小説
「どうせいい話だろう的な話」
20世紀。
僕はこの時代に生まれ落ちた被害者だ。
文明が進化し、社会が便利になっていくにつれ、人間が退化していく気がする。
「いつだってそうだよ。モテるやつはモテるし、強いやつは強いし、賢いやつは賢い。」
冷めた目でこちらに向けてそう言い放つ彼は首元のよれた水色のロンTを今風に着こなしている。このシャツを着ているのを見るのは初めてだ。そういえば彼はよく服の好みを変える。
先週は急にパンクロッカーになり、
先々週はヒッピー、その前の週はベンチャー企業の社長風のVネックとジャケットだった。
居酒屋の雰囲気に今の服装はよくマッチしている。僕らはちょうちんの光に誘われ、入ったこともない居酒屋に足を踏み入れた。
この店になった大きな決め手はタバコが吸えることだった。しかし、この店の扉を開けた時は目の前が対向車にハイでライトを焚かれたように真っ白だった。
年季の入った元々何色だったのかわからないほどくすんだ換気扇のファンが性能とは正反対に大きな音を立てながら回っているのだけが目に入った。
「いつだってそういうものだけど僕らはこの世界に生まれ落ちたんだから生きていくしかないんだよ」
彼のこの発言が諦めがどうか判断するのに時間はかからなかった。それは彼が再びタバコに火をつけたからだ。彼自身、この行為になんの意味もなく、ただ寿命を縮めるだけの普段より少しヘビーな呼吸だということは分かっていた。それなのにタバコを吸うということはもう彼はこの世への未練を22歳で捨てているのだと確信した。
「僕だってそんなことはわかってるよ。でももうすこしなんか希望を持って、若いなら若いなりに激動の、なんかこう社会への憤りをどこかにぶつけてみたいんだよ」
「あのな、そんなこと出来るのは若い頃から楽器に触れてたやつとか小説を手垢で真っ黒になる程読み込んだやつとかペンたこが出来ても関係なく描き続けたやつとかがいうことであって周りに流されてなんとなく進学してなんとなく就職して、そこから先大きなドラマもなく漫然的に生きていく俺らが言っちゃいけないセリフなの。」
右手でグラスを机に強く置き、左手でタバコを一口吸い、嫌味のように僕に吹きかけて来た。
「はぁ、なんかつまんないね。どうしたらもっとパワフルに生きられたりするんだろ。もっと今流行りの天才バンドマンとか新進気鋭の画家みたいになんかバリバリやりたいことが溢れてこないかな〜」
「そんなこと言ってる時点でお前に一生その順番は回ってこないよ」
「なんで言い切れるんだよ」
「お前はそもそもの目的の順番が違うんだよ。お前は結局、チヤホヤされたり、情熱的になってる自分に酔いたいだけだろ?
さっきから色々ごたく並べてるけど結局、有名になりたいだけじゃねーか。有名になってチヤホヤされたいだけだろ。本当に成功するやつっていうのはやりたいことやってたら有名になるし、結果的にチヤホヤされるだけなの。情熱的に何かに打ち込みたい、って思うんじゃなくて打ち込んでたらいつのまにかのめり込んで情熱的になってるんだよ。
だからおまえとはそもそも順番が違うんだよ。」
彼の満足そうな顔とタバコの煙が僕の神経を逆撫でしたが、ここで声を荒げ、彼の胸ぐらでも掴もうものなら図星だったということが明白になってしまうので可能な限りの落ち着いたトーンで
「そうだよね。じゃあどうしたらいいと思う?」
ともう一度彼に答えを求めてみた。すると彼は待ってましたと言わんばかりに体を前のめりにして
「じゃあ、なっちゃうか」
と答えた。
「なっちゃうって何に?」
「だからお前の望むチヤホヤされる人に」
「は?どうやって?」
「任せろ、俺のブレインにはバッチリ計画が入ってるんだよ」
そういうと彼は携帯を取り出し、素早いフリック操作でどこかにメールをした。今時メールなんて珍しいな、と思ったがそこにはつっこめる空気ではなかった。
そのメールを送り、彼はすぐに立ち上がり
「1週間後の今、20時18分がスタートだ。
楽しみにしておけよ。」
「なんのことd・」
僕が言い終わる前に彼は残っていた2杯目のビールを一気に飲み干し財布から2千円を取り出し、そそくさと居酒屋を出て行った。
僕は彼の跡を追いかけようかと思ったが、
彼の高揚した表情と期待感を煽る言葉から
今は追いかけず、彼の思うままに動いてもらうことが賢明な判断ではないかと感じ、
その場を離れなかった。
彼の頼んだ鉄板餃子は机の上で冷め切っていたが、僕の心は何故かたぎっていた。
人生を諦め、タバコで寿命を縮め続ける彼がこんなにも今を楽しんでいる瞬間を見たことがなかったからこそ、僕は彼から彼にとっての生きがいを貰えるのだと確信していた。
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