UMATAKAデザイナーズノート(その2)

こんにちは。銅鐸舎代表のナポポラです。
前回、UMATAKAのメインゲームデザイナーである無界さんにデザイナーズノートを書いていただきました。
思っていた以上に好評でびっくりです。今回はデザイナーズノートその2ということで、私の方からUMATAKAのコンセプトについて説明します。
その1を読んでいない方はまずそちらを読んでいただけるとスムーズです。

なお、今回もまたボードゲームの専門用語が多用しているので、ボードゲームをある程度遊んでいないと理解しづらい文章かもしれません。ご了承ください。

自己紹介

こんにちは。ナポポラといいます。
高校生のときにボードゲームにハマり、昼休みや放課後にずっとゲームばっかりやってました。そのころはカタン、プエルトリコ、ニムト、ボーナンザ、シュティッヒルン、クク、バベルとかを繰り返し繰り返し遊んでました。部室に置いといた「決算日」(デロンシュのやつ)が盗難にあったのも今はいい思い出。
それからなんだかんだ長く細く、ときに太く、ボードゲームを趣味として続けてきました。
あくまで遊ぶ専門で、ボードゲームを作るのはUMATAKAが初です。

無界さんはボードゲームを通じて大人になってから知り合った友達です。最近は一緒にUMATAKAとテラミスティカしかしてないので、ボードゲーム友達なのかどうかもすこし怪しいです。

★好きなゲーム
・プエルトリコ
・ボーナンザ
・コズミックエンカウンター
・オーディンの祝祭
・アクアスフィア
・エルフェンランド
・クニツィアのゲーム全般(3号ぐらいまで好き)

UMATAKAのコンセプト

このゲームを作るにあたって、最初に決めたコンセプトは以下の2つでした。
1. K池さんが年に一回棚から出してくるゲーム
2. 博物館のミュージアムショップで買った人がボードゲームにハマるきっかけになるゲーム

K池さんが年に一回棚から出してくるゲーム

K池さんって誰やねん。いきなりハイコンテクストな話で恐縮なのですが、このゲームのコンセプトを説明するときに大事なことなので書きます。

K池さんという人がいます。私のボードゲーム師匠のような存在で、メビウス便の第一回からずっと会員を続けている超ベテランのボードゲーマーです。
めちゃくちゃアクワイアが好きなのに勝ってるところをほとんど見たことない、おちゃめな人。あとボードゲームをほとんど手放さないので自宅の倉庫部屋が宝の山みたいになってる。

K池さんとはゲーム会やプライベートでよく遊ばせてもらっているのですが、ちょくちょく「懐かしの良作」的なゲームを掘り出してくるんです。
たとえばダイヤモンドクラブ、たとえばサンスーシ、たとえばフレスコ、たとえばエスナプール宮殿。うーん、いい趣味してますね。※個人の感想です
複雑すぎたり長時間すぎたりせず、個性的なルールがあり、幅広い層が楽しめるボードゲーム達。で、これらのゲームは数回遊ばれたあと、棚に戻ってしばらく登場機会がなくなって、1年後ぐらいにまたひょっこり出てくるんですよね。
発売後にワッと遊ばれたあとすぐに飽きられて二度と遊ばれず中古市場に流れていくゲームも多いなか、K池さんが持ってくるゲームのような、末永く緩やかに遊ばれ続けるゲーム。ゲーム棚にずっと並べられていて、年に一度ぐらいのペースで「そういえばこれおもしろかったなあ」と登場機会があるゲーム。そんな感じのゲームを作りたい、というのが最初のコンセプトのひとつでした。端的に言えば「K池さんが買ってくれるゲーム」ということです。せっかく作るなら身近な人に楽しんでもらいたいですし。

K池さんが買ってくれるゲーム、というコンセプトはUMATAKAの方向性を考える際の羅針盤としてとても有効でした。ドイツゲームの名作ファミリゲーム、昔のSDJあたりの感じを目指せばよい。脳内のイマジナリーK池さんを思い浮かべながら、以下のような方針をたてました。

  1. プレイ時間は60分、長くても90分ぐらい

  2. 目標が明確である

  3. ほどよいインタラクションがある

  4. 小さい文字がない(なるべくアイコンで表す)

  5. 派手なコンボ要素がない

  6. ややこしい個人ボードがない

  7. 個人目標がない

  8. 個人能力がない

  9. アートワークで奇を衒わない

4番以降は縛りみたいなものですね。初めて作るゲームということもあり、制限が多いことが逆に補助線として迷いを無くすことに役立ちました。

特に、6と7と8については強い縛りでした。昨今の中量級〜重量級ボードゲームは、個人ボードでのパズル要素とゲームのセットアップ段階での変化によってリプレイ性を担保するものが主流だと思います。私や無界さんもそういうゲームは大好きで「テラミスティカ:革新の時代」は繰り返し遊んでいます。
ただ、そういったゲームは裏を返せば、頻繁に何度も繰り返し遊ばないと真価を発揮しづらいともいえます。自分のゲーム棚を見渡しても「推奨セットアップ」で1回遊んだきり、それ以降遊んでないゲームが結構あります。(2回目以降に遊ぶときも、初プレイの人がいる場合は結局「推奨セットアップ」を使ってしまうのでなかなか他のセットで遊べなかったり、あるあるかと思います…)
最近は毎月たくさんの話題作が発売されるので、それも致し方なしな状況ではありますけどね。
それよりかは、ゲームの準備やルール説明をシンプルにして、数回遊んだら満足して、棚にしまわれたあと1年後にリプレイされる、それぐらいのゲームを目指そう!というのがUMATAKAのコンセプトです。
※そもそもマルコポーロの旅路やテラミスティカみたいな魅力的なルールをバランスよく作るノウハウは無いという事情もあります

これが1つ目のコンセプトです。

博物館のミュージアムショップで買った人がボードゲームにハマるきっかけになるゲーム

火焔土器のゲームを作ると決めた段階で、与太話として「将来、ミュージアムショップに置いてもらえたら楽しいよね」みたいなことを言ってました。
もしそれが実現したら、ボードゲームを普段遊ばない人がUMATAKAを遊ぶことになるかも!そんでもってUMATAKAがきっかけでボードゲームにハマってもらえたら最高だね!と妄想は進み。その妄想が前提となり、ゲームのコンセプトとしては以下の方針を立てました。

  1. ルールはできるだけシンプルにする

  2. ネガティブな気持ちになる要素を減らす

  3. 木コマを使う

1については、ルール量を減らすだけではなく、処理の順番などで混乱が生じにくくすることをかなり意識しました。
UMATAKAは手番で「配置アクション」→「探索アクション」→「制作アクション」を順に行います。これらの順番をプレイヤーが”入れ替えたくなる"ことがないようにルールを検討しました。
たとえば最初の「配置アクション」で選べるアクションは、手元の資源を支払うものは存在せず、必ず何かを"得る"効果のみにしています。「配置アクション」で資源を払うアクションが存在すると、次のアクションである「探索アクション」で得た資源を支払いたくなる場面が出てきます。そういった無用な混乱をそもそも生まないようにしています。

例:「配置アクション」で木材を粘土に変換するアクションを使いたいが、手元に木材はない。しかし、次の「探索アクション」で木材を得ることができる。このとき「探索アクション」の木材を「配置アクション」で使えないか?とプレイヤーは(ルールでは禁止されていても)つい考えてしまう

同様に、最後の「制作アクション」は、手元の資源を支払うのみで、資源を得るパターンが無いようにしています。これによりプレイヤーは

  • 最初の「配置アクション」では資源を得る

  • 次の「探索アクション」では資源を得たり変換する

  • 最後の「制作アクション」では資源を支払う

という流れだけを意識すればよくなり、ゲームに集中しやすくなっています。UMATAKAはワーカーをどこにどれだけ配置し、どの土器を狙うか?ということがおもしろさのコア部分なので、それ以外のノイズになりそうな部分はなるべく排除しました。
※もちろん「あっちが立てばこっちが立たず」的な資源管理のゲームもそれはそれで楽しいものです

2については、デザイナーズノートその1の補足にも書いたのですが、たとえば狙っていた土器(得点タイル)を他プレイヤーに取られても、少し得点が落ちるだけで、当初の計画通りにやろうとしていたこと自体ができる。などといったことを意識しています。
メインシステムのワーカープレイスメント自体が、各プレイヤーの短期的な計画に基づいた椅子取りゲームであり、取った取られたはそこそこのストレスになります。それに加えて長期的な計画であるリソース収集→得点化についても他プレイヤーとの取り合いになるのは、ストレスが大きくなりすぎるので避けた方がいいと判断しました。
他にも「制作アクション」実行時に何も作れるものが無いとき、代替手段として貴重な資源である"霊感"を得られるようになっているのも同じ事情です。せっかくの機会をみすみす逃すのは誰だってイヤですが、かといってその代わりがショボいとそれはそれで惨めです。評価軸が違う価値のあるものを入手できることで、"失敗"ではなく"次の機会を狙う一手"という気分になれると考えました。「しゃがみ」の概念を知るきっかけにもなるかな、とも。

ストレスがまったくないゲームはそれはそれで味気ないものです。最初に触れる(可能性がある)中量級ゲームとして、適度なストレスに収まるような調整を意識しました。

3については、やっぱりボードゲームって木コマの手触りが欲しいよね。という個人的な信念によるものです。人形の木のコマをボードに置いて、資源の木のコマを手元に貯めて、それを使ってアレコレする。というのはデジタルゲームではまだ実現できない、現実空間でのボードゲーム固有の楽しさだと思っていまして、私が好きなドイツのゲームってのは木のコマを使うもんなんだよ!というこだわりを、より多くの人に伝えたい気持ちがあります。
そのため、木のコマを使うことは最初から確定事項だったので、クラウドファンディングでのストレッチゴールによるアップグレードなどにする選択肢はありませんでした。そのせいで製造原価が上がってしまったんですけどね…

おわりに

長々と書いてしまいましたが、UMATAKAをこういうコンセプトをもとに作ったんですよ〜というのが少しでも伝われば幸いです。
最後に、このnoteに書いたコンセプトは、UMATAKA基本セットについてのものです。拡張セット『火焔型土器と王冠型土器』については、まったく別のコンセプトで作っています!


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