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怪談・THE私XVIII

※怪談の旬は夏と冬らしい。
蝋燭の灯が消える度、少しずつ夕闇が迫る。
黄昏か、恐れか。

水中の記憶

 この話は、私が小学生の頃に体験した記憶を元にしています。

嫌々習わされた水泳が忌々しい。
溺れた記憶がないのに、夢の中で何度も足を吊る悪夢を見る。

悪夢は不定期だ。
私は才能があるとかコーチに言われて県大会までいった。
勝利の余韻なんて何にもない。

「はい!山場を超えました。」

ただそれだけだった。
別に自慢とかではなくて、私は大のファーストフード好きで痩せられるから通ってるだけで競うつもりなんてなかった。

別の習い事でダイビングをしていて、そこで知り合った一学年上の彼氏がいつも

「配信で何度もダイビングの良さを語るのに疲れたから、ブログ的なものでダイビング経験の影を書いていたら評価されたよ。」

だなんて器用な事をしている事にも驚いたけど、別に競ってるわけじゃないから凄いねと言っておいた。

「県大会を頑張ったところで、それを評価してくれる場が子供時だけなんて酷い話だよね。
すみません、ナゲットもう十ピースくださーい。」

若き乙女は可憐に動き、らしさ忘れて変化ありってね。
スポーツや運動神経というのはガチ勢が競えばいい。
けれど私達は勝利に全く拘りがないわけじゃないから県大会を一番で優勝したわけだけれど。

今時トロフィーだけなんて夢がないでしょう?
本場と日本のいいとこどりをしたファーストフードやソウルフードを楽しませてくれるような場所だったら、趣味も実益も兼ねられるし。

私は運動神経よりも彼氏にエッグベネディクトというファーストフードに似た古き手料理を習得したかった。
料理が出来ない女性が好きじゃないのかもしれない。
あれ?私は競う事が好きだったりするのかな?
まあいいや。

私は池の近くを彼氏と一緒に通った時、気配を感じたので避けた。

「え?なんかいた?」

「い、いや…外来種かなあ、なんて。」

強ち間違いでは無さそうだ。
低く太いウシガエルの鳴き声が響く。

「生物系の配信者も見当たらないし大丈夫じゃないか?」

「不審者だったら有権者でも許さないから。」

「お前が怖いよ。」

あの気配はあるはずのない水中の記憶?

嫌だと思うほど泳げるようになったが、溺れた事なんてない。

念の為、池を確認した。

「いない…か。」

私はさっさと帰っていく。

殺意は感じないけど、あの視線や私を夢の中で溺れさせる存在。

あれは県大会で負けた子達の恨み?

そんなスタンダードな話なのか。
謎は深まるまま家に着き、眠りについた。

✳︎

 私は現実が素晴らしいだなんて思ったことはない。

現実で泳いでも、それは娯楽になるから。

水に感謝していないから、あの夢を見るってこと?

もう溺れるのはつまらない。
明晰夢じゃない。
態々今回はあの気配の主が私を自由にする。
やっと見えた気配の主はそんなにグロい姿でも女性の姿でもなかった。
そんなことより言いたい事がある。

「あなたが私を溺れさせてたんだ。
私、こう見えてストロングな人間じゃない。
痩せられるし、無駄がないし、汎用性がある運動だから続けてるだけ。
私を溺れさせようたって強制しないで。
生きづらいのは分かってるけれど、そういう選択は私がやる。」

なんと我の強い姿だ。
夢でなければ恥ずかしい限り。

気配の主は何も言わない。
ちょっと待って。
なんのアクションしないならそれはそれで怖いのだけれど。

「あなたがなんの気配かわからないけど、勝利っていうのは自分でしか味わえない経験でこんな恨み方しているとやっていけないよ?
それでも私に悪夢を見させるなら、いいファーストフードがあるから!」

そう言うと夢から覚めた。

疲れた。
まるで本当に側で誰かと話していたような感覚だ。

ほら。
鏡に写っていた。
そんなに食べたいのか分からないけど…
仕方がない。

私はいつも通り泳いで、彼氏とファーストフードを食べる。

「おい。
三人目でもくるのか?」

そうなんだ。
私にしか見えてないみたい。

「いや…なんていうか、お供え物?よくわからない。」

そうだよね。
彼氏の反応が全てだった。

「え?無くなってる?」

そりゃあ食べてますもの。

これからこんな生活が始まると財布が足りないと思ったら、この出来事以来悪夢を見る事はなくなった。

本当に理不尽で不気味な体験だという事は記憶している。
それでも水難事故にあった事はなかった。
あれだけ溺れる経験を夢で経験すれば対処なんて簡単。

だから私は泳ぎが上手すぎて大学も推薦で卒業した。

今じゃなんの仕事してると思う?

本当に好きなことを続けたいと思うけど、あんな多種多様の溺れ方を叩き込まれたら誰かを助けたくなっちゃうんだよね。

当時の彼氏とは別の道に行ったけど今でも話す。
そして、癖のようにあのファーストフード店に行くと三人分頼む。

「まだ残ってるんだ。ダブルの意味で。」

「才能や実力の時代じゃなくて、どんな不可思議な存在に叩き込まれるか…だったら嫌だね。」

「何その発想?」

怖いの、どっちかな。

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