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平成の大晦日だけれど

平成が始まった31年前の1月は、テキサスにいた。中学校のRegion Bandという、オーディションを経て選抜され、学区を跨いで編成される室内楽団の練習後だった。学区をまたぐ為、練習時間は夕方から夜3、4時間だった。指揮者は毎年違う人が選ばれ、一週間くらい全体練習したのち、コンサートが開かれる。冬の恒例行事だった。

夜間の練習のため、練習後は親が車で迎えに来てくれていた。なんせアメリカ南部の片田舎。バスとか電車とか、公共交通機関なんて一切ない。ってかそもそも、夜に中学生が外をほっつき歩いていたら捕まるし。

同じ選抜メンバーの中に日本人も何人かいて、練習後に各親が口々に「昭和が終わる」みたいな話をしていた覚えがある。

ほぼ住んだことのない国のことだったので、「ふーーーーん」くらいにしか思わなかった。だから、自粛モードで経済が停滞しただの、あれこれイベントが中止になっただのという情勢を、わたしは知らない。

どちらかといえば1989年は、発足したてのブッシュ政権のもと、リビアの空軍機撃墜事件やら、パナマのノリエガ将軍への攻撃やら、やたらときなくさい軍事侵攻が多かった記憶の方が強烈で、元号が変わったことについては、あの夜の数分の立ち話の記憶しかない。東海岸や西海岸と違い、日本のテレビ放送も無かったからなおさらだ。

なので、この元号の変わり目がとても新鮮に感じられる。いや、まだなんとなく実感が湧かない。不思議な感じ。ポカーンとしている。

4月は締め切りがあったので、あまり外に出ず、よって平成終わりの街の雰囲気を感じる機会も少なかった。でも、たまに出ても、あんまり終わりの感じもしなかった。みんな、現実感がないのかな。それとも、いつもこんな感じなのだろうか。12月31日が近づくにつれて街がちょっと浮き足立つ、みたいな毎年の大晦日の感じは、元号の変わり目には無いものなのかな。テレビではやたらと平成最後祭りが繰り広げられているけれど。

それでも神社へお参りに行けば注連縄が打ち立てになっていたりするし、皇居ランへ行けば、海外メディアがあちこちで実況中継をしていたりする。着実に令和は近づいている。

せめて明日は部屋を片付けて、心機一転の雰囲気を出そう。そして変わった後と前との雰囲気を感じてみよう。

明日、明後日は、雨。清めの雨。遷宮の日に雨が降るのと似ている。清められた後の日々はどんなだろう。




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