年生のときに「こんなの、インチキ」だ、とはじめて抵抗する。そんな主人公に対して先代は、贈り物のお菓子を例に出して語りかける。

「たとえば、誰かに感謝の気持ちを伝えるため、お菓子の折詰を持って行くとする。そういう時、たいていは自分がおいしいと思うお店のを買って、持って行くだろう?中にはお菓子作りが得意で自ら作った手づくりの品を持参する人もいるかもしれない。けど、だからといって、買った物には気持ちが込もっていない、なんてことがあるかい?」

小川糸『ツバキ文具店』56頁

「他人が書いた手紙ってどうなの?」と思った自分を恥じた。手紙を書きたくても書けない人だっているだろう。
私の場合「これをあげても要らなかったらどうしよう」「気持ち悪く思われたら嫌だな」とか、相手のリアクションを妄想し、傷付くのが怖くて行動に起こさないがち(長)だ。
オモコロチャンネルの永田さんによる「人のリアクションを自分で決めるな」が刺さってからは相手の気持ちを想像しつつ、傷付くことを恐れないようにしようとは思っているが行動に移せているかどうか……。

赤福茶屋 松坂屋名古屋店

最後に矢場町駅にある「赤福茶屋 松坂屋名古屋店」へ連れて行っていただいた。お茶と赤福のセットが300円……!安い!近くにほしい!
しかも奢ってくださったし、私がぬいぐるみを二人連れて来ていることに気付き、「二人で撮ったらどうですか?」と言ってくださった。脳内で優しさのぷよぷよが連鎖する。

半日くらいご一緒させていただいた時間はあっという間だった。
ライブのMCで綾斗さんが「岡崎に行った」って言ってたけれど、岡崎には行きたいところがたくさんあるのでまたいつか愛知県へ行くぞ!今回も本当にありがとうございました!

ライブの感想

しまうまさんとお別れし、ホテルで荷物を整理してから会場へ向かった。小さめのライブハウスとはいえ、会場周辺にはたくさんの人がいる。人混み無理すぎ病を発症し緊張でくらくらしたが、会場に入り楽しかった出来事を思い出しているうちに収まった。
透明人間になれたら、人混みを苦手とは思わない気がする。どうだろう。視線恐怖症というか集団恐怖症なのか。
逆に東京ドームくらい大きすぎる会場だと平気なんだけどな(逆とは)。もしかしたら小規模の集団が苦手なのかもしれない。基本的なところは学校が苦手だった子どもの頃から変わらないな!

ライブは、ほぼ予定通りに始まった。1曲名は『BAD FAMILY』だった。他のライブでも『BAD FAMILY』からはじまったことがあったが、この日はこれまでライブで見聞きした全てのことが腑に落ちるような感じがした。演奏がはじまって10秒も経たないうちに「そうだったんだ」って分かったような気持ちになった。
うまく文章にできる気がしないけれど、頭の中を整理したいので書いてみる!

綾斗さんのつくる曲はなつかしい感情を刺激されることが多い。『BAD FAMILY』もその一つだ。
なつかしいという感情は、おばあちゃんの家にいた犬と散歩したことや、プールへ向かう途中で陽炎を見たことなど具体的な記憶に基づくものもあるけれど、なぜだか説明できないなつかしさを刺激されることも多い。私にとって『BAD FAMILY』は後者だ(『おかしな気持ち』は前者)。

「どこかなつかしい」という表現が好きで、「どこか」というはっきりと分からない感じ、上に載せた安井仲治の写真のように輪郭がほわほわした朧気な感じが好き。
『BAD FAMILY』を聴くと、あたり一面に建物も木々も何もなく、ただただ目の前に海が広がっている光景が浮かんでくる。砂浜も海も空も白に近いくらい淡い青色で現実味に欠ける。海岸線は湾曲していて、静かに波が行ったり来たりしている。
本を読むのが好きだから、物語から得られるイメージが頭の中にたくさんあるのだと思う。それらが呼び起こされるのだろうか。

この前KroiとTempalayのライブの日記を書きながら、忘れる前に焦って言葉にするのではなく、私の中に残ったものを大切にしたいという考え方に変わってきた。
この日の愛知公演を観て、忘れてゆくことへの不安感とか焦燥感が減った気がする。
ドラえもんの「アンキパン」があったら良いなとは思うけれど、人は色んなことを忘れないと生きていけない生き物だ。
毎日、様々な風景を五感で受け取っているけれど、もちろん完璧になんて覚えていない。意識にのぼらない風景の断片というか、記憶の残滓みたいなものが頭のどこかに積もってゆく。その堆積物に似た風景に出会ったときに「どこかなつかしい」気がするのではないか。学術的なことは知らない。知りたい!

プランクトンの排泄物や死骸が雪のように降るものをマリンスノーと言うらしい。水中の深いところに生息する生き物にとってマリンスノーは重要な食料源となる。
「どこかなつかしい」の「どこか」のイメージは深海にある。忘れた風景の残り滓が海底に降り積もる。光も届かないくらい真っ暗な場所にも生息している生き物がいる。
イメージの断片ばかりで、なかなか言葉にするのが難しい。言葉にしようとすると、ライブが始まって10秒くらいで得た「わっ!」って感じが遠のいてゆく。日記を書いている今はもう殆ど覚えていない。

綾斗さんのつくる曲になぜだか分からないけれどたまらない気持ちにさせられるのは、それが忘れていった風景にアクセスする音だからで、それをつくれるのは……なんでだろう。
ミヒャエル・エンデ『モモ』の効率を求めて急げば急ぐほど目的地から遠ざかる不思議な世界みたいに、意識して覚えようとすればするほど忘れた風景たちには出会えない。なんかトンチみたい。「なんかトンチみたい」って、どこかのMCで綾斗さんが言ってた気がするけれど、それももううろ覚え。

いや、ここの綾斗さんの歌い方が良かったとか、集さんのベースの低音が響いたとか、成順さんのギターアレンジに痺れたとか、音源では聞けないKayaさんの声が美しかったとか、大樹さんのドラムが力強くてかっこよかったとか全部覚えていたいんだけれども!
記憶していたいけれど、忘れてしまっても良い。自分の中では矛盾していない。

ミステリ小説の真相は早く知りたい。だから一気読みする。でも事件の概要と犯人の名前を知れば良いわけではない。色んなミステリがあるから一概には言えないけれど、一つ一つ手掛かりを得る過程がないと犯人を知ったときのカタルシスは得られない。
自分の気持ちに対しても「そうだったんだ」って感覚を得るには時間がかかる。焦らないこと、待つこと……『モモ』のカシオペイアは「オソイホドハヤイ」って言ってた。
私は分かりたがり屋なので、なんで綾斗さんのつくる音楽が好きなのか気になって仕方ない。もちろん他の人がつくった音楽も好きだけれど、良さが別格すぎる。
でも、分かりたいけど、分かりたくはない(これはさすがに矛盾)。分かったらつまらない。分からないともやもやする。謎があるから面白い。矛盾王。
なんか近付いた感じがしたのだけれど、また遠のいてしまったや。

『BAD FAMILY』が良くって、他の曲の感想を全く書いていなかった。翌日の大阪公演にも行けたので、他の曲の感想は次の日記に書ければと思う。
MCは愛知公演の方が長かった気がする。愛知へは集さんだけ新幹線のグリーン車(自腹らしい)、他の皆さんは車で一緒に来たとのこと。
集さんは、前日の夕方の17時まで仕事をして、深夜2時まで寝て、また仕事をしてからライブに来たとか仰っていた気がする……体力どうなってるの!?
確か大富豪で集さんとKayaさんが負けたという理由で、コラボ服の紹介役を任せられていた。Kayaさんがステージ中央に来て(演奏中は客席から見て左奥)、集さんがGALFYのセットアップ(黒)の紹介をされた。
Tempalayのライブだとグッズ紹介が殆どないので、しっかり説明されるとこんなに欲しくなるんだ……と思った。というか皆さんが着てる時点でほしくなる。
私は受注生産のBAD BOYコラボ服を買ったので、届くのは来月半ば……社長(って呼ばれてるのかわいい)がスタンプした紙袋ほしかった……。大阪公演が終わった帰り道にXのポストを見て「わー!」となった。仕方ない!

綾斗さんが「後ろにバーカウンターもあるし、お酒を飲みながら真剣に観ないでください」って仰っていたが、言いつけを守らず真剣に観た。
そう、真剣に観ることができた!「『ライブを観ている私』を見ている」感じが減った。頭の中がうるさいのに変わりはないが、前よりは減った気がする。
ライブ中も、ライブ後のXやInstagramの投稿でも、皆さんが心から「楽しい」って思っているのがすごく伝わってきた。
Tempalayのライブのとき綾斗さんはあまりメンバーのことを見ない気がするけれど、小原綾斗とフランチャイズオーナーのときは皆さんとよく目を合わせている気がする。
反対にTempalayのときは、メンバーが綾斗さんをよく見ているような……?(特にAAAMYYYちゃんと祥太さん)。
よく目を合わせているからどうというのはないけれど、なんか良いなと思った。

この日みたいな充実感、久し振りな感じがした。10月上旬は気落ちしすぎて、もうライブに行くのをやめようくらいに思っていたし、実際に飛行機をキャンセルしようとしたし、好きだからファンなのに、ファンでいるためにライブに行ってるのかとか自分がよく分からなくなっていたが、ホテルに戻ってから普通にめちゃくちゃ大好きだ!!!と思った。その後に投稿された写真がかっこよすぎて「ふざけるな」と理不尽すぎる怒りを抱いた(大阪の写真も良かった)。

半月くらい忘れていた何かを思い出したような1日だった。またたくさんのことを見て、聞いて、感じて、そして忘れてしまう。忘れた何かが海底に降り積もる。深海生物がすくすく育つ。私には存在すら認識できない海底に何かが届いたとき「わっ!」っとなる。「なんだろう」って頭で考えるほどにその感触は消えてしまうが、確かにそこにある。そういう1日だった。文章にするの、やっぱり無理だったな。また「わっ」ってなったらチャレンジしよう。

深海生物のスネイルフィッシュと毛

追記(2023/11/18 23:20)

帰宅したので、しまうまさんにいただいたプレゼントを載せる。

プレゼント

ディズニーのお土産……!お出掛けした際に私へプレゼントするものをちょっとずつ集めてきてくださったそうで、本当に本当にそのお気持ちがうれしい。

プレゼントが入った箱

プレゼントが入った箱もくださった。ジップロックが整くんだったり、めぐりズムがポケモンだったり、「!」ってなるポイントがたくさんあった。
この箱、前回お菓子交換した際に私が送らせていただいた箱で。

前回のお菓子交換で送った箱

折り紙で作った箱や封筒の中にお菓子などを入れて詰めてみた。先に「こういうのを作って送りたい!」という発想があったので、ちょうど良い大きさのお菓子がないか探した思い出がある。準備するのも楽しかった。
それに対してまたお菓子を詰めて贈ってくださる粋なところが好きです。

山笑う

箱の中で私が一番「わー!」となったのがこのお茶。「山笑う」ってTempalayの『春山淡冶にして笑うが如く』ではないか……!
しまうまさんにこの喜びと驚きを説明しようとするも、動揺しすぎて「今日ライブを観に行く人がつくった曲に、この山笑うがあって、山笑うというのはなんか昔のすごい俳句の人が……」みたいな意味不明の説明をした気がする(何も伝わらない)。
家に帰って綾斗さんのインタビューを調べたので引用しておく。

「ゴーストアルバム」に入っている「春山淡冶にして笑うが如く」と「冬山惨淡として睡るが如し」は、山水画家の郭煕の俳句がタイトルになってるんですけど、その人が描いてるのも見たままの山ではないんですよ。

https://natalie.mu/music/pp/tempalay/page/3

「なんか昔のすごい俳句の人」じゃなくて山水画家だった。
「山笑う」は俳句の季語の一つで、この言葉が郭煕の「春山淡冶にして笑うが如く」に拠るのではないか……ということ。
ともかくすごくうれしくて歌詞カードと一緒に撮っちゃった。
振り返っても本当に幸せな1日だった!