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UFOではなかったが

 特に釣り好きでもない宇宙人が網走湖の氷上ワカサギ釣りを楽しんだことを周囲に語ると、体験者はみな同意してくれた。「あれ意外と楽しいんだよ」。一匹釣れるまでが辛抱だが、釣れると二匹目からは期待でワクワク感が増す。しかもその期待はそれほど外れない。「辛抱した後の収穫」が楽しいのかな。宇宙人の頭の中では能『鵜飼』のサビが再生される。

〽おもしろの有り様や、おもしろの有り様や。底にも見ゆる篝火に、驚くうおを追い回し、かづき上げすくい上げ、ひまなくうおを食う時は、罪も報いものちの世も、忘れ果てておもしろや。

 鵜飼の風景はザバザバ騒がしそうで、氷上ワカサギ釣りの静寂とは違うが、魚を獲る側の人間としては同じ心境なのかもしれない。実際、時間を忘れたし、うっかり釣られてこの後天ぷらにされる運命となったワカサギたちを気の毒に思うより、「活きが良くておいしそう」という気分の方が何倍も大きかった。「罪も報いも忘れ果てる」とは言い得て妙。さすが能なのだ。

 さて流氷はまだ海を埋め尽くしてはいるが、春は確実に近付いている。宿と提携している流氷ダイビングの店が2月一杯で営業終了するのに合わせ、宿の業務もほぼ終了し、宇宙人も撤収である。最後の遠出に、摩周北創窯という京都からの移住者の開いた陶芸店で陶芸体験を試みる宇宙人。摩周湖ブルーと名付けた陶芸職人オリジナルの釉薬が気に入って、その色を目当てにカップ・お皿・ぐい飲み・豆鉢をろくろで作る宇宙人。焼くと縮むので予定のサイズより大きく作る。実際の出来栄えがどうなるかは焼き上がってからのお楽しみ。焼成は二か月後で、郵送してくれる。のんびり待とう。

 出立日の朝は五時前に目が覚めた。窓の外に星が見えたので、上着を着て外へ出る宇宙人。この星空ともお別れか。お、北斗七星がくっきりだ。その左手にオレンジ色の、多分アルクトゥルス。その下には明るい星が…あれ? 右から左へ動いてる? 流れ星の速さではない、ゆっくりだ。あ、その後ろにも同じく動く星が。あ、その後ろにも、そのまた後ろにも。なんじゃこれは。一列縦隊でどんどん出てくる。等間隔だし明らかに不自然。もしかしてUFO?
 心をときめかせる宇宙人。山小屋に泊まるとUFO目撃談を結構聞かされるので羨ましく、いつか一度は見たいと思ってきたが、遂にその時が? アルクトゥルスを目印に数えると23個もあった。先頭は東の空へ向かい、その後ろに続く隊列も夜明けの光に向かって消えていく。2分間ほどの天体ショーに寒さを忘れる宇宙人。
 UFOかもしれない目撃情報を持ち帰ると、ワカサギ仲間曰く、「それはスターリンクの衛星ですよ。この日のこの時間に北海道で見えるという予報があったから」。へえ、スターリンクってこんな風に見えるのか。打上げ直後はしばらく一列に並ぶので銀河鉄道との愛称がある。でも見える時間や場所は限られているし、晴れてないと見えないから、宇宙人はラッキーということらしい。UFOでなくて残念だったが、綺麗な光景であった。勿論撮影はしていない。偶然だったからね。画像はその日のフライトの窓から見たエア・ドゥのマスコット「ベア・ドゥ」と女満別空港周辺の上空。

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