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夕暮れ

「あの、すみません」

縦長の本に没頭していたわたしは、びくっとなる。

「どちらかに詰めていただけませんか?」

控えめに、でもはっきりと声の主は重ねて尋ねる。

見上げると母娘が立っていた。長いカウンター席のわたしの両隣は空いていて、どちらかに詰めれば、彼女たちは座れる。だが、右隣の席は荷物を置くにはやや狭く、左は照明があたらない。逡巡していたら、左側の空席のさらに左側のご高齢の男性二人が、声をかけてくれた。

「こちらが一つずれますよ。電気の具合があるでしょう?」

並んで空いた席に荷物を置き、ぺこりと挨拶をしてからレジに向かう母娘。こちらとも会釈を交わした後、男性二人は会話に戻る。

程なく、注文を済ませた母娘が戻ってくる。

男性二人も、母娘連れも、それぞれの会話をそれぞれに再開する。先ほどの暖かな瞬間は、ポンっと弾けてすぐ消えた。

見知らぬ土地での夕暮れ時。夏が、もう終わる。

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