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頭がねじれる、右へ、左へ

 水晶には右水晶と左水晶とがある。結晶構造の螺旋が前者は左回り、後者は右回りの水晶であることから分別しているが、呼び名で左右が逆転しているのは、この構造によって旋光の回転方向が前者は右回り、後者は左回りになるせいである。分子の世界ではこうした鏡像のような対をなしているものがいくつもあり、場合によっては対の一方は無毒なのに、もう一方は有毒というものもある。

 SNSの投資広告詐欺が多発しているとの注意喚起が叫ばれる最中、一挙七億円を失う事件が報道された。しかし持ち主は70代の女性と聞き及び、何となく釈然としない気分の宇宙人。どうして一人でそんな大金を保持できたのか。大多数の庶民は物価高に喘ぐ家計状況だというのに。そしてその七億を不労所得として更に増やそうとしていた老人の性根を思い浮かべ、今度ははっきりと不快感を覚える宇宙人。悪いけど全然同情できないな。ガメ過ぎなのだ。お金は回さずガメると醜悪な事態を招くのだ。だって老人でしょ? 子供や孫に気前よく分け与えたり、家族がいなければ世間の下の世代の応援に当てたりしても、この額を自由に使えるほどの資産家なら老後は既に安泰だろうに。
 算命学者の宇宙人は想像する。家族や社会に還元せずに一人で大金をガメる老人の生き方自体、概ね世の批判に値するものであり、要するに皆に嫌われていて、そんな本人も誰かを信頼するということができず、結果的に大金を保持しても使い道が自分に限られ、余りを放出せずガメるせいで益々周囲の顰蹙を買った。そんな負のオーラがSNS詐欺師の負のオーラと共鳴して呼び寄せてしまった。つまり自分自身の行為が詐欺師を呼び込んだので、自業自得であり、だから同情に値しない。むしろ詐欺師に盗まれて正解だった。なぜならこの詐欺師は盗んだ金を豪遊でも何でもして使うだろうし、それによって金が社会に分配される手助けになるはずだからだ。このような図式を思い浮かべて頭のネジレがほどける宇宙人。皆さんはどうですか。特にネジれはしませんか。それともやっぱり宇宙人だから地球人の感覚とは違うのでしょうか。
 もしかしたら、詐欺被害に遭った老女を気の毒に思った誰かが老女を気遣って訪ねて来るかもしれない。そして老女はカネ目当てでない人の訪問に態度を軟化させて、他者と信頼関係を築くきっかけを得るかもしれない。その方が人生としては上等だと、算命学は考えるのだが、まあ知らないよ。七億円失ってもまだまだカネが余っていて生き方改変には及ばないかもしれないし、詐欺に遭って弱っているところを更に足蹴にする厳しい世間様に囲まれているかもしれないし、いやいや全然そうではなくて、子にも孫にも愛された立派な人物であったのが、うっかりミスで七億ポチっと押してしまっただけかもしれない。さあどれが一番頭がねじれる情景で、どれが一番しっくり来てねじれがほどけるのか。

 先日紹介した坂本龍一の没後出版された回想禄『ぼくはあと何回、満月を見るだろう』で、ナンシー・ウッド著『今日は死ぬのにもってこいの日』が取り上げられていたので読んでみた。この本はアメリカン・インディアンの生き残りの老人を取材した内容に基づく詩集で、ヨーロッパからやって来た白人によって先祖伝来の土地を奪われた原住民が白人をどう見ていたかや、彼らの価値観が白人のそれとどう違うのかを、素朴な言葉で表現している。宇宙人はこの本に書かれている価値観の方が日本人の価値観に合っているように思えるし、日頃から我が頭をネジれさせている現代の社会通念がひび割れて、ネジれがスポンと音を立てて飛んだ気がして爽快だったので、ここに一部を抜粋しておくよ。興味が湧いたら是非全編読んでくれなのだ。詩集だから大して時間はかからない。

――白人の困ったとこ、どこか君知ってる? 連中は根なし草なんだ。いつもどこかへ根づこうとしている、ところが連中、すぐに風に吹き飛ばされっちまう、なぜってやつら、脚に「車」くっつけて生まれて来てるんだもんね。――

――彼ら(白人)はずいぶん昔から、わたしたちのところへやって来ては、みんなが同じ顔になるように、わたしたちを丸め込んで白い顔にしようと懸命だった。わたしたちは、このわたしたちを変えようとする彼らの固定観念、わたしたちの土地を、「利用」と呼ばれる言葉で割り切ろうとする彼らの固定観念が、よく理解できなかった。そしてもうひとつ、わたしたちのものではない考え方に沿って、わたしたちにもものを考えさせようとする固定観念、これも同じくわたしたちの理解を超えていた。――

 どうですか。「そうだ、そうだった。心当たりがあるぞ」という気分になりましたか。それとも全然思い当たる節がなくて「何言ってんのこの人」って感じですか。どうなのだ、地球人の皆さん。心当たりのある人は、冒頭の七億円詐欺についても宇宙人と同じような感覚になったのではないですか。一カ所に所有されていた七億円は悪人の手に渡ったのではなく、コマギレになって社会に広く拡散されたのだと。だとしたら詐欺師たちは悪人どころか善人ではないのか。皆さんの頭のねじれはほどけたかい。それとも更にねじれたかい。ここは土星の裏側。右水晶は右回りに光を放ち、左水晶は左回りに光をひねる。

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