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ドイツ生まれ日本育ちの僕がイタリア人になった日

タイトルだけ見ると意味不明かと思いますが、正確にはイタリア人の仮装をしてステージに出た、というお話。

先日まで、ローマ歌劇場の「マノン・レスコー」日本公演にて、弦楽バンダとして出演してきました。

「バンダ」といのは、オーケストラ本体の別動隊として舞台裏や客席で演奏する役割を担います。ヴェルディやワーグナーの作品に多く、ほかに有名なところではレスピーギの「ローマの松」「ローマの祭り」にも使われます。今回は舞台上で役者を兼ねて演奏も行うバンダとしての出演でした。

ちなみに、海外からオペラ座が来る場合はこうしてバンダを現地調達する事が多く、過去に何度も友人たちがバンダとして出演しています。今回のローマ歌劇場は「椿姫」と「マノン・レスコー」の演目でしたが、「椿姫」には日本人の管楽器のバンダが20人近く出演していたそうです。

そういえば数年前にミラノ・スカラ座が日本公演を行った際にも日本人の管楽器バンダ隊が招集されたのですが、指揮者ハーディングの提案でサッカー大会が開催され、僕は日本人チームに「サッカーの助っ人」として呼ばれましたが、演奏には参加していません 笑

さて、今回の公演ではイタリア人特有の自由な感覚に翻弄されました。衣装合わせ後バンダのみでリハ―サルのはずが「指揮者がご飯に行っちゃったからいきなり2幕の練習出て下さい」とか、ゲネプロ直前に「やはり指揮者が聴いておきたいそうなのでちょっと来て下さい」とか、「演奏箇所追加してください」「やはり追加分止めて下さい」など注文が猫の目のように変わる。ある程度予想してはいましたが、さすがに笑ってしまいました。

ちなみに衣装を着るとこんな感じ。

似合っているかどうかはさておき、この衣装が暑い!さらにかつらの毛が弦に絡まるなど小さな問題点はありましたが、なかなか出来ない経験なので楽しんで写真撮影に興じておりました。

さて、演奏面については、演出のキアラ・ムーティ(あの指揮者リッカルド・ムーティのお嬢さん)からは出入りのタイミングと、ヴァイオリン奏者に少しの演技が求められましたが、楽譜自体はとても簡単なもの。ただ唯一の問題は配置が舞台上手の端のほうで、オーケストラピットの指揮者がほとんど見えない点でした。これはヴァイオリン奏者にお願いをしてポイントだけ右に少しずれて貰う事で何とかクリアしました。

嬉しかったのは本番初日の第1幕が終わったあとコントラバスの首席奏者が楽屋に「ブラボー!後でピットに遊びにおいでよ、俺の楽器を弾いてみないか」と訪ねて来てくれたこと。イタリア人だからイタリアンの楽器かと思いきや「イタリアンは明るすぎてあまり好きじゃないんだ、俺はチェコ製を使っている」という事でした。良く調整されている、とても弾きやすい楽器でした。

我々は全4幕のうち第2幕の中間で出番が訪れるので、基本的にはオペラが開演する頃会場入りし、第1幕が終わる前に着替え始め、衣装さんの最終チェックを受け、第2幕が始まってから舞台袖に移動し、演奏が終わると解散という流れでしたが、何となく早めに集まって雑談をしながらモニターで演奏を聴く感じになりました。

というのも、オーケストラの演奏が素晴らしかったのです。モニターで聴く彼らの演奏ももちろん良かったのですが、袖で聴いていると弦楽器の響きの統一感や音色の美しさ、そして何よりも音符が言葉になっている事が衝撃的でした。これまでベルリンフィルなどを聴いたのとは違う、これまた貴重な体験だったと思います。

一方で助演キャストにも日本人が多く起用されており、バレエダンサーからオペラ歌手まで幅広い方々と楽屋で交流する事も出来ました。

楽屋で突然のセッションも始まりました!

「あれ、どこかでご一緒しましたよね?」という方もいらっしゃって、楽屋は和気藹々といしていました。

そして今回は指揮者レンツェッティさんとの出会いも貴重でした。恥ずかしながら今回ご一緒するまでお名前も存じ上げなかったのですが、いざ一緒に演奏してみたら出てくる音楽が素晴らしい。

弦楽バンダと彼だけのリハーサルの時間はとても幸せなものでした。ちなみに先ほど書いた「ご飯に行ってしまった」のは下振りの指揮者で、彼ではありません。

演出のキアラ・ムーティは最終日に楽屋に来て「あなたたちを役者としてではなく、演奏家として尊敬します」と仰ってくれましたし、コントラバス奏者は「なぜ君たちは舞台で演奏しているのにカーテンコールに出ないんだ!出る権利があるよ!」と言ってくれました。どちらもありがたいお言葉ですね。

千秋楽はイタリア人スタッフと日本人スタッフが笑顔で抱き合い、記念写真を撮影する姿が随所で見られ、一丸となって舞台を作り上げた達成感に包まれていました。

ただ唯一悔やまれるのは、最後のカーテンコールはオーケストラも舞台に上がったと知ったのが、既に帰りの電車の中だったということ。カーテンコール、出たかったなあ・・・・。
 

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