見出し画像

エジェクション

あらすじ

あまりの生きづらさに平成初期のギャル男に憧れた十九歳男性ミレイ。
どの世代も安定と理想を追い求めてしまうからか顔はいいのにモテることがなく、ミレイは池の鯉とギターが友達になってしまった。
一方ギャルに憧れつつも格好だけの十九歳女性マイトは、警察官として武道を学ぶ顔はそこまでいいわけじゃないけど力のある男性に恋をしている。

同じ星の違う世界で生きる二人は青空のもと、こう叫ぶのだ。

「「退屈だ。」」

貧乏だからギャル男になった


  やっと一つコードが弾けたギャル男、ミレイ。
アムルとキツナ、そしてミレイのギャル男トリオは高校生まではインディーズ気取りのバンドを組んでいた。

  インターネットで知った「ビジュアル系バンド」に憧れた三人は芸術を嗜む人なら誰しもが通る「新しいことしようぜ!」のスローガンを元に歌い続けた。
ミレイはボーカル。
後のことは二人の仲間に任せきりだった。

  ただ…続けていくうちに厳しい規制やネタ切れ、新しいことをしていたつまりが先人がやっていた事実にショックを受けた三人は音楽に嫌気をさしつつあぅた。

  来るべき時がやってきた。

「ミレイ。
俺はもう、耐えれない。」

  そうだよなあ。
嫌いになったというより、理由があるからね。

「ああ。」

  アムルは気を遣ってそれ以上は話さなかった。

「あんなに不満があって辞めるのに、いざ話そうとすると今までの良かった経験が押し寄せてくるな。」

  キツナは最早男泣きである。

「円満に終わらせよう。」

  二人が一番驚いていた。
いや、もうこれ以上売れそうな兆しが世間のニーズとあってないんだから。

「ミレイ!ギャル男口調がないお前なんてらしくねえよ。お前が一番気を遣ってるじゃねえか!」

「そうだ!俺が彼女にフラれて二度と結婚なんかしないと打ち明けたら『それがよぉ、野生的な側面あると根強いパートナーが出来るんだよ。』なんて騙されたと思ってドラムの練習の応用から山の麓で特訓したら彼女ができんたんだよ。
あと何故か同性の友人が増えた。

そんなミレイが弱気なんて…これじゃあ、やめられない。」

  ははは。
いい意味でめんどくさい仲間だ。
ネガティブなギャル男なんて…アイデンティティないだけだよな。

「俺は趣味でギャル男も音楽もやめない。
けどさ、分かっちまったんだよ。
『生活がある』って。
綺麗事は尚更ギャル男の専門外だ。
ほら。
解散だ解散。
別に関係は変わらないから。」

  二人は黙ったまま愛着のある楽器を持って去っていった。
歩みの遅さが余計に涙を誘う。

  メンバーのお陰でMVやサブスクのやり方は経験できた。
インディーズって言ってもプロの最下層じゃないからなあ。

  幸いミレイには『ギャル男』があるからまだ生きていける。

  え?生きていけるって何?

「だりぃ。」

  周囲から「ダサい」なんて日本だけでなく海外の人からも言われ続けた。

昇天ペガサスMIX盛り!

  そうメンバーと声を大にして言えば面白がられたからなんとかやっていけた。
金もないし、売れなかったけど飲食店巡りとスーパーの商品さえあれば生きてこれた。

  物価高騰、都市一強化、倫理感。

  解散宣言の後、トークからメンバーに

「自殺を考えた。
女性とも男性とも恋愛なんてしない。
早くこの国滅べ。
そう思っていたことをミレイは忘れさせてくれた。
交友が続けられるか分からないけど、また会おうぜ。」

  そう言われたら永遠に会えなさそうだがそれでいいか。
深い仲になっても意味不明な優劣つけなくて済んだからなあ。

「ファージー!聞いてくれよぉ〜。
俺らバンド解散したんすよぉ〜。
パラパラでも踊ってみたって動画出してみよぉかなぁ〜。」

  我が愛しの存在、ニシキゴイの「ファージー」に語りかける。

  欠けた鱗に年季を感じてファージーも長生きしなさそうだと感じ、病院に連れていったら覚悟してくれと。
嫌な事は雪崩のようにやってくる。

  大学もなんとか合格したから通っているがそこでできた友達と喋ってもあまり面白くなかった。

  裏じゃインターネットで権威者をネタにして遊んでるんだろうなあ。

  音楽やってた頃は馬鹿になれたけれど、すっかりつまんない人間になった。
ミレイは自分を客観視して葛藤していた。

  年寄りや誰かに媚び売って、好きなこともメンバーとできずギャル男も封印かあ。

  すれ違ったギャル姿の同世代も
「見た目だけは令和ギャル」でなんか違うんだよなあ。

  ここで今過ごしている友もすぐに疎遠になりそう。
笑顔で会話は出来ているが音楽でパンクテーマをサブスク化できたから、友も「役割を演じさせられている。」事実は知っている。

  なんかそれで生きていけるから。
徐々に蝕まれていくミレイだった。

 

出来る気遣いと目立つ粗さ


「クマやばっ。」

  マイトはギャルメイクで一歩先を進んでいると思い込んでいた。
あんまり女子も男子も好きじゃなくて、教師から女尊男卑の恩恵を受けて卒業してしまったから影で誰も力寄らなくなった。

  マイトは簡単にやられる女ではなかつた。
バイトで知り合った低身長だけど客や先輩から頼られる同世代の男の子と付き合えたからだ。

  優しくて苦労人。
その子の周りには友人もいて、その子たちとも話せるようになった。

  そこで知り合いがバイト先へやってきて、個人情報を隠しているが陰湿な叫びを会話にしていた。

「なんかギャルメイクって遅れてない?」

「わかる。なんか肉食系アピールしていてフェミニストつってそう。」

  誰とは言ってないが高度な煽りに怒りを露わにしたらあの男の子が止めてくれた。
イケメンに弱いからあいつらは喜んでいたけれど、その子は私の彼氏なんだぜと稚拙な自己肯定感で笑みを浮かべたマイト。

  しかし幸せは続かなかった。
彼は家の理由でバイトを辞めてしまった。
本当は仕事をしたくないんだと感じた。
むしろ私が彼の代わりに働きたかった。

  男性だとヒモが許されてない現実をここで知り、女尊男卑した教師を憎んだ。
あのクソジジイ!てめえなんかに配慮されても嬉しくねえよ。
てめえが差別主義なの知ってんだぞ?

「まじダリィ。」

  大学ですれ違ったチャラ男メイクに変更したつもりの同世代っぽいギャル男がいて感慨深かった。

「そうだよね。」
心では同意しつつも内心、頼れそうな公務員男性を狙う生活を心がけた。

  数週間後。

「ただいま。」

「お、おかえり…。」

  少しくらいアイドルとかJtuberみたいな軟派な話すればいいのに警官志望でVシネマ好きなんて。
その作品でてる女性が好きらしいけれど女性バーテンダーじゃないか。
私のこと見た目で選んだろ?
そういうとこ好き。
マイトは素直にそう考えている。

  二十歳にして正義に悩みながら、武道しかやってなかったから仕方なく警察官になろうとしている人と同棲まで漕ぎ着けた。
頭がいいか分からないけどギャルメイクをしていたからただ意識高いやつとか、インテリ系は拒絶していた。

「人間ごときが!」

  もう悪性に染まりすぎて並みの人間は女尊男卑に慣れたマジョリティ気取りとしか見れず、大学では様々なタイプの同性と異性が話しかけてくれて友には困らなかった。

  彼もその一人だった。

  警察学校には行かず、悩みに悩んで延期にして大学に通ってるそうだ。
ここまでくると偏差値って努力でなんとかなるのかもしれない。
そんな事は彼に失礼なので言わない。

  昔、介護のバイトをしていたから洗濯物の悩みも何もなかった。
マイトは奇跡的に二人目のパートナーにも恵まれたのかもしれない。

  それなのに嬉しくない。
クソジジイにおだてられて、嫌な女達にからかわれ、ギャルメイクではモデルには敵わない。

  このまま大事な彼と結婚しても、彼は私に固執したまま私が離婚切り出してしまいそうだ。
だって女尊男卑で育ったから。

  新聞の切り抜きで私の幼馴染みの男子が自殺し、恋人だったあの女が笑っていた事を忘れられなかった。

  軽く締めてやったからいいけれど、私は異性も同性も大嫌いなんだと思う。
介護のバイトをしていた時、思っていたより担当した年配者は女性ばかりで男性も色目を使わず、死を受け入れて気を使ってくれていた。

  手紙に書かれた、

「あの菩提樹の下に埋めて」

を見てしまった事は忘れられない。

  なんでかな。
他人から見れば幸せなんだと思う。
けど、正しすぎて辛い。

  みんな似た嫉妬とラクなマジョリティにいて、私はマイノリティだけど必死に戦う人達から力を貰っているのに…

マイトは涙を我慢し、料理を作る。

「玉ねぎが目にしみちゃった。」

これが…こんなのが愛なの?

そでふりあうもたしょうのえん


  思い切ってミレイは

「ギャル男サークル」

を開いてみた。
厳密には「音楽サークル」だ。

許可を得る時に、

「昔音楽活動をやっていて、サブスク化もしていました。
その経験を将来に活かしたくて音楽サークルを作りたいのですが如何でしょうか?」

  ミレイくらいの世代だとこれくらいのカメレオンは平気なのさ。
いや、この力はミレイとメンバーのもの!

  これくらいやっておけばなんとか許可を降りた。

  もし降りなかったから

「ギャル男じゃ許可はおりない。
けど、オタサー、オタサー、オタサーだけは降りたよお〜。」

  と在りし日の煽りで自己肯定感を高めて諦めるつもりだった。

「結局、俺には音楽しかないか。」

  ただ現実は簡単じゃない。
競合サークルなんていくらでもあるからミレイしか居なかった。

  誰かきてよぉ!
マジだりぃっす!
だるすぎてダムになったわね…このネタはギャル男じゃないからNGで。

  もうパラパラで祈るしかない。
時代も過ぎればパラパラも儀式だ。

「ナイトオブファイヤー!」

  すると扉が開き、ギャルメイクの女の子が入ってきた。

「初めて見た。
これがパラパラなんだ。」

  ミレイは瞬時に彼女がただものでは無いことを悟る。

「お茶用意するから。
ここでくつろいでよ。」

「ギャル男設定の紳士かあ。
私はヤンキーっぽくても大丈夫なんだけどな。」

いやあ、一筋縄ではいかないねえ!
恐ろしいねえ…。

  二人は机の上で寡黙にゆったりと過ごす。

  若いのに何いってんだよと思われそうだがミレイは彼女が漂わせる「なんかこれじゃない人生」を送っている感覚が伝わっていた。
音楽をやっていて尖りに尖らせ過ぎたからかもしれない。

「音楽サークルでギャル男にパラパラ。
でも私はそういう意味不明なやり方好き。」

  申し訳ないけどギャルメイクの方にそう言われるのはちょっとなあ。
面白すぎるでしょ。
ミレイは久しぶりにドキドキした。

「なんか同世代の先輩を見た時に哲学書とか、ゴッホとか見させられて芸術性ってそういう上っ面の知性を強調するだけの物じゃないのに…って感覚と平成初期のギャル男と音楽とパラパラ趣味のやつに言う資格ないなあってツッコミが何回も自分の中で浮かんでさ。」

  これは初対面で女の子に言わない方が良かったか?と後悔したが女の子は笑いを堪えていた。

「ギャル男趣味で早口って本当に新鮮!
なんでそんな面白いの?」

  あれ?
受けてるのか貶されてるのか分からないけど否定されてない?
ミレイは調子に乗り始めたが集客の為に感情をコントロールする。

「音楽やってると魂を削られるんだ。
売れなくても自分達は身体一つで表現してるって。
それに…メンバーが悲しむ顔を見せた時に曲を流せば雰囲気を変えられる。
金にはならなくてもタメにはなる。
そう信じてギャル男趣味もマジだりぃけど続けられてる。」

  女の子の表情が変わった。
嫌われたとかではない。

「私達、なんとなく色んな趣味を持ってるけどさ。
みんな人生を表現してるんだよね。
便利になり過ぎて、一人一人のドラマを楽しんでない。

  何か彼女にもあったのかもしれない。
ここは黙るミレイ。

「このサークル入るよ。
ただ、私同棲相手いるから恋愛禁止。」

「注意喚起なんてするんだ。
いや、遠慮なく歓迎するよ。」

  お互いが見えない生きづらさと葛藤を抱え、その痛みは永遠に消える事はない。

  けれどミレイはメンバーと馬鹿やりながら音楽を楽しんだ過去はダルくはなかった。
この出来事がなくても。

  二人はサークル紹介のために写真を撮る。
自撮り風でも公的な感じでもなく、ごく自然なシーンを。

  ミレイの活動はここから始まるのだった。
特に意味もなくメンバーと最初に曲名に付けた、

エジェクション」をサークルのサブタイトルにして。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?