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響け!ユーフォニアム 久石奏3年生編を待ちきれなくて盛大に妄想した 全10万字:三章 ~関西大会(後)(5/9)

目次、お断り(リンク)


三章 ~関西大会(続)

強化合宿 一日目

今年もバスに揺られて恒例の合宿施設へやってきた。自然に囲まれた素晴らしいロケーションだが結局はホールや練習室にこもっているばかりでちょっともったいない気もする。とはいえ、つかの間の休憩時間や早朝などに散策したりリフレッシュできる環境はありがたいと思う・・・それに気づいたのは去年コンクールメンバーに入れず練習時間が少なめだったからだが。今年は違う、それに、ここに来るのも今年が最後なのだ。荷物を降ろしながら気合が入っている自分に気づく。いけない、まだ先は長いのに。
昨年は合宿初日にオーディションだったが今年は既に終わっている。一旦全員での合奏隊形に設営するのに一苦労した昨年に比べて作業は少なくなった。とはいえそれで合宿が楽になるわけではない、その分みっちり練習するためなのだから。
そんな合宿で、食事は楽しいリラックスタイムだ。この日の夕食も低音七人全員が集まっている。他のパートもそれぞれ集まってにぎやかだ。幹部三人もこのときばかりはパートに混じっている、役職の仕事に没入しないよう、意識してこういう時間を設けているらしい。梨々花の明るい声が聞こえてくる。
(去年、久美子先輩との時間、全然なかったな・・・)
「わーいオムライス大好きー」
さつきの相変わらず元気すぎる声で我に返った。
「お前が緑先輩の真似なんて・・・」
「始まっちゃった。」
「じゃ、求先輩が言ってくださいよー。」
「いっ言えるか、恐れ多い。」
「はいはーい、じゃ私も。」
「やめてくれ。」
「天にめします我らの神よ・・・」
「なんか違うぞ?」
「天にまします我らの父よ、が正しい。」
「こんなところまでガチかよ・・・」
「?佳穂?」
「・・・早くよくなりますように・・・また一緒に吹けますように・・・」
「うちのかわいい後輩を見習ってはいかが?」
「元気に食べて元気に練習だよ、ね、佳穂。」
「すずめ、ありがと。」
願うところは、皆、同じだった。


強化合宿 二日目

「久石さん、針谷さん、」
「はい、先生。」「はい・・・」
「どうですか、調子は。」
佳穂は滝を直視できないでいる。
「大変ですが、なんとしても関西金賞、全国出場のため、頑張ってます。」
「そうですか。針谷さん、言霊って聞いたことありますね?」
「はい。」
「今の久石さんのように、願いを口にしてみましょう。きっと、元気が湧いてきます。」
「はい。」
「さん、し。」
滝は無意識なのか指揮のように佳穂を促す。
「関西金賞、全国出場のため、頑張ります!」
「きっと実現させましょう。あと・・・今の話のことは他の人には内緒にしてくださいね。」
「なぜ、ですか?」
「心配だと思います、玉田くんのこと。私もです、とても。だからといって、二人を特別扱いはできませんから。」
「お気遣いありがとうございます。」
「あ、ありがとうございます!」
「休憩後、少し返してから十回通しです。頑張ってください。」

「タンギングがばらけています。タイミングを合わせることと音の立上りを速くすることの両方を完璧に。」
「サクソフォン、テナー。練習記号Eのmf、ユーフォとユニゾンですがもう少し音量を上げてください。全体的に埋もれています。」
「サードクラリネット、ファゴット、もっとください。ユニゾンのユーフォの連符のお手本になってあげてください。ユーフォは指が回っていません、ここのフィンガリングは薬指の動きが重要です、特に十三番目と十四番目の音。力まずに正確にそして滑らかに。」
「ここの頭拍、もっとクリアに。打楽器に甘えていてはいけません。チューバとユーフォ・・・特にユーフォ、ぼやけています。もっと張りのある音で。」
「チューバのうち一本、練習記号Hからオプション表記のオクターブ上を吹いてください。ユーフォとの音量バランスが悪い。そうですね・・・上石さん、お願いします。釜屋さんは力を入れすぎないように。」
「はい!」「はい!」
「ユーフォのソリ、他のソリを聞いていますか?聞いているだけではダメです、それをどう音楽的に引き継ぐか受け渡すかを考えて自分の演奏に反映してください。」
「はい!」「はい!」
奏も佳穂も感じていた。いかに玉田の存在が大きかったかを。演奏だけでなく言葉でも親身になって一番端の席から支えてくれていたかを。玉田は楽譜を完全に把握しており、難度の高い箇所の演奏は佳穂のカバーもしていた。言葉を変えるとうまく弱点を誤魔化していたとも言える。しかし関西大会ではそのクオリティでは通用しない。まして、助けてくれる玉田本人がいない。どうしても一年前の「二人で十分」と評された先輩たちと自分たちを比べてしまう。練習を重ね技術は向上しているはずなのに、と、二人には心理的にもとてもつらい時間だった。

「それでは。十回通しを始めます。全てにおいて、雑にならないように、集中力を切らさないように。そして周りと自分自身をよく観察して。決して作業だけにならないように。」
「はい!」「はい!」「はい!」
・・・・・・
佳穂をフォローしなくては、演奏をリードしなくてはとわかっている。だけど、その気持を演奏にどう反映させたら良いのか、まだよくわからないことも多い。音量なの?身振りで合図することなの?目の前の楽譜にはそういうことは何も印刷されていない。経験、知識、あらゆる要素が自分はまだまだだ。不甲斐なかった。
・・・・・・

「はい・・・おつかれさまでした。」
ほぼ全員が肩で息をするほど疲れ切っているところにパンと乾いた音が鳴った。滝が手を叩いた音だった。
「忘れないうちに、課題を整理して次へ活かすように気持ちを切り替えてください。」
「はい!」「はい!」
「このままざっとおさらいをします。まず、ユーフォニアム。七回目以降、集中力が明らかに低下していました。ソリはともかく他が乱れ過ぎです。それでは困ります。他の楽器が持ちこたえたからよいものの、波及したら大変です。」
「はい!」
「すみませんでした!」
美玲たちが心配そうに見守る。
「ですが・・・最後十回目で立て直したので、そこは良しとします。」
「はい!」「はい!」
「次、クラリネット・・・」
正直、その後は記憶がさだかではなかった。


強化合宿 二日目 練習後の夜

合宿二日目の夜は花火などのレクリエーションが開催される。佳穂、すずめ、弥生、沙里の四人は広場の隅にいた。
「佳穂、花火持ってきたよ。一緒にやろ?」
「サリー・・・」
「佳穂、今日めっちゃ大変だったもんね。滝先生きっつい。」
「でも悔しいかな正しいんだよな・・・だから余計きっつい。」
「・・・いかに玉田くんに頼りっぱなしだったのか、改めてよくわかった。」
「でも、最後十回目すごかったね。よく持ち直したよ。クラ、崩壊しまくってたもん。」
「うん、ありがと・・・ねえ、すこし一人にさせてもらっていいかな。」
「・・・わかった。」
「とにかく、無理しないでね。」
「佳穂・・・すごく頑張ってる。なんでも言ってね。」
沙里は佳穂の背中を優しくさすった。三人は何度も振り返りながら広場の中心へと離れていった。

「佳穂。こちらでしたか、探しましたよ。」
「奏先輩。」
「隣、いいですか?、いないほうがいいかしら。」
「いえ、そういうわけではないです。どうぞ。」
「・・・星が綺麗ですね。」
「・・・気づきませんでした。」
「つらい・・・よね。」
「・・・はい。」
佳穂の瞳はずっと揺れている。
しばらく時間が流れる。遠くからは歓声が聞こえうっすらと花火の煙があがっている。
「もう、やめるにやめられないですよね。」
「と、いうと?」
「というか、逃げるに逃げられないですよね。もちろん、逃げたいわけじゃないんですけど・・・」
「今日の練習のことですね。」
「はい。」
「大丈夫、まだ関西大会本番まで時間はあります。今日は宿題をまとめてもらったくらいに思っておけばよいです。」
「すみません。」
「こちらこそ、ごめんなさい、佳穂。」
「どうして先輩が謝るんですか?。」
「私ね、実は・・・この曲すごく好きなんです。美玲にも梨々花・・・いえ部長にもこの曲をやりたい、これを全国であの名古屋のホールで吹きたいって。」
「そうだったんですね。」
「それがどれだけ選曲に影響したかはわかりませんが。でも、その分、結果的に佳穂にものすごく負担をかけてしまいました。」
「あの人が元気だったらな・・・」
「でもね、佳穂はすごく頑張ってくれて、だからオーディションも受かって、府大会も突破できた、一緒にソリも演奏できた。そして今も。」
「それは、ユーフォニアムが今二人しかいないから、曲目をいまさら変えられないからじゃないんですか?。仕方なく私が吹くことになった、そうじゃないんですか?。」
佳穂は嗚咽をもらす。奏はやさしく佳穂の背中をさする。
「そんなことありません。でも、何が何でも吹かなきゃならないツラさもありますよね。」
「・・・いっそ他の楽器にソリが変わってほしい、誰かユーフォニアムに変わってほしい。そう思わない日はないです。でも、それじゃあの人が悲しんじゃう。なんとしても、あの人が帰ってくるまで、バトンを落とさず走りたい。そう思って頑張ってきました。でも、今日はさすがに・・・すみません、先輩の最後のコンクールなのに足を引っ張ってしまって。先輩は去年、どんなに吹きたくても技術もあったのに舞台に立てなかったのに・・・同じ二年生なのに私ったら・・・」
奏は静かに佳穂の肩に手を乗せて正対する。
「そんなことありません。」
「・・・」
「それとも、滝先生が憎たらしいですか?」
「そういうわけでは・・・」
「実は、私、憎たらしいと思いました。少し。」
「えっ?」
「だって、あんなに集中砲火するし、十回通しが終わって最初にユーフォに指摘するなんて。失礼しちゃいますよね。」
「だってそうですから。」
「でもね、私、別のことも考えました。聞いてくれますか?」
「はい。」
「滝先生は、府大会で玉田くんの体調の事情を承知で、途中で出られなくなるかもって承知で、コンクールメンバーに入れた。だから・・・一緒に練習できたから佳穂はとても上達し本番もかなり安定して演奏できた。もちろん私も。」
「・・・つまり。」
「もし府大会が私達二人だけだったら、今もっと苦労してた。だから、玉田くんとの日々が、今の佳穂を応援してくれてるんだって。何もかも、実になってるんだって。」
「・・・応援してもらっている。確かに。」
「ええ。佳穂、玉田くんを応援したいんでしょ?。じゃあまず、自分で自分を応援しなきゃ。」
「・・・応援する、ですか・・・。」
佳穂の表情はまだ暗いままだ。
「・・・では、佳穂、明日秘密の朝練しましょう!」
「朝練?」
「一緒に吹きましょう、あの曲。」
「!、もしかして!・・・」
佳穂の目が見開いた。
「そう。今、佳穂に、いいえ、私達に必要な曲。」
「!!・・・」
佳穂は言葉を飲み込み、合わせた手を口元へ当てた。
「・・・久美子先輩があの曲を初めて聞いたのは、一年生だった夏合宿の早朝だったそうです。吹いていたのが、そう、あすか先輩。」
「・・・あすか先輩・・・」
奏は佳穂に視線を注ぎ続けた。
「私には聞かせて感動させられるようなカリスマはありません。ですが、一緒になら、と。」
「嬉しいです!。」
「でも一つ条件があります。」
「は、はい。」
「あなたもソロで吹くのですよ。」
「えっ、でも・・・まだ私・・・」
「大丈夫、きっと吹けます。それに、吹いたら、吹けたら、自信になるでしょう。」
「よ、よし!。」
「私も楽しみになってきました。では、早く休みましょうか。」
「はい!。私・・・先輩と一緒にコンクールに挑めることに、もっと感謝します!。本当にありがとうございます、また頑張れそうです。」
「うん、よかった。」
パン。
ひときわ大きな花火が上がった。

出たくても出られない苦しみ。出たくないのに出なければならない苦しみ。片や中学からの経験者、もう片や高校から始めた者。神様はなんて不公平なんだろう。そんな私達が、二人で挑む関西大会。その日程は迫っていた。

関西大会への練習大詰め ソリとソリ

「では、今日の練習ですが、パート練習をメインにやっていきます。」
「あの、部長、いいですか。」
「はい、鈴木美玲さん、どうぞ。」
「か・・・久石さんから提案があります。」
「はい。提案といいいますか、相談なのですが・・・他の楽器のソリの練習を見学したいのです。クラリネット、トランペット。ソリ二重奏をどのように練習しているのか、と。」
美玲は奏の本気さと切羽詰まった緊張を感じていた。いつものあざとさがない。
「もっと・・・うまくなりたいんです。もっといい演奏したいんです。もっとうまくならなきゃいけないんです!・・・お願いします。」
奏は丁寧に頭を下げる。佳穂も慌てて頭を下げる。
と、クラリネットセクションの一番前、いつもチューニング基準音を出す平沼詩織から声が上がった。
「私、ずっと言いたかったんだけど・・・」
しまった、パートリーダーではない自分がしゃしゃり出すぎただろうか。
「ユーフォの練習、見たかったんだよね。間近で。ね、副部長。」
「え?」「え?」
奏と佳穂は素っ頓狂な声を上げながら顔を上げた。
「俺も。だってユーフォのソリすごくいいじゃん。秘訣を知りたくてしょうがなかった。是非、見学させてくれるかな。」
心配は杞憂だった。佳穂は両頬に手を合わせて恥ずかしそうだ、そのまま二つの手のひらに顔を埋める。沙里が興奮気味に「佳穂、がんばれ」と小さく拳を上げてささやいている。
「あら、奇遇ですね。トランペットは構いませんか?」
「わたしたちはいつでも。というか、是非。いいよね?、夢。」
「は、はい。」
「ほら、こういうときに堂々としなきゃ。加部先輩や高坂先輩に教わったでしょ。」
トランペットの二人は何だか対象的だ。
「決定ですね。では・・・そうですね、見学しやすいようにパートごとに時間を決めてしまいましょう。他の皆さんもそれでよろしいですか?。」
「はい!」「はい!」
「おっけー。」
「あと、奏。」
「はい、何でしょう?」
「もし、パートリーダーじゃ無いからって遠慮してたなら、今日で終わりにしよ。あなたは紛れもなくユーフォのトップ奏者なのだから。」
ドラムメジャーでもある玉里は真っ直ぐな目で奏を見て言った。
「ふふ、ありがとうございます。」
「こちらこそありがとう。私、思いつけなかった。」

「おじゃましまーす。」
「ひゃい、副部長。ど、どうぞ。」
「おー、来たよ。夢、これは練習になるよ。」
「うん。」
「でも夢がうらやましいな。パート練習よりも合奏で、そして本番でさらにビシッと決めるんだもん。さすが、高坂先輩の直系の後輩。」
「玉里だって高坂先輩の後輩。それに、高坂先輩から北宇治のドラメを受け継いだのは玉里。」
「わかったわかった。ごめんね。じゃ、やろっか。」
「うん。やろ。」
ーーーーーー♪
「もう一回、今度は私がセカンドでやってみていい?」
「いいよ。しっかり主張してね。」
「うん。」
ーーーーーー♪
「じゃあ今度は夢がファースト」
「うん。」
「あたしを信じて。」
「いつも信じてるよ。うまい玉里が支えてくれると吹きやすい。」
「あら、ありがと。」
ーーーーーー♪
「いや・・・聞いてはいたけど、本当にファーストとセカンド入れ替えてすぐに吹けちゃうんだな、平沼さん」
「そうね、どっちもいいね。それぞれの良さがある。不思議。」
「なんだか、私達の練習方法、ずいぶんと広まりましたね。」
「それをいうなら、玉田が教えてくれた方法じゃない?」
「あら美玲、いつのまに。チューバにはソリはありませんよ。」
「ふ、ふん、パートリーダーだから来てるの。」
「まあ、去年と練習のしかたずいぶん違うよな。」
「そう。ただ、この方法は本気で突き詰めないと楽しいで終わってしまって、コンクールの結果に結びつきにくい。」
「さすが鋭いな。」
「?、佳穂は?」
「あれ、つい今までいたはずだけど。」

佳穂は廊下にいた。
「佳穂。」
「あ、奏先輩、すぐ行きます。」
「どうしたのですか?。」
「聴かれるのが怖くなってきました。他の皆さん三年生でバリバリ経験者で入部の方たちじゃないですか、奏先輩も。でも、私だけ二年生、しかも未経験者。」
「大丈夫、そんなこと。佳穂は立派にオーディションも通過しているし、府大会本番を演奏している。何も心配ありません。」
「だけど、失敗したら・・・」
「だったら、だからこそ、練習を見てもらいましょう。みんなが佳穂のことを応援してくれる、それを確認しましょう。先輩たちのこと、信じてほしいです。」
「・・・はい。」
「・・・どうです?ちょっとは先輩らしくなったかしら、私・・・」
「もちろんです!」
「・・・」
「?、奏先輩?」
「・・・実は私が緊張してるんです。今日の練習見学で去年コンクールメンバーから落ちてるの、私だけ・・・。玉里以外は一年生からずっとコンクールメンバー。玉里は最初こそ夢に出遅れたけど、いまやドラメとパートリーダー。バリバリのレギュラー揃い。」
「じゃあ、先輩もみんなに信じてもらえているって確認しましょう。朝倉先輩もおっしゃってました。」
私は馬鹿だ。去年に続き、三年生になってまで、最上位学年になってまでこんなざまだ。ふと傍らの銀色の楽器を見る。覚悟を決め直さなきゃ。伝説の先輩、伝説の楽器に恥じないように。泣き言を言っている場合じゃない。
「よし行きましょう。おもてなししましょう、私達の演奏で。」
「はい!」

「お先におじゃましてます。」
「奏、先に来てたよ。」
「勉強します。」
「北宇治話題の低音パート練習、とうとう見れるのか。」
「うわー、先輩たちに囲まれるとやっぱり緊張します・・・」
「今更何をいっているのです、佳穂、あなたは私の自慢のパートナーなのですから。」
さつきはうんうんと楽しそうにうなずき、美玲は、弥生とすずめから少し離れてじっとこちらを見ている。求は壁にもたれかかって、こちらを注目している。
「そうよ、針谷さん。私達だってさっきお見せしたとおり試行錯誤の積み重ね。」
「うん、頑張って。」
「じゃ、始めましょう。今日は練習ですから、ちゃんと試行錯誤しましょう。」
「よろしくお願いします。」
「か・た・い。」
奏は佳穂をデコピンで弾いた。
ーーーーーー♪
「もういちど、いきましょう。このままでいい?」
「少し、テンポを落としてください。」
「わかりました。」
ーーーーーー♪
「今度は、少し速めにやろうか。」
「はい。雑にならないように。特にレガート。」
「そうですね。」
ーーーーーー♪
「半音、高くできますか?」
「う・・・はい。」
「ミスしてもいいから。あと、薬指、力み始めてます。」
ーーーー、と、演奏が途切れた
「そこ、和音が濁った。運指も乱れた。」
「すみません。」
「大丈夫、私も少し低くなったと思う。もう一回。」
ーーーーーー♪
「よし直った。これを最初からできるように。じゃ、ファーストとセカンド交替。」
「テンポは本番のテンポでいいですか。音の高さも戻しましょう。和音の確認のために最後の音はフェルマータお願いします。」
「うん、同じこと考えました。」

「いいね、平沼さん。」
「ね、うちらも今度あれやってみよ。」
「同じ金管として本当に参考になるわ。」
「うん、素敵。さすが奏。」
他の楽器の面々の反応、そして他の低音メンバーの反応から、美玲も頬が緩む。
「チューバもソリしたいー。みっちゃんとデュエットしたいー。」
「さつきは三年にもなってもう。」
「いつもに増して今日は密度が濃いな。正直、うらやましい。また緑先輩とデュエットしたいな・・・緑先輩・・・」
「あーあ、また始まった」
「しっ、そっとしておこ。」
「みなさん羨ましいこと。」
「り・・・部長。」
「オーボエはそもそも1パートですからねぇ。」
オーボエにはとても長いソロがあるから。何人かの頭の中によぎった台詞は、ソリメンバー唯一の二年生が爽やかにかき消した。
「部長は、一緒に合わせるのが好きなんですね。」
奏もはっとした。
「うん。オーボエの一年生はまだなかなか曲を吹けないけど、そろそろ教えてあげたいな。私が一年生の時、みぞ先輩が教えてくれたように。って先輩に失礼かな。」
・・・
遠くの教室から聴こえてきた記憶のあるオーボエの二重奏。甘く優しい主旋律をたどたどしくも健気に支える伴奏音形、まるで二人の登場人物がゆっくりとお互いの存在を確認しながら会話していたかのよう。そのときの一年生、自分のとりわけ仲の良い友人で、今では北宇治の部長だ。
今だ。
「ど、どうでしたか?」
「すごくいい。全部。特に最後の3回。奏、狙って吹き方変えたでしょ?」
「ドラムメジャー・・・」
「こういうときは名前で呼んで。まあ、その、クラリネット・トランペットが演奏した後にユーフォニアムが締めくくるってことは、曲全体のイメージを作るのはユーフォにかかってる。一体感というか、一貫性というか。」
梨々花が嬉しそうにうなずく。
「だから、私達が安心して全力で試行錯誤できる。」
「うちらが多少やらかしても、ユーフォがなんとかしてくれる、ってね。」
詩織が小さく舌を出す。
「こら、そこは、思っても言わないの・・・まあ、この場ならオッケーかな。滝先生には内緒よ。」
玉里が詩織を軽く小突く。場が一気に和んだ気がして、私も隣の佳穂も一息ついた。

「ありがとうございました!」「ありがとうございました!」
「佳穂、今日はよく頑張りましたね。」
「奏先輩もなんだか楽しそうでした。」
「奏、佳穂」
「美玲先輩。ど、どうでしたか。」
「立派。」
「昨日よりまたよくなったよ!」
「・・・正直、さらに良くなった。技術以外の進歩があったんじゃないか。」
「もう、佳穂がかっこよくて仕方がない!三年生に混じってひとりだけ二年生!二年生の誇り!」
「佳穂、すごくいい表情してた。その・・・奏先輩も。」
「佳穂、やったかいがありましたね。」
「はい!」


関西大会本番当日

この場に来るのは二年ぶりの気分だ。去年は佳穂と一緒に夏服を着てサポートとして別行動だった。今年は二人とも冬服を着て楽器を傍らにここにいる。閉じられた部屋の四方八方から楽器の音が聞こえてくる。どこかこそばゆい感触だ。だが、左隣の後輩はいくらか苦しそうな表情をしているように見える。そういう私も緊張していないと言えば嘘だ、全国大会出場がかかっている。二年前、一年生だった時はここが最後だった。
「そろそろ時間です。持ち物預かります。」
控室後方から声が上がる。サポートメンバーがまとめて手荷物を預かり管理してくれる。今回から本番ギリギリまで手元にもっていけることにしたからだ。
「佳穂、大丈夫ですか。」
「大丈夫です。あの人のためにも、頑張らないと。絶対また三人で一緒に吹きたいんです。」
佳穂は目には活力はしっかりあるものの、どことなく怯えている。
奏は楽器を立てて置くと、佳穂の手を取った。
「気になりますね。」
「はい。」
「きっと、彼も頑張ってる。一緒に頑張りましょう。」
「預かります。久石先輩。」
「はい、お願いします。」
奏がスマホやポーチを預けた直後、佳穂のスマホのLEDが光った。佳穂は慌てて画面を開くと言葉にならない声を上げた。
「!!・・・・・」
たまらず奏が佳穂に詰め寄る。梨々花が気づいて声をかける。
「どうしたの?」
「ごめん、あと少しだけ、待ってください!」
「わ、私からもお願いします!」「すみません、お願いします!」「お願いします!」
低音の面々から次々に声が上がる。
梨々花は何かを察したのか、わかりました、と言うやいなや、ざわめき出した全員に言った。
「みなさん、静かにしてください。集中タイム、しましょう。」
そう言うと手と手を組んで目を閉じた。一斉に全員が静まり返る。
佳穂は震える手でアイコンをタップする。開いた画面には今日までずっとつかなかった既読マークがずらりと並び、そして色の違う反対向きの吹き出しに今の時刻が表示されていた。そして短い言葉を見つけた。
「意識が戻りました。」
「奏先輩!!」
「うん!・・・良かった!・・・」
興奮気味の口調に、声には少しばかりの震えが混じっている。滝は察したのか何も妨げようとはしない。梨々花はいつしかまっすぐ奏たちを見つめていた。ユーフォニアムの席から少し離れた美玲はまっすぐ佳穂を見てたまらず声が出た。
「玉田・・・なの!?」
佳穂ははちきれんばかりの笑顔で首を縦に何度も振った。
と、佳穂が我に返る。
「!す、すみませんでした!すみませんでした!」
佳穂が勢いよく最敬礼で頭を下げる。奏も続く。
「針谷さん、奏。大丈夫よ、顔を上げて。」
梨々花の声を聞いて二人は顔を上げた。皆笑顔だった。ガッツポーズを送る者もいる。さつきも求もすずめも弥生も瞳が揺れている。沙里の頬が紅潮しているのが遠くからでもわかる。
「はいもう一回注目!」
その場の空気が心地よく引き締まった。梨々花はもう一度目を閉じ、やがて大きく見開いて拳を構えた。
「私達の想いを、音楽を、届けたい!。それを忘れずに最高の演奏をしましょう!。金賞を、全国への切符をつかんで、次へつなぎましょう!。北宇治っファイトーッ!」
「オー!!!」「オー!!!」「オー!!!」
「この勢いのままいきましょう!」
「オー!!!」「オー!!!」「オー!!!」

(舞台袖)
「奏・・・よかった。この舞台で一緒に演奏できて。」
低音の三年生が改めて取り囲む。
「美玲、そんなこと言っていないで、ちゃんと私を全国へ連れて行ってくださるかしら。」
「その必要はない。」
「え?」
「あなたはもう、自分の力で行ける。後輩を、私達を連れて行くこともできる。何も心配していない。」
「・・・まったく。」
「私の夢はあなたの夢。あなたの夢は私達の夢。」
「・・・ガチですこと。」
奏にも美玲にも、そしてさつきにも求にも笑みがこぼれる。二年生の三人も意気揚々だ。
きりっと美玲の表情が引き締まった。
「ガチでいくよ。みんな。」
「ええ。」
「ああ!」
「よーし!」
「よっしゃ!」「はいっ!」「はい!」
さつきやすずめですら、いつもガチなのにと揶揄はしなかった。

・・・・・・

「患者さん、LINE来ています。文字が入った写真ですが、代わりに読んでいいですか?」
たくさんの機械に囲まれつながれて横たわり声を出せない患者は、小さくうなずいた。
「吹奏楽コンクール関西大会 高校の部 北宇治高校吹奏楽部 金賞 代表」

つづく

一つ後:四章 ~全国大会(前)(6/9)

一つ前:三章 ~関西大会(前)(4/9)



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