![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/108603160/rectangle_large_type_2_f060c136a8ef72535e604c1ce10d115c.png?width=800)
蝟集一同-それぞれが抱える形-:一章
※ 「いしゅういちどう」と読みます。
『性別に囚われない生き方』を考えていた時に描いたお話です。
全三部作。
過去に投稿サイトへ掲載した作品を再掲載しております。
なるべく掲載当時のままにしておりますが、読みにくいやその時代だから許された描写、表現には修正、加筆等をさせて頂いておりますが基本的に掲載当時のままにしております。
お楽しみ頂ければ幸いです。
自分の欲求
終鈴が鳴り、私は帰る支度をする。兄が大学生になって勝手に出ていったから本当に楽に帰れる。
そう思っていたが、意外と私は寄り道している事が多いと過去を振り返る。
新学期は桜に包まれて始まるという常識がある。
しかし実際は気温の変化で桜のシーズンは早く終わり、雨の中を歩く現実が私の人生で貴重な一年を最初に飾る。
「麻美子!今日どっか寄ってかない?」
どこかってどこだよ。
女子の会話は同姓からも異性からも高尚に見えるらしいが私の場合は別なんだろうな。
気だるそうに私は返事をする。
「雨降ってるし、今日はちょっと用事があるからやめておく。」
彼女は英美里。
一年生からの友達だ。
そそっかしい所はあるけど私が教科書を忘れた時に貸してくれるなど助けてもらったりもした。それだけで友達になったわけではないけれどさ。
英美里には悪いけど私はどうしても外せない用事があった。
昇降口で誰も見られていない事を確認した後、私は靴下を脱ぎサンダルに履き替える。
雨の日に蒸れるのが嫌という理由は表向きで実際は開放感を得たかったからだ。
男子がよくやる行動と蔑む人もいるけど、私はこの行動が好きで堪らない。
とはいえ、女子といるとどうも気まずい行動だし、校則も破ることになるから躊躇いがないと言えば嘘にはなる。
今は性差別を無くそうという動きが俄然強まっている。女子だけど男子と同じスラックスを履いている子もいるし、男子だけどスカートを履いている子もいる。
兄は四つしか離れていないから兄の過去と私の今は大して変わらない。
一昔前を生きる母親に聞けば『自分の頃より生きやすいのかもね。』と言われるが実際はより生き辛くなっていると思う。
“またアスペルガーの子?いい加減にしてほしいよね。"
“急に騒ぎだすから本当困るしうちの子に近づかないようにいってるんだけどね。”
“障がいを持って生まれてくるって分かるならもう子供なんて産みたくない。”
“だよねー"
“むしろ流産になった方が私としてはありがたいかな。悲劇のママも演じれるし"
“その手があったか!”
そいつらは醜い笑い声を上げていた
そんな声を喫茶店でアスペルガーだと男友達が私にカミングアウトしてくれたタイミングで聞いてしまった。
こんな事を言う役所で働いているらしいお局様に私は突っかかった。
そのせいで私達二人は校長に呼び出され、反省文を書かされ、彼はしばらく学校に来なくなってしまった。
だからって悪い所を蓋して良い所だけ見たいなんて彼の話を聞いて思わなかった。
友達になって、痛みを共有していきたかった。なぜなら、私も…
私も人に言えない事は沢山あるから。
私は走っていた。
土砂降りではないもののサンダルで転ばないように神経を使う。
私は更に周りを確認した。
本来雨で走るなんてリスクが高い。
ただ交差点を切り抜けなければ。
サンダルを脱ぎ、一瞬だけ裸足で交差点を抜ける。今は辞めちゃったけど小学生までマラソンを続けていたからこれぐらいどうってことはない。
私は公園に辿り着く。
他に思い当たる場所がなかったし生憎の雨で予定変わったけれど。
無駄に広い公園でほどよく自然があるから助かった。
田舎ではないのにあまり人が来ない所。
私は…俺は女子トイレで四ヶ月分の小遣いをはたいて買ったジャージに着替え、筋トレをした。
犬の散歩をする人達もいるから結局人目は気にするんだけどね。
筋トレはカモフラージュに便利だという事を教わったお礼を、この森でやりたかったんだけど。
俺は大胸筋サポーターで隠した胸以外を脱ぐ。自慢じゃないけれど割れた腹筋。二の腕。
隠しておいたスマートフォンを取り出し、俺は自分の腹筋を叩く。叩く。叩きまくる。
本当は胸も見せたかった。けど、俺はまだ中学生。
女を捨てる覚悟は出来上がっていない。
一年前、体育の授業に遡る。
俺がトイレから帰る時だった。
女子更衣室は窮屈だし、ダラダラ喋りながら着替えるほど仲の良い相手もいなかったからなんとか体育の授業をサボれないか考えて教室に戻ろうとした時。
中学生とは思えない程綺麗な女の子とすれ違った。他の女子と一緒にいたら嗅ぎ慣れている洗剤やコロンの香りも彼女だけは特別な香りだと思った。
これがフェロモンってやつなんだろうか。俺はさりげなく彼女の後をつけた。
彼女は男子が着替えている教室に悠々と入っていく。
俺は髪を振りほどき、急に髪型を変えようとする女を演じた。ま、まあ変だし未だに恥ずかしいけどな。
男子は腹筋の自慢をしていた。
本当にいつの時代も中学生は中学生だ。
上裸集団の男子が勢いよく腹筋を叩き、周りの反応を伺っていると彼女がぬっと男子の間に入っていた。
「お、おい阿藤。何しに来たんだよ!」
阿藤?彼女は阿藤って言うんだ。
阿藤さんは上裸の男子の前で態度を変えない。
「これからは女子禁制って書いておくべきね。私は仮に男だったとしても、男子禁制って書いてなかったら堂々と女子更衣室にも入れるわ。」
上裸の男子達は絶句している。
「それだと犯罪行為だろ!」
おっと。
突っ込む奴いんじゃん。
俺は髪を整えながら楽しんでいた。
「不公平を訴える人達の大半は自分の欲望を邪魔しない規制を一方的に相手に強いるものよ。私はみんなの身体を見たかったからやってきた。だって大人になったら態々恋愛したり、風俗に行かないと野人 君達は女の子と触れ合えないんでしょう?」
阿藤さんはさっき腹筋を叩いていたのに真っ当なツッコミをした坊主頭の彼が見せる鍛えられた腹筋を人差し指でなぞっていく。
なんなんだよこのスキルは?
生物学上同じ女に思えない。
そして男子達よ。
固まったままじゃないか。
その気持ち分かるけれど。
「あ、阿藤…みんなが見てるから…や、やめてくれよ。」
阿藤さんは笑ったまま彼の胸筋にも触れる。
「これだけ筋肉が鍛えられていて、不細工な男子なんてほぼいないのに。
今後あなた達が出会う異性か同姓かは半数が人一人の魅力を知らないまま傷つき、
傷つけ妥協し合う。
だったら私が、かけがえのない青春を生きる仲間に特別を教えてあげるわ。」
いくら美人の彼女でもそこまでの力はない…と思っていたが俺も含めてこのクラスの男子8割は彼女に魂を抜かれていた。
-俺も彼女もこのクラスじゃないんだけど-
そして今へ戻る。
阿藤散花 。
あれから彼女に会いたかった。
こういう時に同姓を利用して調べてもよかったかもしれないけれど、今時女に拘る人もいなかったし圧倒的な壁を感じてしまい、一年経っても彼女の事を聞くことを避けていた。
「俺も阿藤さんに触られたい!」
昼も夜も。
こうしている今も理性と本能が戦い続けている。
俺が見た目は女、中身は男なのは俺しか知らない。でも、女友達と一緒にいてもときめいたこともなかった。
このまま恋もせずに淡々とOL暮らしをする未来を歩むのかと妄想したりもした。
だが阿藤さんの力強いトーク。
気品あふれる姿。
性格は良いとは言えないけれどそう思い込んで生きていても幸せと言ってしまえるぐらいには好きになっていた。
なるほど。
こうして宗教は広まっていくのか。
だが好きな人なんだ!性別なんざ関係ないぜ!
俺はここ数週間、家や公園の森で身体を鍛えていた。阿藤さんと少しでも近づくためには今よりも未来だ。男っぽい身体を目指せば興味を抱いてくれるかもしれない。
その間に他の男子は愚か異性に奪われるんじゃないかと不安はつきない。
去年は身体が出来てなかったけど、今年夏までにバキバキになればきっと。
へへ。
俺が恋をするなんて。
そんな時に彼を思い出す。
薄々、今も学校に来ていない彼から逃げていると感じるけどこの好意が思春期特有のノリでない事を祈りながら俺は自分の腹筋を叩く。
筋トレの勉強をして思うのが鍛えている人って日本も海外も顔とのバランスがいいな。女の人はたまに見るけれど、大体は男性が多い。
男の子だからできる芸当なのかな。俺も男の子なんだけどな。
どう見ても異性が惚れる身体ではなく、自己満と健康のための鍛え方がいまいち参考にならないのが動画クオリティ。
食事と運動をバランスよくやればいいのは理解した。
こんなバリバリ鍛えている姿、英美里達には見せられない。とはいえ最近バレてたか。
「随分力強い見た目になったね。」と言われて反応に困るシチュも出たが恋のためなら我慢できるさ。
「また来てたの?」
は?
誰かが声をかける。
そんな。
ついにバレる時がきたのか?ここは学区外だから知り合いにあう確率下がっている(はず)と事前にリサーチしたのに。
しかし、この声の主は姿が見えない。
「お、おい!でてこ…でてきなさいよ。」
木から誰かが降りてきた。
「凄い気迫で鍛えている女の子がいるから、今まで話し掛けにくかったんだけど。」
褐色の肌に短髪。
俺よりも身長も高くガタイがいい。え?ハーフ?目はクリッとしているけどよく見ると線が細いから純粋な日本人だろう。
「な、名前をい、言ってくださいよ。」
口調をどう誤魔化せばいいのだろう。俺が中身は男ってことバレたのか?
「もう俺見てたからさっきと同じでいいよ。」
彼は俺に握手を求めてきた。
「小荷田幕波。
名前で呼ばれるの恥ずかしいから小荷田でいいよ。」
「お、俺は野邉麻美子。こ、これには事情が…」
小荷田君は周りを確認している。そして小声で話す。
「今まで野邊君のトレーニングを見ていた人は俺だけだから安心して。」
小荷田君は気が利く子だ。けど、俺の鍛え方は万人受けしなかった表現もあるから恥ずかしい。
すると小荷田君はノースリーブタンクトップに着替え、ワンハンドプッシュを見せてくれた。
凄え!
「野邊君は、何年生かな。」
「俺?中ニ。」
「あ、タメだ。」
よろしくと俺達は友情の盃を飲む。
続く
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?