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からあげ

私の人生は唐揚げが四割くらい…でした。
もっと言えば私の人生はラーメンが六割…だった。

カップラーメンを初めて食べた時に

「こんな美味しい食べ物がお湯とこの値段でいつでも楽しめるの?」

と我ながら純粋にも程があるエピソードもあるのですが、母方祖父が母方祖母と私達をよく車に乗せて色んな店に連れて行ってくれてました。

学校の体育はトラウマレベルですし、そこでしか競う合う事が出来ない義務教育時代のヤンキーも優等生ももし、何食わぬ顔で再会したら

「ポキュパインって知ってる?」

と言って針を用意し後ろから攻撃したい程に許せない連中への怒りは習得する程度のものでしたが、
アウトドア自体は好きで、クマの恐怖に怯えながら楽しむ昆虫鑑賞や鳥の囀りで癒され、ちゃんとしたテントを張って美味しい料理を楽しむ「キャンプ」やソロ二郎ラーメンを敢えて麺を写真に撮らず目でも楽しむ日常も、泳げなくても淡々と道を譲る処理をしてくれる年輩者がいるプールも好きです。

ランチについて、ラーメンの方がウェイトを占めていますが、唐揚げは偶にしか家で食せなくて食べられる機会があれば喜んでいました。

五年前くらいに唐揚げ屋を見つけて頻繁に通ってたっけ。
Z世代かミレニアル世代か分からない学生さんが、映画監督と役者を足したような雰囲気で私が忘れ物をした時に届けて下さいました。
それから安くて美味しいというのあってお布施をしていたのですがコロナ禍と唐揚げブームで色んな場所で唐揚げ屋を見かけるように。
別に私は拘りはありませんがどれもチェーン店でして。
鍋料理家が唐揚げ屋になった時のショックやお布施で健康と金銭的余裕を害したので泣く泣く唐揚げから卒業。

桜咲く春ではなくて、雨猛威振るう夏だったからか蝉の声で別れを惜しんでいました。

そういえば卒業ソングって、結構豊富なんですね。
CHiCOさんの「贈り歌」をうろ覚えで脳内に流し二度と行くことはないなと確信。

そういう時に限って唐揚げ屋を目にしますがもうすっかり背景。
好みの問題ではなくて、キリがないから諦めた形です。
そんな恋愛すらした事がないのにしたんじゃないかという錯覚を経験しましたね。

ラーメンも今は味が濃すぎて、通う頻度が極端に減りました。
ほぼ思い出深く私の人生には欠かせない食べ物なのは今も変わりません。
そこは別の場で語るとして、唐揚げもその一つ。
そこで、

「酢豚と油淋鶏って優しい揚げ物なんだな。」

だなんて、居なくなって気付く友人関係のようなエピローグもあって我ながら揚げ物に執着していない事に驚いている。

最後の唐揚げ屋での思い出はキックボクシング関係でTwitterを確認し、金子 晃大選手が林 勇汰選手に勝利した日だった記憶。
もしかしたら他の出来事と前後しているので正確な記憶かは私でも不明。

コストカットの世界で生きる一人の人間の物語。
こうやって、終わる日を始まりにしフィルターに捉われない生き方を誓うのはまるでデジモンストーリーサイバースルゥースに存在するロイヤルナイツのデュナスモンではありませんか。

「我が信じる道を貫き殉ずる。自ら選んだ信を揺るがす事無く進んだ結末。
絶え間なく変化によって完結する。」

滅する事とまでは考えていないのは幸い…なのか。

もっと幸いな事は、似たような変化に憂いを抱き歩む方々も存在している事。

それでいい。
いや、それだけ。

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