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吹奏楽コンクール課題曲におけるコントラバスの特殊奏法について考える

 2019年の吹奏楽コンクール課題曲Ⅴ「ビスマス・サイケデリア I」には、コントラバスパートにバルトーク・ピチカートやコル・レーニョといった指示があります。

 バルトーク・ピチカートは弦を強く引っ張って指板に叩きつける奏法、コル・レーニョは弓の棹の部分で弦を叩く奏法。いずれも通常はやらない特殊奏法として位置づけられており、楽器や弓を傷めるという意味でコントラバス奏者からはあまり好かれない奏法です。

 このコル・レーニョについて、僕が指導校にレッスンに行ったら、合奏を指導されたバンドディレクターの方から「弓先のチップで叩け」と指示をされたと聞いて驚きました。そもそも《レーニョ》legnoはイタリア語で《木材》を意味しており、弓先のチップは象牙や牛骨ですから、これは作曲家の指示通りとはいえません。
 ただ、吹奏楽の世界というのはこれまでに考えられないような流行がまかり通る世界なので、一応その場で一旦持ち帰り、プロのコントラバス奏者数人に連絡して「どう思う?」と聞いてみたところ「ありえないでしょ」「何それ」と返信が来たので、自信を持って指導校でも訂正させて頂きました。

 この事をTwitterでツイートしたところ、全国で指導しているコントラバス奏者の仲間たちから何件か連絡が入りました。酷かったのは「コルレーニョで音量を出せと要求された結果弓が折れた」という話が数件ありました。

 「どうせ弓は消耗品だろ」と言い放った方もいらっしゃるようで、これについては心底怒りを感じますね。

 想像するに、

①学生が上手くコル・レーニョを出来ていない為に音量が出ず、むやみに叩きつけた結果折れてしまった
②指導者がオーケストラのようにコントラバス8人分の過剰な音量を求めている
③或いはその両方

が考えられます。

 コル・レーニョに関しては、前述の学校において僕が先生の前で実演したところ「十分聞こえますね」と仰っていたので、正しく叩けば楽譜に書かれている効果は得られると考えて良さそうです。
 ちなみにこの作品は第11回全日本吹奏楽連盟作曲コンクール第1位作品。通常吹奏楽の編成でコントラバスが1~2人という事は作曲家も把握しているでしょうから、指導者がコントラバス8人分の音量を求めているとしたら論外ですね。→後述しますが、作曲家の方に確認したところ2~4人をイメージしているそうです。

 一応、コル・レーニョの衝撃から弓を守る「コル・レーニョ・ガード」という商品も発売されているので、保険としてこちらを購入するのも良いと思います。ただ、丸弓用に設計されているので、角弓だと効果は定かではありません。本番は外して演奏するのが理想でしょう。

 バルトーク・ピチカートにしても弦は伸びるし指板は傷つくし、あまり歓迎される奏法ではありません。

 さて、この問題について演奏する側が想像で物を言っても仕方ないと思ったので、作曲者の方に直接連絡を取って質問させて頂き、結果とても親切で丁寧なご回答を頂きました。結論から言うと、「演奏を聴いた訳ではないので推測に過ぎないが」という前提で、

①コルレーニョは棹の部分で叩いた音をイメージしており弓先のチップではない。ただ、以前ある音大で「コルレーニョの代替案としてチップを使う」と聞いた事があるので、チップは耐久性があるものと認識していた
②音量は全体の中で聴こえる音量であって欲しいが、弓が折れるほどのものは想定していないので、周りの音が大きすぎるのではないか
③吹奏楽における一般的な人数感としては2~4人を想定している

 とご回答頂きました。

 ほぼ僕の考えていた通りだったと思います。チップが耐久性に優れているというのは、チップが欠けた事の無い人の意見なのかもしれませんね。僕は簡単にチップが欠けた事があって1万円くらいの修繕費がかかったので、耐久性に優れているとは思っていません。

 さて、作曲家ご本人が「コントラバス奏者の皆さんには本当に申し訳ないが、求めている音がこの奏法でしか出せない」と仰っており、この作品はルールに則って書かれている以上、今回は「長丁場の練習でいかに弓や楽器に負担をかけずやっていくか」に焦点を絞るべきだと思いますが、個人的には、今後《課題曲のように学校の部活で長期演奏するような曲に関しては》バルトーク・ピチカートやコル・レーニョは控える、いや禁止にして欲しいのが本音です。
 正しい知識と奏法を身につけており、数回の練習で本番に臨むプロと違って、同じ曲ばかり何ヵ月も練習する吹奏楽部においては、こうした奏法で楽器を極端に傷める可能性があり、さらに修理調整する金銭的余裕があるとは思いません。前述したように「所詮消耗品」と言うような指導者であれば尚更です。本来楽器を大切にする事を指導しなければならない立場の人間がこんな事を言うのであれば、ルールによって楽器を守る必要があると考えます。吹奏楽連盟には、ぜひ検討して欲しいと思います。

 この記事によって吹奏楽指導者たちから煙たがられるのは目に見えていますが、こんな事を繰り返した結果プロのコントラバス奏者が次々に吹奏楽指導から離れていく現状があります。僕自身そろそろ疲れてきていますが、少しでも改善してくれたらと心から願うばかりです。
  

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