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響け!ユーフォニアム 久石奏3年生編を待ちきれなくて盛大に妄想した 全10万字:Extra章 (8/9)

目次、お断り(リンク)


Extra章


美玲ラブストーリー(?)

「玉田、今帰り?」
「あ、美玲先輩、おつかれさまです。はい、そろそろ帰ろうかと。練習時間・・・短すぎますか?」
「そんなことないよ。効率的でよく考えた練習をしているから大丈夫。」
「だとよいのですが。特に二年生の皆さんは熱心に朝早くから遅くまで練習されているようなので。」
「三人とも高校から始めたからね。玉田に刺激を受けて頑張っているみたい。私もだらだらと練習するのは好きじゃないけど、どこかでがむしゃらにやらなきゃいけないときもあると思う。」
「はい、そう思います。」
(・・・こそこそ・・・)
「あ、あの。」
「はい。」
「そ、その。」
「?、はい。」
「・・・つ、付き合ってくれ・・・ない?、私と・・・」
「?付き合う・・・と、いいますと?」
「つ、次の部活の休みの日。」
「ああ、はい、空いていますよ。」
「どうしても玉田が、いい。」
「自分で良ければもちろん。楽譜ですか?CDですか?楽器ですか?」
「・・・玉田らしいね。ちょっと歩きながらでいいかな。」
「じゃ、行きましょう。」
(・・・え!?これはスクープ・・・)

次の日曜日、美玲と玉田は学校から電車で四十分近くかかるデパートにいた。近くのものよりかなり大きく人も多い。そして客層もティーンはあまりいないようだ。二人ともガーリーとも男子高校生っぽさとも無縁の大人っぽい着こなしをしており、傍からは高校生には見えない。
「トールデザイン常設。確かにわざわざこの店へ来る価値はありそうですね。メンズもほしいですね。」
「玉田も身長高いからね。で、親戚の結婚式に何を来ていけばよいのかわからなくて。制服ってのも変だし。新郎の方がそれほど身長が高くなくて。私よりも低いくらい。だから目立たないようにしたくて。」
「確かに。そういうことだと、気を遣っちゃいますよね。」
「そう、そして、よくわからなくて。」
「いらっしゃいませ。あら、すらりと素敵なお客様、お連れ様もどうぞごゆっくり。」
「お、お連れ様って?」
「?どうかしました?。単に一緒にいる人って意味ですよ?」
「そ、そう。」
・・・・・・
美玲はしばらく売り場をうろうろして戻ってきた。
「ど、どうしようかな。」
「やっとギブアップしましたね。プロに見てもらいましょうよ。すみません、よろしいですか。」
「はい、伺います。」
「あの、その。結婚式に行かないといけなくて、その・・・」
「ご親戚の結婚式と披露宴に参列するための服を探しに来ました。新郎は身長が彼女よりも低いので、目立ちにくいものを見立ててほしいです。時期は六月下旬です。会場はバンケット、時間は昼です。」
「・・・です。」
「かしこまりました。お任せください。」
・・・・・・
「あの、あと何着あるんですか?」
「まだ三着目ですよ。はい、じゃ向こうへ行きましょう、ここのフィッティングルームではちょっと手狭ですから。」
「玉田、大丈夫? 時間かけすぎてるよね?これで最後にするから。」
「そんなことおっしゃらず。ここまで来たなら納得行くものを選びましょうよ。」
「そうですよーお客様。こんなに美人さんなのに。もっとぱぁっと華やかなものを選びたいのですが。はい写真撮りますね。いやー、メイクもしたくなっちゃいます、なんならヘアスタイリストも呼びたいくらいです!」
店員は妙にはしゃいでいる。
「見比べてみましょう。」
「失礼しました、はしゃいでしまって。この三着だと、二着目が一番華やかですね。」
「そうですね。でも、今回の目的からすると、今のが良いと思います。こんな表現ですみませんが、一番クセがなくて。」
「私よくわからない・・・」
「じゃあ・・・ちょっとあちらの大きい鏡に行ってみましょう。」
(移動)
「いかがですか?」
「無難であれば、それで。」
「じゃあ・・・お連れ様、お隣に立ってもらえますか?」
「え?」
「いいですよ。」
「ピシッとした姿勢でお願いできますか。おお、素敵。スマイルでお願いします。」
「なんか私じゃないみたい。」
「でも、さっきより目線が上がって、かえって自然に見えますよ。」
「そうかな?」
カシャ。シャッター音が聞こえた。
「うーん、これお店のインスタに上げたらクールなカップル降臨!って拡散されちゃいそう!。あ、もちろんそうでないことは存じています。」
「!絶対あげないでください!」
「も・・・もちろんです(近い・・・)。」
「先輩、次、みますか?」
「はい、まだございますよ。確かに先程のものが良いかと思いますが。」
「じ、じゃあそれにします。」
「はい、ありがとうございます。」

(・・・こそこそ・・・)
(見ましたか?)
(どういうこと?)
(みっちゃん先輩めっちゃ美人だった・・・)
(私、見ちゃいました!)
(先輩なんでいるんですか・・・)


「こんにちはー」
玉田が3-3の扉を開けると美玲が取り囲まれていた。
「あ、玉田、あの。」
「みっちゃん先輩がなんとかデパートのほうへ行ったらしいという噂なのだ!」
「またずいぶん不確定な表現が多いですね、すずめ先輩。」
「で、だ、玉田青年。おぬしと一緒にいたとタレコミが入っている!」
玉田は小さくニヤリとして言った。
「ほう。」
玉田は冷静さを崩さない。それに対して美玲はどこまで話してしまったのかグダグダだ。
「で、美玲先輩はなぜそのような状態に?」
「その・・・そうだと言ってしまって。」
「へえ、なんかいつもの先輩とずいぶん雰囲気が違うと思ったら。」
玉田の様子が変わらないので、だんだん不敵な笑みを浮かべているように見えてくる。
「で、どうなの?私のみっちゃんと一緒だったの?」
「・・・しばらくこのまま黙っていよっかな。」
「ちょっと、玉田まで・・・」
「・・・その発想はなかった・・・」
「というわけで、みっちゃん先輩、申し訳ありませんが彼に吐いてもらいます。悪く思わないでくださいね。」
美玲は困っているようだ。
「玉田くん、ずいぶん余裕ですこと。」
「まあ、後ろめたいことは何一つしてませんから。」
美玲がはっとする。
「説明して構いませんか?美玲先輩。」
「・・・お願い。」
玉田はため息を一つついた。
「・・・美玲先輩は身長が高いので、トールデザインの品揃えが豊富なお店に行きたかった。ただ、今回選びたい服が普段使いではなかったので、普段のお友達のかたとは別の誰か身長の高い人間を探してた。それで、私に声がかかったのです。」
「・・・へ?」「・・・はい?」
「綺麗やかわいいの基準はよくわかりませんが、背が高いって悩み、つまり目立ってしまうとかは男性女性共通だと思って、引き受けました。」
「ほほー」「まあ、そうゆうことにしておいてあげよう。」
「当事者にとっては悩みなんですよ。みなさん、あまり不用意にからかったりしないでほしいです。自分も・・・背が高いと言われるのは好きじゃないので。」
「そうなんだ・・・なんか、ごめんね、玉田くん。」
「いえ、別に。」
「さては玉田くん、昔、こじらせましたね?。」
「ええ、相当。」
玉田は照れながら頬をかく。
「そういう話、もう少し私にも話してほしいですね。おふたりとも。」
「奏先輩に話して大丈夫ですかねぇ?」
「・・・やめとく。」
「失礼しちゃいますね。それよりも。その時の写真を見せてもらいましょうか。」
「え?」「え?」
「あるんでしょう?、服を選びに行ったなら!さあ見せなさい!送りなさい!」
「え、えっと。」
「駄目!絶対駄目!」
「見たいー、みっちゃんの写真見たいー。」
「そ、そうです、奏先輩。もう消しちゃいましたから・・・」
「ふふん、それは嘘ですね。消してあれば玉田くんなら動揺しないはず!さあ見せなさい!」
「やっぱり奏先輩怖いですね・・・」
「でしょ・・・・」

「うるさいなあ・・・なんで緑先輩以外の女子ってああなんだろ?」


対等なチョコ派とストロベリー派

「よ」
「よ?」
「夜まで部活?」
「そうでもないですけど」
「9時とか?」
「労働基準法違反」
「もとからアウトじゃないの?」
「今年はそうでもないです」
「じゃ、あとで。おごる」
・・・まったく・・・

「夏紀先輩、なんか焼けましたね。」
「あちゃー、やっぱそうか。この前のプールが効いたかなあ。奏はなんともない、美白美人のまんま。」
「一応、頑張って気をつけてるんですから。」
「確かに、健康的な小麦色って、イメージわかない。」
「それはそうと、今日は突然どうされたんですか?」
「あのあと奏はどんな先輩っぷりだったのかのかなって。」
「それは、本心ではありませんね?」
「・・・ごめん、嘘言った、あのあと大丈夫だったかなって。私と話したかったんじゃない?。」
「はい。」 
「あれ?、ずいぶん素直だね。」
「いつもは素直じゃないとでも?」
「おん。そうじゃん。」
「素直じゃなきゃ、今日いきなりOKしませんよ。」
「そっか。じゃ、あの日は頑張って佳穂ちゃんとのお話を優先したんだ。」
「・・・そうですね。なんとかしなきゃ、って。」
「先輩だから頼られなきゃ、こたえなきゃ、って。」
「・・・ええ。それが役目と。」
「おつかれさまだったね。じゃ、逆に、今は?。一応私、先輩だけど。元か。」
「・・・ええ、一応・・・」
「・・・やっぱ、頼りない?」
「そうではないですけど・・・」
「・・・今自分が3年生だから?」
「・・・図星かも。」
「そっか。律儀というか、頑固というか。まあそれが奏の良いところなんだけどさ。」
夏紀は深く息を吐いた。
「相談したいけど、頼りたいけど、弱音を吐きたいけど、ってときにさ。自分が先輩であってもいいと思うんだよね。相手が先輩でなく同級生でも、後輩でも。」
「・・・」
「ま、注文しに行こうか。おごる。」
「ちゃんと小銭あります?」
「大丈夫、スマホで払える。って、まあ今どき普通か。」

「おいしい?」
「はい、とても。夏紀先輩はチョコ味。いつもですよね。」
「そ。シェークはチョコ派。奏はたいていストロベリー。」
「たまに梨々花とお菓子作りするからかも。」
「かわいいは大事か。」
「それは譲れませんね。」

「さっきの話の続きなんですけど。」
「うんうん。」
「あいにくと、夏紀先輩のお考えがよく理解できなくて・・・すみません、いろいろと切羽詰まってて。」
「ごめん、めんどくさい言い方して。」
「いえ・・・」
「その・・・奏がもっといろんな人に支えてもらえるにはどうしたらいいのかな、って。3年生だから、って自分で頑張りすぎてないかな、って。」
「・・・否定はしませんね。」
「で、なんとかするために、私が奏と対等になろうと思ったわけ。タメってやつ。」
「いえいえ、先輩は先輩、後輩は後輩ですよ。」
「でもさ、それってたった1年2年のことじゃん?。」
「まあ、確かにそうですけど、高校生にとっては大きな違いです。」
「あれれ?、たいしたことないって話を、佳穂ちゃんにしたんじゃないの?」
「え、エスパーですか?!」
「あはは、やっぱそうだったのか。なら話は早い。先輩だから正しい、強い、すごい、上。後輩はその逆。そういうの、自分にはよくわからないんだ。中学は部活やってなかったし、高校から楽器始めたから奏とか黄前ちゃんのほうがずっとうまかったし。私から見たらふたりとも先輩みたいな。」
「それは・・・ちょっと卑屈じゃないですか?」
「そういうつもりは無いけどね。楽器のこと、音楽のこと、普通に教えて欲しいって、いっぱい頼ってた。私も、私なりにだけど、うまくなりたかったし。うざ絡んでたわけじゃなくて。」
「あの頃はすみません、わかっていなくて。ひどいことも言ってしまって。」
「いいのいいの。ちゃんと言わなかった自分が悪い。」

夏紀はコホンを咳払いをし、ずいと奏に顔を近づけた。
「奏があとほんの少し、周りに気持ちを見せてみたらどうかな、って。見せるだけでいいの、無理に心を開かなくていいからさ。私とタメになってみようってのはその練習。」
「・・・あなたってひとは。」
「ほい、やるよ。」
「だ、だって、夏紀、なんて呼べないです。」
「早速呼んでるじゃん。いけるいける。」
「んん~~!」
「しかたがないな、じゃあ儀式をしよう。隣行くぞ。」
「はい?!」
「シェークを持ちな。違う、私の側の手で。」
「は、はい。」
「腕を組む。」
「はあ・・・」
「じゃ、飲も。」
残りが少なくなったところで奏が飲むのをやめた。
「あの、なんですか?これ。」
「ああ、どっかの外国でミスターとかミスとかつけずに下の名前で呼び合おうぜ!ってやつらしいよ。」
「聞いたことないです。」
「まあいいじゃん。それより、全部飲んだら、ですますも敬語も無し。いける?」
「・・・やります。」
「おっ。」
「そのかわり、シェーク交換して下さい。チョコ、飲んでみたい。」
「飲みかけだよ?」
「いいんです!」
「じゃ、いちご味もらうわー。」
「ストロベリーです!」
「一緒じゃん。うわー、この甘ったるいの久しぶり。」
「じゃ、い、いきます!」

シェークをすする音がし、止んだ。

「・・・夏紀。」
「どうした、奏。」
「・・・今やってる自由曲で・・・」
「うん。」
「ユーフォのソリがあって」
「うん。」
「行き詰まってる。佳穂と二人でいろいろ頑張ってるんだけど・・・」
・・・
「そっか。話してくれてありがとう。」
「どう?。何かいいアイデア、ない?」
「同級生の私としては、こんなに頑張ってる奏を、もっと部のみんなに知ってほしいな。」
「大丈夫かな。」
「絶対、大丈夫。」
「私、去年、オーディション落ちてるよ?」
「悔しかったよな。でも今年はソリだよな、問題ない。」
「笑われたり、しないかな。」
「そんなやつ、北宇治にいない。いたらぶっ飛ばす!」
「・・・」
「絶対、みんな、わかってくれる。応援してくれる。」
「・・・でも・・・」
「でも?」
「・・・去年、あなたにいてほしかった・・・もっと頼ればよかった・・・」
夏紀がそっと奏の肩を抱いた。

「・・・夏紀。」
「どうした。」
奏は目元をぬぐい、夏紀に正対した。
「試してみたいことがあるの。」
「聞いてもいい?」
「聞いてほしい。」
・・・
「そうきたか。さすが奏。ナイスアイデア。絶対うまくいく。」

文化祭

今日は文化祭。すずめ、弥生、佳穂、沙里の二年生四人は一緒にまわっていた。
「1-6へ行くぞー」
「なんで?」
「玉田青年のクラス、あいつ進学クラスじゃん?何かわけわからんことやってそうじゃん。」
「わけがわからないって・・・玉田くんなんだか気の毒。」
といいつつも沙里も楽しそうだ。
「あれ、佳穂は?もう行っちゃったのかな?」
「それはまあ、早く行きたいんじゃない?」
すずめがにやにやしながら話しているうちに1-6に到着した。
「なになに・・クリエイターの館?。AI、モーションキャプチャー、音声認識、最新テクノロジーの百花繚乱」
「弥生、日本語喋って。」
「書いてあるの読んだだけだよ。」
「まあ、入ってみようよ、面白そ・・・」
と、一足先に入っていった佳穂の笑い声が聞こえてきた。
「初っ端のここは?」
「あ、だじゃれ生成マシーンです。何か言葉を喋ったら音声認識、それから辞書解析をして、すぐにダジャレの文章を作って音声合成して再生するんです。」
「だからか・・・」
「じゃ、お布団。」
サリーがマイクに向かって話しかける。
「オフトン・・・フトン・・・フトンガフットンダ」
「ほんとだ。ふふ、面白い。」

「ボンジュール、セニョリータ」
「玉田青年、それ何語?なんかちゃんぽんになってない?」
「よくお気づきですね、みなさんようこそ。」
「何?そのDJみたいな服にインカムは。声もボカロみたいだし。」
「ふふん、イエイ!。ここは一瞬にしてあなたのために作曲するブースです。」
「はあ。」
「えーすごい!」
「いつのまに準備したの?」
「もともとDTMを少しやってるんです。あ、銀行のATMではなくて、パソコンで音楽をつくることです。」
「玉田くんはすごいんだよ!」
佳穂は自分のことのように得意げだ。
「それで?どうやるの?」
「えっと、鼻歌で歌ってもらって、その旋律をAIが解析して、一曲できるんです。こんな感じです。」
「---♪」
玉田はインカムをのマイクへ向かって、かすれた声で口ずさむ。
「これが、こう認識されます。」
ーーーーーー♪ーーーーー
無機質な電子音の旋律がスピーカーから流れる。ところどころ不自然だ。
「おおー」「へえー」「でもなんかちょっと・・・」「・・・違和感というか・・・」
「そうなんです、で、これを私がちょっと味付けして・・・パラメータ調整して、と・・・さあどうだ。」
ーーーーーー♪ーーーーー
「ええー全然違う」「さまになってるって感じ」「さすが!」「素敵。」
「やってみていいかな?」
「もちろんです。」
「---♪」
佳穂が短いフレーズをハミングする。
「これをまずそのまま再生すると・・・」
ーーーーーー♪ーーーーー
「で、少し加工します。」
======♪=====
「・・・これ、ハッピーバースデーっぽくね?」
「あれ?おかしいな・・・しまった、これは、サプライズを頼まれた時のために仕込んだものだった・・・佳穂先輩日付違いますよね?、すみません・・・」
「うん六月、でも全然いいよ、なんか嬉しくなっちゃった。」
「ほんとすみません・・・」
「玉田青年!今すぐこれをもっとゴージャスにドラマチックにアレンジしろ!。大事な先輩を祝い直せー!。」
「すずめってば・・・」
「あ、じゃ、少しお時間を頂ければ。順番もいなさそうですし。」
「え、ほんとうにできるの?。すごい・・・」
沙里は口元で手を合わせて 佳穂と玉田を代わる代わる見ている。玉田は本気を出してるのか、大きなヘッドホンをはめパソコンの画面をにらめっこしてものすごい勢いでマウスとキーボードを操作している。画面の中では正体不明の図形が踊っては止まり、また踊っていた。
「へいおまちぃ。」
「・・・今日の玉田青年、キャラ違うくない?」
「まあ元気そうでよかったよ。」
「ほんと、ね。」
「では、おほん、佳穂先輩、お待たせしました。」
======♪=====
「素敵!・・・」
沙里は手を合わせたまま頬を紅潮させて口角が優しく上がった。
「ね、佳穂。」
佳穂は満面の笑みのまま、言葉を出さずに音源を聴いていた。
「すっげ・・・ほんとに作っちゃった。」
「すずめがけしかけたから、玉田青年本気出しちゃったよ。」
「ふふーん、それ以外にも理由がありそうだけど?」
「じゃ、佳穂先輩、送っておきますね。」
「ありがとう。」
「あ、次のお客さん来たみたい。」
「メルシー、謝謝、ダンケシェーン」
「またへんなちゃんぽんで。」
四人が出口へ向い始めた。と、佳穂がたたっと戻ってきてそっと玉田に近づいた。
「玉田さん、ありがとうございました、嬉しかったです。のど、無理しないでね。」と耳元でささやいて、教室を後にした。
玉田は耳元まで赤かった。

後継者求む

「求くん、楽器二台出してどうしたのです?。緑先輩を懐かしんでるとか?」
「・・・久石か、相変わらずだな。・・・まあ否定できない。本題は手入れと掃除。」
「独特の匂いですね、松脂って。」
「管楽器のグリスやオイルも結構臭ってるんだぞ?」
「じゃあ、お互い様ということですね。そうだ、玉田くんいちどコントラバスを構えてみてくれません?」
「・・・ケンカ売ってるのか?」
「求先輩、よろしいでしょうか。」
「・・・まあ、いいぞ。」
玉田はなんの躊躇もなくコントラバスに手を伸ばすと素早く立てて構えた。左手は弦の端に正確に位置している。
「おまえ・・・経験者だったのか?」
「いえいえ、音楽の授業で体験で触らせてもらっただけです。」
「それにしては構えかたが様になりすぎてるな・・・まさか音階とか弾けるのか?」
玉田は笑みを浮かべると、ピチカートでやや調子っぱずれながらゆっくりと音階を演奏した。大きな楽器ほどの身長の玉田の演奏姿勢にはどうしても余裕があるように見えてしまう。
「ベースのピチカートはとても好きなんです。」
「・・・わかってるじゃないか。なあ、この楽譜、やってみてくれないか?。ピチカートだけで、音の種類も限られている。」
「・・・振ってある数字は?、指番号ですか?」
「そうだけど、気にしなくていい。」
「参りましたね・・・」
「玉田くん、本気にならないでください。スカウトされたら困ります。」
「言われなくてもしたいがな。」
「楽譜と楽器には、ウソつけないですから。」
玉田は笑みを浮かべている。よほど楽器と戯れているのが楽しいらしい。
「上等。じゃ、いくぞ。」
=====♪=====
・・・なんだか、かっこいい・・・。
「・・・やっぱりアンサンブルは良いな。緑先輩、俺・・・後輩が欲しかった。」
「諦めないでください、求先輩。来るかもしれないじゃないですか、新メンバー。たとえ学年の途中でも。」
「・・・ああ。」

前夜祭

四章 ~全国大会(後)(7/9)  全国大会前日 の続きです

パタパタパタ。早足で歩いてくる二人のスリッパの音が聞こえてくる。
「やっと来たな、久石と針谷。もうみんな揃ってるぞ。」
求の意外なほど陽気な声が自動販売機とベンチがある休憩エリアに響く。そこには低音パートの残り全員が待っていた。
「すみませんでした!」
佳穂が開口一番に大きく頭を下げながら謝る。
「私も、迷惑をかけてすみません。」
奏が続く。少しばかり息を切らして肩が小さく上下している。
「急いで夕ご飯を食べてきました。あの、これから何か?」
「前夜祭やろう!!」
いつものカーディガンではなくジャージの上着を着たさつきは、こちらはいつものように手首を隠すまで袖を伸ばしたまま嬉しそうに腕をブンブン振っている。
「え?」「え?」
「奏ちゃん、佳穂ちゃん、さっきLINEしたよ?」
「見ましたか?、奏先輩。」
「いえ、求くんからの”来い”ってのだけ。」
「私もです。」
と、美玲のため息が聞こえた。
「さつき、前夜祭の、チューバ4人にしか来てない・・・」
「え!、ほんとに?、二人ともごめん!」
チューバの二年生のすずめと弥生はげらげらと笑っている。

美玲は軽く周りを見回す。
「求、玉田は?」
他のメンバーもちらりと求に視線を送る。
「あいつならもう寝た。」
「早っ!」
「まだこんな時間なのに?」
「ちょっと横になる、って聞こえたと思ったら、もう熟睡していた。疲れてたんだろ。電気も消してきた。」
「そうだったんですね。求先輩、ありがとうございました。」
「同じ男子部屋だから、ってだけだ。」
求は少し気恥ずかしそうに髪をかきながら自動販売機のすぐ前へ歩いていき、おもむろに千円札を自動販売機に入れた。
「じゃ、順番に飲み物選べ。」
機械の無機質な光がもともと色白な彼の横顔を照らし、不思議な青白い色を醸し出していた。手にはもう一枚の千円札を握りしめている。
「え?、求先輩?、もしかして?。」
「気が変わる前にさっさと決めろ、上石。」
「まじですか!、ゴチです!、パイセン最高っす!」
「だから、あんたが先に言うな、すずめ。」
「あの、私もいいんですか?」
「当たり前だ、針谷。」
「ありがとうございます。迷っちゃうな・・・」
奏が佳穂の手が止まっているのを確認しながら、遠慮がちに一歩進み出た。
「ところで求くん、私もいいのですか?、むしろ私のほうが・・・」
「別に久石たちの遅刻とは関係ない。」
「優しいんですね。」
「またイチゴか?、それともオレンジか?」
「じゃあ、両方で。ふふっ。」
「お前なあ・・・」
笑みをこぼす奏の隣で、求は呆れるように首を数回横に振った。
「あの、奏先輩。」
「なに?、佳穂。」
「両方選んでください。分けっこしませんか。」
「いいですね、そうしましょう。」
「お前ら、仲いいな。」
「ええ、それはもう、ユーフォニアム運命共同体ですからね。」
「えへへ、奏先輩にそう言ってもらえると照れます。」

「ほれ、最後だぞ、パートリーダー様。」
「やめてよ、そういう呼び方。」
美玲は小さくため息をつきながらも、表情に緊張はない。
「めんどくさいな昔から。」
「求ほどじゃないはずだけど。」
「言うじゃないか。」
「まあね。じゃ、これにする。」
美玲がそう言いながら選んで手にしたペットボトルには全く色のない透明な液体が満たされ、小さな泡が湧き上がっている。
「あの・・・美玲先輩、何ですかこれ?。」
「炭酸水。何も入っていない水に炭酸。」
「味はあるんですか?」
「ない。」
「えー!」「えー!」
すずめと弥生の無駄に揃った大げさなリアクションはもはや漫才コンビのようだ。
「みっちゃん、私のこれ、甘くておいしいよ!。分けっこしよっか?!」
さつきの持つペットボトルのラベルの隙間からは随分毒々しい色の液体が揺れているのが見える。
「口がネバネバする気がする。」
「はい?」「はい?」
今度のすずめと弥生のリアクションは、首のかしげ方まで揃っている。
「美玲、本番は明日ですよ?。」
奏までもがため息混じりに続く。
「歯を磨くのでは、駄目なんですか?。明日の朝ごはんもありますし。」
佳穂は佳穂で真剣に美玲に質問している。
「うーん・・・やっぱり気になると言えばなっちゃうのかな。歯ざわりというか舌ざわりというか。今の、というより明日の私には、口まわりは、食べることよりも、飲むことよりも、話すことよりも、チューバを吹くことのほうが大事。」
「さすがみっちゃん!」
「相変わらずガチですね!、げふっ!」
「ちょっとすずめ、喋りながらゲップしないでよ、げふっ!」
「二人とも、もう飲んでたの?・・・」
佳穂ですら呆れ顔だ。

ぽんぽん。さつきがジャージの袖口で覆われたままの手を叩いたが、メンバーには聞こえていないようだ。声を出そうと両手を口に添えようとした時、求が一歩進み出て「パンパン!」と手を叩き直した。
「ありがとね!、求くん!。」
「別に。」
さつきから突然真っ直ぐな視線を向けられた求は少し驚いたようだったが、さつきはお構いなしに周りを見回した後、美玲に向けて両腕を伸ばした。手先を拡げ小さいタンバリンのように振るうちに袖口から手のひらがあらわになった。
「では!、みっちゃん!、乾杯のご発声を!」
「え、えっと・・・」
「おい。一発で決めろよ。俺たちの演奏もあと一回きりだ。」
「求先輩、今日どうしたんだろ?」
「緑先輩からLINEでも来たんじゃない?」
「ほら、みんな静かにしてね!。」
そう言うさつきの声は全く静かではなかったが、改めて全員が顔を見合わせ、飲み物を持った手を軽く掲げた。奏と佳穂は紙パックを持つお互いの手を組んでいる。美玲も続いて透明な炭酸水のペットボトルを持つ手を軽く上げた。一瞬表情が緩み、全員を見渡し、またいつものキリッとした表情に戻った。
「明日は最高の演奏をしよう!、低音ファイトー!」
美玲の反対の手が天井近くまで高く突き上げられた。
「乾杯!」
「おおおー!」
「決まったー!」
「先輩かっこいい!」
「さすがみっちゃん!」
「こら!、うるさいぞ!、また説教されたいのか!」
美智恵の声が廊下に響いた。

・・・・・・

「うーん・・・」
求が戻ってきたほとんど真っ暗な男子部屋では、布団にくるまった玉田が苦しそうな表情を浮かべてうなされていた。求がスマホのライトをつけると、暗闇の中に何かがキラリと光った。移した視線の先には、玉田がしがみつくように抱きしめる枕の傍らの手の先にマウスピースが転がっているのが見えた。
求はマウスピースを手に取り、そっと玉田の手に戻した。玉田の手がゆっくりとマウスピースを握り、表情が少しづつ和らいで息遣いも穏やかになっていく。求はフフッと笑いながら一歩下がってゆっくりと正座し、ライトが玉田に当たらないようにスマホを逆向きにして床に置いた。
「・・・本当に楽器がお好きなんですね。」
わずかに漏れる光がマウスピースにかすかに反射していた。
と、玉田の体がわずかに動いた。
「・・・あ・・・」
求は静かに玉田に近づき、片手を耳に添えた。
「・・・あ・・・す・・・」
「ええ、明日は思う存分演奏しましょう。そして・・・あいつを、みんなで羽ばたかせてやりましょう。」

しばらくして、ドアノブのかすかなカチャという音がした。

・・・・・・

「あれ?、求くん?、部屋に戻ったのでは?」
「何だ久石、今度は宿の中を散歩か?」
「こんなにゴミを抱えて、そう見えます?」
「朝にゴミ出しできずに夜に出す輩か。」
「ひどいですね。部屋に戻ったらみんなわいわいやってて、そのゴミ。夕ご飯に遅刻した罰ゲームですって。部屋が狭くなるのも嫌ですし。」
「じゃあしょうがないな。」
「あの、玉田くん、大丈夫ですか?」
「ああ、マウスピース握ってぐっすり寝てる。」
「ふっ、あはは・・・ほんと、どれだけ楽器が好きなんでしょうね。」
奏は口に手を当てながら屈託なく笑っていた。
「はは、それな。」
求も自然と表情が緩む。

「・・・なあ、久石。」
「?、はい。」
「お前、さっきから随分と機嫌良いな。」
「そういう求くんこそ、随分と饒舌で。」
「まあ、ちょっと良いことあってな。」
「へぇ・・・」
求の表情が急に厳かになる。奏も察したのか緑先輩かと揶揄はせず、呼吸を整えて言った。
「聞いても良いのですか?」
求は小さくうなずいた。奏は持っていたゴミ袋を廊下の壁際へ置き、背筋を伸ばして求と正対し、小さくうなずいた。求はゆっくりと口を開いた。
「・・・自分のために頑張って、誰かのためじゃなくて、ってな。」
「・・・そうですか・・・」
「?!、久石、どうした?。」
「い、いいえ、なんでもありません。」
急いで視線を外して求に背を向けた奏は、こっそり目元を拭った。
「・・・私も、同じ言葉をかけられたことがあったんです。」
「そうか。久石にとっても、大切な言葉なんだな?。」
「・・・はい。」
お互いが逡巡しながらもそれぞれに思いを馳せ、しばらく重苦しくもなぜかそのままにしておきたい時間が流れた。
「あの、私、みんなには・・・」
奏が視線を求に戻しながら話し始めたとき、求が左の手のひらを奏に向けて静止した。どの指もがゴツゴツと膨れ上がっているのが薄暗い廊下でもはっきりと分かる。それが弦楽器奏者特有の、すなわち求の練習の積み重ねであることを奏はしっかりと理解していた。奏はそれ以上言葉を口にせず、肩の力を緩めて求に正対し直した。
「今じゃなくて、明日低音の全員で聞こうじゃないか。」
求は不器用ながらも笑みを作り奏に向けた。
「演奏も込みだぞ。だから、また明日、ってことだ。」
「わかりました。覚えておきます。」
求は突き出していた手の高さを奏の手の高さまで降ろし、ゆっくりと握り拳へと形を変えた。奏はしばし目線を求の手に向け、同じように右手の拳を握り差し出した。
そこから、廊下に二人の声は響くことはなく、夜は更けていった。

四章 ~全国大会(後)(7/9)  全国大会当日、へ続く

続く

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