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無糖酸

あらすじ

二○二二年…
今年から大学生になる予定だったカズシは悩む。
兄との関係にピリオドを打ちたかった。
一方、高校一年生となったリウネは信頼している兄のように強くなると学業と格闘技に打ち込む。
他者との関わりが苦手なカズシは悪魔との取引に応じることになった。
リウネはそんなカズシのやり取りを目撃してしまう!
それが今回の物語の始まりだった。

―二○二二年八月

今、拳銃を構えている少年達がいる。
どちらが先に引鉄を引くのか。

「あんたが関わらなければ俺は安心していられた!」

高校一年生といってもまだまだ幼い。
カズシもそんな時期はあった。
だからこの少年を打つのは気が引ける。
この少年より小さい弟が居るからだろう。
それでもカズシは彼を撃たないという選択肢は無い。

「悪い。これが先輩として俺がやれる事だ。」

―話は二○二二年五月に遡る

溶多摩ときたまカズシ、齢18。
最後の高校生活を無事に終えて新たな生活への支度をしていた。
物価が上がるばかりで安い時給に文句を言いながら、バイトをしつつペットボトルで炭酸水を飲んで

「今日も酔いに酔った!」

と友と語らう時期ももはや思い出だ。
家庭の関係で大学への進学は悩みに悩んでやめてしまったが未成年(※敢えてそう若さを鯖読む)で会社員として働くのも悪くない。
それにカズシには兄がいる。
何人兄弟かはコンプラを守る為に敢えて言うのは控えるが二番目に生まれた長男。
そいつが俺の兄、ツヤビだ。

元々は格闘技に明け暮れていて、カズシもネット番組なんかでお呼ばれされたこともあった。
ウブな年頃だったからその時は満更でもなかったが、今の兄は荒くれている。
誤解されがちだがカズシは穏便な学生だ。
日本は遅れていて、兄弟や姉妹はひとくくりにされるものだ。
都会で育ったのにある時近所にいたおばさんに噂された。
ああいうのをドラマ以外でもあるんだとカズシは話のネタとして蓄えていたが。
だから必死に勉強して遊ぶ為に大学へ行こうとしたが流石に資金が足りなかった。
親は必死で働いて俺達を育ててくれているし、昭和に生まれながら悪態をつくことも甘やかすこともなく愛してくれた。
だから兄、ツヤビの売り方が許せないのだ。

カズシには高校卒業後にも友がいる。
陰湿な狩野と、豪快な河道こうち。そして一般的な里了図さりすくん。
カズシが資金不足だが狩野に勉強を教わって大学へ行けるのが羨ましいとぼやいたら

「学歴っていうのは武器なわけ。
選択肢を増やすための。
学生運動の時の醜い人達は学歴があったから馬鹿やってたの。
そうじゃない人間の方がよっぽどまともに耐え忍んでいた。
それに大学も不景気だから強制してくるの。
入りたくても入れない人達のことを考えない老人なんて相手して欲しくないよね?
要するに奴らは介護して欲しいだけ。
だから私達若者が新たな良識を守って、大切な命を守って行けたらいいよね」

狩野はそういった。
これはこれで結論が出ているじゃないか。
どこまでいっても人間は終わりしか見えないと。
世も末だが狩野もストレスが溜まっているようだし説得力もあるから適当に相槌を打った。
けれど兄の傍若無人なある種格闘家として正しすぎる生き方が酷く滑稽に見えてしまったのだ。
そんなの学生運動をやっていたり、デモで自己満足する他国のマジョリティと何が違う?
カズシは絶対にそんな毎日は嫌だ。
アラサーになっても昔からサイトを更新して才能もあるからと公式からお目こぼしを貰うフーリガンみたいな気色悪さも嫌いだし、くだらない才能をひけらかして教祖になるのも嫌だった。

大学生になって適当に就職したい。
それが親に報いる最適な新成人の願いだ。

「ナラ、チカラニナロウ…」

どうやら疲れ切っているらしい。
どこからか声がする。
まさかな。
カズシは自分としたことが妄想に浸るなんて。

「コ コ 二 イ ル ゾ~」

うわあ!
そういえばカズシはトイレで物思いに耽っていたのを思い出した。

「モウ五月ナノ二ダイガクヘハイリタイカ。
アキラメラレナイソノワカサ、キニイッタ。」

動けねえ。
なんと黒いオーラだ。
一つ目の存在はギョロギョロとカズシを見ながら笑っている。

「ネガイヲカナエテモイイガ、ヤッテモライタイコトガアル。」

一方的な悪魔だな。
こちらの望みを叶えるといいながら自分の条件を話してきた。
カズシはこのような面倒な輩を兄を通してみてきた。
この悪魔の話は鵜呑みに出来ない。

「トツゼンデテキテジャジャジャジャーンナアクマノイウコトハキケヤシネエモンダヨナ。
タメシ二オレノチカラデネガイヲカナエタヤツノビジョンヲミセヨウ。」

そういって悪魔は掌から回想シーンを生み出した。
そこに見えるのは狩野だった。
彼女は大学への推薦をもらったと言っていた。
しかしここではこの悪魔と狩野のやり取りが見える。
詳しいことは分からないが大学への入学でこの悪魔の力を使い、面倒なやり取りを打ち消したようだ。
彼女が大学入試を無事合格したのはカズシも見ている。
この悪魔が協力したのは学費だ。
学費をチャラにしたようだ。

「マア、タイカハモラッタガネエ。」

気味の悪い笑い声だ。
そこでカズシは悪魔に尋ねる。

「俺は何をしたらいい?そりゃあ大学へは憧れているがもう会社員だ!
他の選択肢は自分で選ぶ。」

「ダガケネンザイリョウガアルダロウ?」

懸念材料か。
ツヤビ!

「ウレッコノアニガカゾク二コウケンシナイノハユルセナイヨナア?」

違う。

「家族っていうのは選べないコミュニティだ。
そんなことは俺たちを産んだ親がよく理解している。
だから親は自分達の苦労を俺達にさせないように黙々と支えている。
だが兄のツヤビは関わる人間を間違えて変わってしまった。
だがそれも幸せの一つの形だ。
俺に叶えたい願いは無い。
去れ!」

「シアワセ…カ…」

悪魔は身体を震わせている。
分かっていたがこの悪魔はエゴイストだ。

「イイカ?シアワセトイウノハオマエラニンゲンゴトキガテニイレテイイシロモノデハナイ!ヨボヨボ二ナッテマデアサイイキカタシカデキヌクズガ!
テメエラゴトキセンタクシノナイルイジンエン二ナニガワカル!」

ほらね。
こいつはカズシを脅しにきた。
明らかに最近の地上波で放映されている感動路線のホラーの異形の者とは違うのだ。

「分かったよ。
お前の望みを叶えるしかないんだろ。
だが一方的な契約ではなくて俺の望みを叶えてくれるのか。」

面倒なことになった。
それから俺は拳銃を渡された。
唐突だなオイ!

「ターゲットはお前の後輩だよ。」

「今度は流暢な日本語か。もう、俺は逃げられないんだな。」

ここから俺は悪魔の計画に加担することとなった。

―ついに夏休み

すまし リウネは今年高校一年生となった。
中学時代は兄の偉大さに惚れ込んで子供の頃から打ち込んだ格闘技でプロとなった。
身体も出来始めて嬉しくもあった。
本当はスポーツは苦手だが、スポーツがあるからこそゲームが楽しめるのだ。
プロ格闘家として名声を掲げた兄は言っていた。

「自由には反動を乗り越えたからこそ深く味わえる。
無理はするなよ。
その反動が間違えば狂うから。」

と、その時はらしくないことを言っていたっけ。
そんな環境で育ったからか、勉学意欲は他の生徒よりもあるかも知れない。
勿論あまり自慢はしないが。
それにリウネは本人の歴史がある。

清家は代々悪魔…この国では邪気を払うイタコの末裔だった。
今でこそ強制はされていないが兄とリウネは霊が見える。
格闘技でもこれが活かされていて、友達の格闘家やジムの先輩がスポンサーや他のジムや他国との関係を形成する時にリウネがその人達の邪気を判別して助けている。
良くないスポンサー達が味方に手を出す時はリウネも少し豹変する。
悪意あるスポンサーがつまらないものですがと言うのならば

「つまらないものにはメーーーーン!アンドチェスト!」

とプレゼントを叩き潰し、

「汚ったないですねぇ!あっちへおいき!」

とオネエ言葉を利用して蹴散らす。

ライセンスに引っかからず身を守るにはウチに潜む狂気が大事なのだ。
まあ味方からも最初はドン引かれて孤独も経験したが今ではリウネの力が重宝されている。

「リウネって最近知ってる?」

友達が話しかけてきた。
なんだ?
面白いコンテンツの話か?

「実はウチらの先輩が前例のない学費免除を受けてるって。」

「推薦なんだろ?そういう大学なだけだよ。」

「それだったらリウネには話さないよ。」

おいおい。
いきなり?
いきなり幽霊関連?
もう雰囲気で察しがつく。
それから友達の話を聞いたがきな臭い存在を感じる。
だがリウネ達には関係の無いことだ。
先輩が異形の力を利用しただけのこと。
人間は弱いからね。
それにリウネは見逃していたことがあった。

―二○二二年六月公園にて

リウネはトイレを探していた。
兄とアメリカ修行に行った時にあまりにもトイレが少なくて漏らしかけて間一髪で助かったことがあって以来、出かける時にトイレチェックは欠かさなかった。

ここはよくアレが流されていない。

とか、

ここはよく清掃が多くて使えない

など。

公衆トイレからテレビ局のトイレまで徹底的に調べていた。
漏らすより恥ずかしい人生はないのだ。
小学三年生くらいなら笑えるがだんだん圧力をかけさせられる。
どの国でも。

「漏らすな!」

とな。

個人情報や親友とのやり取り、あるいは自分の趣味。
漏らしていけないことは沢山ある。

それは置いておいてリウネはようやくいつもの公園のトイレの空き具合を確認し、用をたそうとすると知り合いが入っていた。
兄の格闘技仲間の身内で弟だ。
最もリウネからすれば三つ上で同じ高校の先輩だ。
別に仲は良くない。
けれど知らない仲じゃないから遠慮なく隣で用を足せる。
そうやってこっそりと個室トイレへ入るとかつてない邪気を感知した。
そしてあの人は契約を交わした。
契約の主は確実にリウネの存在を知っていた。
だが見逃されたのだ。
怖くてリウネは動けなかったのだが。

―自宅にて

リウネは銀銃を仕込んでいた。
あの悪魔の契約内容は

「契約者の兄の消去の引き換えに清家の抹殺」

だった。
まさかあの人が自分の兄に恨みを抱えていたとは。
勿論兄弟姉妹あるあるだからそこは問題じゃないが、ここで自分達の家系抹殺とは思わなかった。
あの悪魔…『ムトーサン』と呼ばれる異世界の住人は一方的な契約を様々な生き物と結んで力を溜め込む存在。
日本でしか活動しないらしく、少子高齢化の関係でよくターゲットにする子供には近づかなくなったと親戚や協力者からの情報があったが…。
まさか対象年齢を少しあげたのか。
試合も近いし、時代的に自分達の霊能力は使わなくていいと思っていたのだが。
あそこのトイレに入るんじゃなかった。
しかし放置は出来ない。
命を狙われているのだから。

リウネは夕方、廃校となった場所であの人が現れると踏んで銃を構えて移動していた。

そして、最初のやり取りに戻るのだ。

―二○二二年八月夕方廃校にて

二人が拳銃を構えて行動を伺う。

「最初から俺が来ることは分かっていたのか。」

「悪魔が教えてくれたからさ。
まさかリウネに霊能力があったとはな。
偶に変わった行動でスポンサーやファン、他の格闘家を追い出していたと兄から聞いていたが…いい能力だ。」

「格闘技をやめて就職したと聞いたからあんたはもう真っ当だと判断していたのに。
そこまであのツヤビって人を憎むか。」

「お前の兄と俺の兄は出来が違うんだよ。俺があいつを敬うことは無い。これからもな。」

「だからって巻き込むなよ。
いや、巻き込んだのはそこの悪魔だよな。」

そうだ。
あの人は悪くない。
非はあるが強制されたのだ。
悪魔でなくても人間には枷が多い。
行き過ぎた倫理や多数派の幸せやノイジーマイノリティの不幸とか。
だからかな。
俺はこの人を助けたいと思っているのは。

「環境が普通と違うのは俺もなんだよ。
カズシ先輩ならわかってくれると思っていたけれど、物事はそう上手にはいかないものね。」

カズシから脂汗が流れた。
そう。
このモードになったリウネは強力だ。

「ムトーサンよ!霊能力者のアタシが蹴散らしてくれるわぁ!」

銀銃へカズシでも視覚化されるオーラを纏っていく。

「ナ、ナンダト?スマシケノチカラハヨワマッテイルハズ!ダカラコノニンゲンヲリヨウシテ…」

「汚ったないですねぇ!ここで死んでもらいます!」

引鉄を引いたのはリウネだった。
カズシは動けず、悪魔を倒させた。
廃校では男子と青年が残った。

―その後

シュッ、シュッ!

いつものようにリウネは身体を鍛える。
これからは霊能力も必要になったのでそっちの修行も兄とすることになった。
カズシ先輩はあれから姿を見せない。
多分なんだかんだ働いているのだろう。

「や、やばい!ジュースを買いに歩いていたら便意が!」

リウネはトイレが近すぎる。
交通機関を使っている時や賞味期限切れの牛乳を飲んでも平気なのだが。
きっと生まれながらの第六感のせいだな。
そうだ、そうに違いない。
いつものトイレに行くとカズシ先輩もいた。
まさかまたあのやり取りを聞くのでは?と焦った。
すると

「そういえばあの時にリウネもいたのか。」

「あ、その…漏らしたくないんで募る話は後にしませんか?」

「悪い。」

そうしていつも通りの日常へ戻ったのだった。
もう霊関係はやめてくれよと内心願いながら。

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