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響け!ユーフォニアム 久石奏3年生編を待ちきれなくて盛大に妄想した 全10万字:三章 ~関西大会(前)(4/9)

目次、お断り(リンク)


プロローグ③

あの夏、全てを失った。
音楽も、楽器も、仲間も。
ついこの前までいた場所にいることすらできなくなった。
ついこの前まで一緒にいた人ともいられなくなった。
孤独な日々。
暗澹たる日々。
目に耳に入ってくるものが何もかも憂鬱になる。
心地よく感じたはずのものすらいちいち煩わしい。

もう一度表舞台に。もう一度。
まだくたばれない。くたばりたくない。

その望みが完全に断ち切られた晩夏。
早くなった日没のせいか気分は晩秋かのようだった。
もはやじたばたすることすらなくなってしまった。

「それでも、あきらめない」
そう胸を張って言い放てるようになるまでには、かなりの時間が必要だった。

三章 ~関西大会

関西大会に向けた日々が始まる

「あっつい・・・」
「暑すぎる・・・」
「他に言うことがない・・・暑い・・・」
「みんな、だからといってそんな格好でチューバに抱きつくのはやめて。」
「あら、こうして頬ずりすると結構涼しいですよ。」
「ちょっと奏まで・・・」
「みっちゃんもやる?」
「私はいい。」
「ちぇー。」
京都府大会の前からうだるような暑さに見舞われていた。合奏練習をする音楽室を除き冷房がある部屋はほとんどない。扇風機があるのがせめてもの救いだ。男女共学である北宇治高校だが吹奏楽部は女子が大半を占めるため、まるで女子校のような自由気ままな過ごし方をする女生徒も多い。いや・・・恥じらいのないとでも言おうか。とばっちりを受けるのは男子生徒だ。低音パートは玉田を新入生に迎えて男子が二人に増えたが、最近は求の一人しか出席しておらず、今は居場所を失って廊下で練習しているのだろう。
「弥生とまたコンクールの曲を練習できるの嬉しいわ。」
「そう・・・だね。頑張らなきゃ。」
すずめの弥生に対する態度に嫌味はない。それは京都府大会ではサポートだった弥生も承知している。低音パートでは、京都府大会が終わってからいち早く全員でのパート練習を再開している。大会ごとにオーディションがあるため、京都府大会ではサポートだった弥生にも関西大会でコンクールメンバーになるチャンスはある。もちろんコンクールメンバーだった他の者も再度オーディションを受ける必要がある。美玲は分け隔てなく全員のレベルアップにつながるよう練習内容を考えている。
「佳穂、大丈夫ですか?」
「はい、美玲先輩。」
「玉田が心配なのはわかる。けれど、今は練習時間。」
「はい。」
「練習!。できますか。」
「・・・はい!」
奏と美玲をはじめ皆の励ましもあって、佳穂はなんとか京都府大会本番の演奏を維持していた。積み上げた練習は、今の佳穂の心理的落ち込みをなんとか補っている。ユーフォの三人で考え抜いた楽譜の理解も助けになっている。とはいえ、どうしても覇気の無さは否めない。
「わたし、頑張ります。」
「しっかりね。でも、無理無茶し始めたら力づくでも止めるから。」

「暑すぎて水浴びしたいなあ・・・」
「水を浴びたら涼しくなるウェア、買おうかな・・・」
「サンフェス練習の日差しの強かった日、思い出すなあ・・・」
皆、言葉は違えど、思いを馳せる先は同じだった。玉田は、京都府大会本番以降まだ一度も部活に顔を出していなかった。

青年の危機

府大会を終えて一週間ほど経った。関西大会のオーディションは間近に迫っていた。今年は夏合宿の負担を減らすため、合宿中ではなくお盆休み前にオーディションを行う日程としたからだ。
今朝の佳穂はごきげんだった。「明日、行こうと思います。」そのメッセージにうきうきしてなかなか寝られず、気がつけば危うく寝坊しそうだった。そうだ、彼はそこまで朝早くなかったっけと足取りは軽くなる。空はどこまでも高かった。
登校してきた佳穂は、緊迫した声を聞き、すぐに声の方へ向かった。
「誰か!誰か来て!」
「おい!どうした!しっかり!」
「大丈夫ですか?!」
佳穂は横たわっている男子生徒に近づきながら声をかけた。半袖開襟シャツの下には七分袖のアンダーウェアを着ている。まさか。何人かが傍で心配そうに様子を見ている。日傘を差しかけている女性の隣を通り、倒れてひどい顔色をしている人物の名を口にした。
「た、玉田くん?!・・・」
佳穂は息を呑んだ。
「きみ、この人を知っているんだね?。よかった。さっき救急車を呼んだから。ついていてあげてください!」
「は、はい!ありがとうございます!」
その間も何人かが呼吸と心拍の確認をしている。佳穂も何かできないかと思ったが動転してとてもできず、一歩下がるほかなかった。別の人がAEDを持ってきて待機している。
ほどなくして救急車が到着した。緊張した面持ちの救急隊員が汗を流しながら「急いで!」としきりに声を上げ処置を続けながら玉田を運んでいる。
「この方とはお知り合いですか。」
「は、はい。部活の。」
「ついていて、あげてくれますか。」
「は、はい!。」
佳穂が救急車に乗り込もうとしたとき、ズドン!という音とともに救急車が小さく揺れた。
「しっかりしろ!大丈夫だからな!」

佳穂は病院の廊下で待っていた。何もできない自分が情けない、と、何度もため息と嗚咽を繰り返していた。低音グループにLINEで連絡するのが精一杯だった。
「私、ただここにいるだけでなにもできない・・・」
「そんなことはありません。」
少し白髪の混じった男性が佳穂の前に現れた。
「はじめまして。玉田直樹の父です。部活のかたと聞きました。」
「は・・・針谷佳穂です。一緒に吹奏楽部でユーフォニアムをやっています。」
玉田の父にぱあっと笑みがこぼれる。彼に比べるとずいぶん表情が大きいようだ。
「そうですか!。息子がいつもお世話になっています。今日はご迷惑をおかけしました。でも、本当に助かりました。ありがとうございます。」
玉田の父は深々と頭を下げる。
「いえ、私は何も・・・」
「そんなことはありません。」
玉田の父は頭を上げて佳穂を見つめ、先程と同じ言葉を繰り返した。
「息子は楽しそうに高校へ通っていました。部活が楽しくて、ユーフォニアムが楽しくて。いつもそう言っていました。今朝もそうでした。何一つ、針谷さんが思い詰めることはありません。本当に感謝しています。」
「・・・・・・」
佳穂は言葉を返そうとするが、いざ声にならない。
そのとき、処置室から医師が出てきて玉田の父に声をかけた。
「玉田さん!よかったです。直樹さん、一旦落ち着きました。ですが、予断を許しません、このまま集中治療室へ移動します。」
「徳永先生!ちょうどいらっしゃって本当に助かりました。お願いします。」
「先日お話した件・・・日程の前倒しを想定しておいてください。」
「もちろんです。ぜひよろしくお願いします。」
玉田の父は拳を握りしめながら頭を下げた。
「ベッド移動します!」
「針谷さん、励ましてくれると喜ぶと思います。聞いているんですよね、あいつから。」
・・・え?いったいなんのこと???・・・
佳穂の頭の中にクエスチョンマークが飛び交い理解が追いつかないが、とにかく玉田に会えるのは今しかない。
ガラガラガラ。
点滴とバイタルサイン監視装置を従えたベッドに玉田は埋もれるように横たわっていた。息を呑んだ佳穂が恐る恐る玉田に近づく。そっと点滴のチューブがつながった手を取り、玉田の顔を覗き見た。今は静かに眠っているようだ。朝着ていた制服はアンダーウェアとともに引き剥がされてはだけており、その隙間から大きな傷跡が見えた。
そして、ベッドのフレームにかかったプレートの字を見て、今度こそ佳穂は固まった。
「患者氏名:玉田直樹、性別:男、年齢:21」
・・・ど、どういうこと?!・・・
「ベッド移動します!」
頑張っての一言もかけられなかった。帰りのタクシー代にと玉田の父から受け取ったお金を財布に入れることもなく佳穂は立ち尽くしていた。


「・・・もしもし、佳穂?」
「・・・もしもし。」
「よかった、つながった。」
「奏先輩・・・その、あの・・・」
奏は電話越しに佳穂の異常に気づいた。
「落ち着いて、佳穂。無理に話さなくていいです。」
「あの・・・あの・・・」
「そちらへ迎えに行きましょう!」
「でも・・・練習・・・」
「練習より佳穂のほうが大切です!すぐ行きます!」

しばらくして奏が病院に駆けつけた。空調の冷気が煩わしいのか、二人は中庭の東屋にいた。
「・・・病気のこと、知っていたんですか?」
「ええ・・・誰にも言ってほしくないって。だから言えませんでした。」
「何年間もあの人は学校に通うこともできなかった・・・」
「そうです。だからこそ、彼は普通の高校生活をしたいと願っていました。」
知らず知らず、二人は「玉田くん」ではない呼び方になっていた。
「先輩は知っていて、あの人のことを”玉田くん”と呼び続けていたのですか?」
「ええ、それが先輩としての務めと、言い聞かせて。」
奏は言葉を選びながら佳穂をいたわるようにこたえていく。
「・・・オーディション結果発表の時、あの人が嫌そうにしてたのはこれだったんですね。」
「彼は、府大会の前、とても悩んでいました。オーディションも辞退しようとして。」
「・・・だからソリは私になったんですね。」
「佳穂、それとこれは別。あなたはちゃんとオーディションで選ばれたのです。」
「いいんです、わかっちゃいましたから。・・・!、ということは、このままだと・・・」
佳穂は頭を振り取り乱す。
「・・・嫌・・・嫌です・・・!」
「佳穂、あのね・・・」
「あの人と一緒の毎日が楽しかった。それはもうなくなっちゃうんですか?・・・」
佳穂が嫌だと口にしたのは関西大会のことではなかった。奏はそっと佳穂を抱き寄せる。
「佳穂、今つらいけど、いい先輩でいましょう。年齢のことを知っちゃったけど、病気のことを知っちゃったけど、だからこそ、いい先輩でいましょう。ね。」
佳穂はうなだれたまましばらくしてからゆっくりとうなずいた。
「うん。学校へ戻れそう?」
「・・・はい、戻ります。練習しなきゃ。玉田くんの分も・・・」
ふらふらと歩き始めた佳穂に改めて奏が寄り添う。
「・・・その気持ち、私も同じです。でも、自分のことを忘れないで。」
「・・・」

その日から玉田は今度こそ部活へ来なくなった。

関西大会オーディション結果発表

・・・・・・
・・・・・・
「ユーフォニアム、三年、久石奏」
「はい!」
「二年、針谷佳穂」
「はい!」
「以上二名」
「えっ」「やっぱり・・・」「一人減った、だと・・・」
「静かに。次、チューバ。三年、鈴木美玲。」
「はい。」
「三年、鈴木さつき。」
「はい!。」
「二年、釜屋すずめ。」
「はい!」
「上石弥生」
「は、はい!!」
「以上四名。」
「去年の再来?・・・」「でも、去年とはわけが・・・」
「静かに!」
美智恵の読み上げた関西大会に向けたオーディション結果に、教室内がざわめいた。
佳穂は少しも嬉しくなさそうだ。拳を握り肩を震わせむしろ悔しがっているように見える。他のパートから見たら異質かも知れない。だが、誰一人ユーフォニアムメンバーに声をかける者はいなかった。いや、できなかった。

パート練習部屋に戻った面々は弥生ですら押し黙っていたが、美玲が口を開いた。
「弥生、おめでとう。ほんとうに。そして佳穂、あえて言う、おめでとう。すずめもおめでとう、しっかりね。」
とっつきにくいと言われることも多い美玲だが、パートリーダーになってからいざというときに笑みをつくるようになった。引きつっているとは奏とすずめの評だが。ようやく空気が少し和み、おめでとうの声が飛び交った。
「弥生、金賞獲って、次の大会へつなげよう。」
「はい!、美玲先輩!」
「佳穂、一緒に吹きたいよね、また。」
「はい!」
「これからの練習は、それにつながる。そして全国大会のオーディションにもつながる。」
「さすが美玲。」
奏はうなずく。
「佳穂、応援するから。頑張ろう!」
「弥生、ありがとう。そして、おめでとう。ごめんね遅くなって。」
「うん、ありがとう。やっと一緒に吹ける。」
「弥生ちゃんやった!、よくがんばったよー!。佳穂ちゃんもがんばった!。すずめちゃんもがんばった!。」
「はい!」「はい!」「はい!」
さつきの陽気な声に、二年生三人の表情にも明るさが戻ってきた。求は離れたところから見守っている。
「求くん、照れなくていいのですよ。」
「・・・ここにいる全員がコンクールメンバーになったってことか。」
美玲の表情が引き締まる。
「そう。甘えること無く、その自覚を持って期待に応えたい。私、頑張るって言葉を軽々しく使いたくないけど、今日ばかりは使わせてほしい。全員で一致団結して頑張ろう、玉田が帰ってきてもう一度全国で一緒に演奏するためにも。そして・・・私達の夢のためにも。」
「よっしゃ!そうと決まれば円陣組みますか!」
「はい?」
「エンジン全開で突っ走るぞ!って・・・だめ?」
すずめは恐る恐る佳穂のほうを見ている。
「・・・ふふふ、あはは、それいいね。うまい!」
すずめが佳穂のもとへ駆け寄って、両腕を肩にかけた。弥生も傍に寄り添う。
「やっと、笑った。」
「佳穂には笑い声が似合う。」
「・・・ありがとう。二人とも。」
「すずめはもう少し安全運転で。」
「みっちゃんうまい!。」
一気に雰囲気が和む。
「そうだ!。みっちゃん、あれいこうよ!」
「え、あれはほんの冗談で・・・」
「私が許す!」
「説得力弱くないか?」
「いくしかありませんね、美玲。」
「え、じゃ・・・て、低音ファイトー」
「小さい!」「小さい!」「拳を上げて!」
「低音ファイトー」
「ワンモア!」「ワンモア!!」「先輩ファイト!」
すずめが美玲の背を威勢よく叩く。
「てっ!低音ファイトー!!」
「おー!」「おー!」「おー!」
「あと、すずめ。」
「は、はい、美玲先輩!すいませんでした。また調子に乗りました!」
「その、ありがとう。」
「・・・先輩!」

プールでの再会

お盆休み、佳穂、すずめ、弥生は去年に続き太陽公園の屋外プールへ遊びに来た。沙里はクラリネットパートで行くため今年は三人だ。
「気持ちいいねー!来てよかったー。」
「さいっこー!。」
「いやー夏はプールだねー。」
「あれ、あそこ。子供用の浅いところに大人の人がいる。」
「緑先輩みたいに泳げないとか?」
「いやー、まさか。」
「すずめ、弥生、待って。何か様子が違うみたい。なんだろう。」
低めの声で佳穂が言った。静かに佳穂は歩き出した。
「佳穂どうしたんだろ、最近なんか大丈夫かな。」
「確かに。ツボは相変わらず浅いけど。」
「ふっと表情が曇ることも多いから心配。」

佳穂は歩きながらつぶやいた「楽しそう。」
「・・佳穂?」
佳穂は自分の名前を呼ばれたのが聞こえた。
「わぁ!。奏先輩!。来てたんですね。水着かわいいです。」
「あら、それほどでも、ありますけど。誰かと一緒?」
「はい、弥生とすずめとです。」
「今は?、なにか買物?」
「あ、あそこのかたたちがすごく楽しそうだなって、浅いところの。」
奏が佳穂の指差す先を見た刹那、色めき立った。
「!」
「ですよね?」
「そうね、行ってみましょう!」
「え?」
「大丈夫、知っている人です。」
「誰なんですか?」
「行ってみてからのお楽しみで。」

そこには大学生だろうか若い女性が二人で浅いところに入っていた。いや、傍から見たら浸かっているという様子だった。二人ともライフセーバーのような露出の少ない水着を着ており、その美貌とスタイルにはもったいないほどだ。お互いに水を掛け合ってる様子は、あたかも児童のように楽しそうだ。
「あの、、お仕事中でしたらすみませんが・・・香織先輩でしょうか。」
「・・・あ、奏ちゃん!、久しぶり。」
「こちらこそです。と申しますか、覚えていてくれて恐縮です。」
「まあまあ、そういうのはいいよ。後輩さん?」
「はい。ほら、佳穂。」
「初めまして。針谷佳穂といいます。ユーフォニアムです。」
「初めまして。えっと、、今一年生?。」
「二年生です。」
奏は目を細めて明るく返事をする佳穂を見た。
「今日は一体・・・水着の様子もなんか意外で。」
「ふふ、なんでだと思う?。私の付添をしてくれてるの。私ね、体が不自由なんだ。」
香織と一緒にいる女性は陽気に答えた。
「介助やリハビリ用のプールはあるんだけど、やっぱり夏だから思い切って出かけることにしたの。私は実習中というわけ。」
「ほんと中世古さん優しいんだよ、理想の看護師間違いなしだね。しかも超べっぴんさん!。もう、嫁にしたい!。」
「もう、褒めても何も出ませんよ。」
「中世古、香織・・・先輩。」
「ご、ごめんなさいね、わたしちゃんと針谷さんに自己紹介してなくって。」
「大丈夫ですよ。」
「はい、大丈夫です。」
「じゃあ、佳穂ちゃんで・・・でいいかな、改めてよろしくね。そっか、吹部が揃って来てるってことは、夏合宿前のお休みかな。懐かしいな・・・」
「そうなんです。今年もハードな合宿が待ってます。それにしても・・・香織先輩ってホントお綺麗ですね。香織先輩を知らない後輩たちに自慢したいです。」
「うふふ、ありがとう。」
「いやー後輩さんごめんね、私のせいでこんな地味な水着を着せちゃって。もっとセクシーなの着せちゃったらきっと見惚れるほど可愛いだろうにねぇ。」
「もうお上手なんですから。それにしても・・・もうずいぶん経ったんだね、もう知ってる人はいないものね。」
「そうですね、私はたまたま知ってますが、もう三年生ですし。重なっている学年となると・・・」
・・・
私の脳裏には自分の二学年先輩の元部長の顔がよぎる。二年前の関西大会、会場で香織先輩と会った途端にふやけたときの、凛々しい普段とのギャップが印象に残っている。そして彼女を支えた副部長でもあったユーフォニアムの先輩の苦笑いも忘れられない。
と、少し離れたところから、聞き覚えのある声がする。近づいてくる。まさか。
・・・
「まさか?、まさか?。来ていらっしゃる!?、ご降臨!地上に舞い降りしエンジェル!。香織先輩!!!」
「あんたプールサイド走るな!いい年した大人が!」
「まだ大学二年生だっちゅーの!成人式前だっちゅーの!」
「あんたもう誕生日過ぎて二十歳じゃろが。それよりな、最近法律変わったじゃろが。」
「しらないもーん。」
「それに、どう見ても香織先輩、遊んでるように見えんだろ。」
「ふふふ、あなた達も中世古さんの後輩さん?」
「はい」「はい」
「ハモるな!」
「そっちこそ!」
「おふたりとも。」
「先輩たち、仲良いんですね。」
「違う!」「違う!」
「あははは、息ピッタリ!」
「ええ、あ、はい、高校時代の。こいつも。」
「こいつって言うな。」
「優子ちゃんも中川さんも変わらないね。」
「はい!香織先輩!お久しぶりです!」
「いつもすみません。」
「・・・なんだか羨ましいな。」
「あっ、すみません、なんか。」
「なーんで中世古さんが謝るのよ。先輩冥利に尽きるじゃない、いいのいいの。私は・・・確かにいろんなことができなかったけど、ここにこうやって来れただけでもうめちゃくちゃ楽しい・・・感謝してる。」
「どういたしまして。・・・!大変、唇の色が。それに震えも始まってる!。」
「いやーちょっと長居しすぎちゃった。体温調節がうまくなくて・・・」
「す、すみません!行きましょう!」
「こっちこそごめんね。じゃ、お願いします。」
「みんな、今日はなんかごめんね。また。」
その人は、香織ともうひとり駆けつけたスタッフに連れられてプールを後にした。

「香織先輩、すっごい美人さんですね。」
「そう、香織先輩。マジエンジェル。心も超美人。わかってるねぇ~。」
「きみ、直接かぶってない後輩に馴れ馴れしくないか。」
「去年アイスクリーム差し入れしてくれたときの前の部長ですよね、あ、前の前の。」
「うわーありがとう。どうだ、私の人徳を思い知ったか。」
「夏紀先輩もでしたね。久しぶりに会えて嬉しいです。」
「こちとら名前で呼んでもらえてますが。」
「はぁー?、その子、久石ちゃんといるってことはユーフォじゃないの?。そんなんハンデじゃんか。」
「まったくおふたりとも・・・。佳穂、引き止めて悪かったです。チューバの二年生と合流するんでしょ?」
「そうなんですけど・・・奏先輩、少し、お話いいですか?」
「えっと・・・それは・・・」
奏はちらりと夏紀のほうを見る。
「行けよ、奏せ・ん・ぱ・い。」
「夏紀先輩ってばひどい。久しぶりの再会だというのに。」
奏は演技がかったしおらしさで夏紀を見るが、夏紀は微笑みながら腰に手を当てて言った。
「いいから早く。」
「なーんかカッコつけてません!」
「ほーんと、先輩、いちいちかっこいいんですから。」
「なっ・・・ま、またいつでもチャンスはあるって。」
「はーい。私のことそんなにお好きなんですね。佳穂、行きましょう。」
「はい。あ、先輩方失礼します。」
奏が一度立ち止まり振り返ると、先輩二人はまだこちらを見守っていた。
「針谷さん、かわいいね。」
「佳穂ちゃん、かわいいよな。」
「ハッピーアイスクリーム!」
「ぐはー、まじか・・・」
「いえーい、アイスおごってあげる。」
「なんかむかつく・・・」
・・・前言撤回だ。まだやっている、だった。夏紀先輩はは優子先輩の隙をみて小さくこちらに手を振ってくれた。


「それで、佳穂、話って?」
「・・・ごめんなさい、奏先輩。うまく言えないんですけど・・・香織先輩を見てて。」
「?、見てて?」
「あの方、大学生なんですよね。看護師の実習してるってことは、もうすぐ社会人になるってことですよね。」
「そう・・・ですね。」
「なんか、すっごい大人のかたでした。」
去年までの奏なら茶化したかもしれない。が、奏は知ってしまっている。佳穂の中で玉田の存在がどんどん大きくなって、そしてうまく扱えていないことに。
「・・・佳穂は今すぐ二十一歳になりたいのですか?」
「私、あの人になんの力にもなれなくて、歳が追いついたらそれができるのかなって・・・。でも、今日香織先輩をみたらそれもとても無理に思えてきちゃったんです。」
「佳穂は今何歳なの?」
「六月に誕生日だったので、十七歳です。」
「じゃあ質問。私は今何歳でしょう?」
「先輩は一月がお誕生日ですから、、あれ?十七歳ですか?」
「そう、同い年!」
「そんな・・・なんか余計つらいです・・・」
「そうじゃなくて、言いたいのは、今私が先輩で佳穂が後輩ってのも、私がちょっと先に高校生活を始めたから、それだけってことです。楽器を始めたのもそう。あなたは自然体でいれば大丈夫。それが佳穂のいいところじゃない。」
「それで大丈夫なんでしょうか?」
「大丈夫です。」
ようやく佳穂の表情から緊張が和らいできた。
「玉田くんにメールかLINEは送ってるんですか?」
「何回かは・・・でも返信はもらっていないです。」
「じゃあ・・・写真撮って送るのは?。まだまだお年頃な男子高校生に、女子高校生の水着写真を。ふふふ。」
奏はおどけて佳穂を小突く。
「か、奏先輩は色っぽすぎます!」
「お上手ね。って、私の写真を送ってどうするの?」
「たまには言いますよっ。先輩意地悪です!」
「ふふふ、ごめんね。じゃあ、なにか羽織って露出少なめにしましょう。」
「じゃあカメラ設定しますね、露出少なめっと・・・」
「佳穂ってば、そうじゃなくて・・・」
「?露出じゃなくて?・・・!!そういうことですか!!・・・」
「まったくもう、佳穂ってば。」
「あはははは・・・」

その日も、また次の日も、既読マークはつかなかった。


つづく

一つ後:三章 ~関西大会(後)(5/9)

一つ前:二章 三年生進級~京都府大会(後)(3/9)



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