72・潜入捜査
あらすじ
他団体の格闘家を探るためにある機関からミッションを請け負ったムエタイファイター・釵玉碎は格闘振興団体・Prisonで行われている科学実験と所属ファイター達がなんらかの法則をなぞって2024年に生きる人間への疑問を調べようとしていて釵はPrisonファイターの調査と共にたがいの腹をさぐりあう。
悪魔の証明
――六月十日 午後十二時
なれない喫茶店で釵玉碎は対象を観察していた。
甘党の釵にとって喫茶店の中で一番安いコーヒーを選ばなければならないのは苦手だった。
前にうっかりメニューを頼み忘れて店員に怒られてからチェーンの喫茶店では安いメニューをみつける練習をしていた。
いや、問題はそこではないか。
ブレッシュでなんの銘柄かも分からない安いコーヒーをまろやかにさせて対象の動きを見ている。
釵玉碎はここでは言えない機関に所属していてあるミッションをたのまれていた。
『Prisonに所属しているファイターの動向をさぐってほしい』
つまり潜入捜査のためにここへ来ている。
(ただ別の振興団体が出てきただけで俺を呼ぶ理由がわからない)
釵玉碎は二○二四年に二十歳へなったばかりの青年でムエタイファイター、そしてパルクール使いでもあった。
ミッションといえば聞こえはいいがようは釵の所属団体が密かに運営している副業でAIの存在や物価高騰による生きづらさの加速で暴走した人間社会にとけこむ謎の人類を調査することで釵はお金をかせいでる。
ソロモン72柱が伝説としてあるように、格闘技団体も72が可愛く見えるレベルで存在している。
一柱出来たところで今更敵対関係になるだけだが『Prison』はただの団体ではない。
喫茶店で熱いコーヒーを静かに飲みながら対象の席へ誰かやってきて会話をはじめた。
バレないように最低限の変装はしているのだが油断はできない。
ざっくりとした情報だがここから先の調査結果はあまり気分のいいものではなかった。
対象者は男性、おそらく十九から二十二。
もう一人も対象者になりえるか関係のない身内か知り合いか。
対象者は足を席から少しだして店員が来る時は下げ、クレーマー気質の客を見つけた時は大怪我しない位置に足をだして転ばせる。
転んだ客が店員にからまれないうちにその客へ因縁をつけて示談に持ち込もうとして場をおさめる。
釵達がファイターだから第一印象でクレーマー気質の人間が分かるのだがそれを利用して表向きは店を守っているがじっさいはストレス発散と実益を兼ねた手口の一つ。
(こいつらと戦わなきゃいけないのか)
釵は残ったコーヒーを飲むふりをしつつ連合赤軍モチーフの出し物をする二十前の洗脳された学生かよ!
と我ながら意味不明なツッコミをしながら対象者の観察をやめなかった。
転ばした時の人間をあざけりわらう顔も一般人だったら怖く感じるよりは頼もしく感じるかもしれないのか。
人間のなおらない馬鹿さ加減も敵だと認識するよう釵は切り替える。
彼らの行動を悪行か正義とみるか、それともただの偶然によって起こった出来事でしかないのか。
釵だけは知っていても他の人からすれば知る必要のないこと。
悪魔の証明でしかない。
それが釵の仕事ではないのだ。
彼らの研究結果や行動に敵意があり、他団体にむけられるのなら言えないとはいえグレーな立ち位置の釵でしか出来ないこの汚れ仕事を怖くてもやるしかない。
こんな時にコーヒーが安いなんてせちがらすぎる。
せめてミルクティーを同じ値段にしてくれ。
知名度がまだないファイターは静かに理不尽な現実にとけこみ、対象者にバレぬようはりつめた空気のまま見失わないように観察を続けた。
疑問はただかくされる
対象者が喫茶店を出てからタイミングをズラして釵も後をおった。
見失わないよう、バレないように対象者のあとを付ける。
尾行の尾行がいないように時々後ろを自然な形で振り向いているがその様子もない。
逆に考えればもうバレている可能性の方が高いか。
となるとこれは向こうが釵を誘導しているのかもしれない。
アジトらしき場所にたどり着き、専用端末に所属先の上司へ場所をさりげなく送信する。
釵は奥へと入るがそこで何かを踏み、釵は間一髪で上へジャンプし避ける。
(昔のアクション映画か?この木のトラップは拷問用の! )
パルクールでよけ、壊せるのなら蹴りで対処しトラップを通り抜ける。
捕まったら腹を殴られる人形型打撃トラップだ。
やはりバレていたか。
もしくは追跡者を最初から狙っていたのかもしれない。
「いいぜ。相手にとって不足はない! 」
それから数多くのトラップへ蹴りをおみまいし、パルクールで壁をつたいながら殴り、金属系トラップはさけながら華麗に攻撃と回避を続けた。
アクションスターのような動きを自分がすることになるとは思っていなかったので釵は軽快なステップをふみアジトの奥へと潜入する。
そこには対象者が椅子にえらそうに座っていた。
対象者は拍手をしながら釵を出迎え、部下まで呼んできたがなんなく釵は倒して眠らせた。
「へえ。こんなやり手がまだ日本にもいたんだ」
おほめにあずかり光栄だ。
だがいまは嬉しくない。
「対象者である72柱・コードムールムール。あんたを捕らえる」
対象者は笑いながらあたりをうろつきはじめこちらの動きを牽制しながら語り始めた。
「本質だのなんだの抜かして読書でかじった言葉をオウム返しして性欲に負ける人間しかり、人も植物も生物だと研究結果があることも忘れて声高に金稼ぎのものがたりにする人間しかり。俺たちはそいつら無力な″かたまり″に変わって実力を行使しているだけだ。お前のように才能のゴリ押しで生きていけるほど俺たちにも、お前らにも世界は優しくないはずだろ」
人間を″かたまり″と呼ぶプライドの高さ
自分のことを棚上げしているので喫茶店で起きたことを釵は指摘した。
「だからといって客に足をひっかける必要はないだろ! 」
対象者の話を聞いていて理不尽さを釵は感じていた。
こちらも経緯は違えど同じ人間。
勝手に線引きして正論をふりかざす暴力性は人間と変わらないことを自覚していないかまたは欠如している。
だからこそ釵は心置きなく彼をぶちのめすことを決めた。
わざわざリングまで用意して見下してくれているのだ。
ミッション達成ついでにストレス発散してやる。
先に手を出したのはお前達だからな!
飲みたくもないが選んでしまった朝の苦いコーヒーや喫茶店でくつろげなかった怒りは釵にもある。
だが決してそのストレスを誰かに向けることは試合でもしない。
それなのに彼らは相手の一面やドラマを無視して善意や同情をさそい正当化しようという人間の負の側面を理解しているからこそ卑怯だと思う。
生きている物として存在している以上、誰も人の事を言えないのに。
だとしたら負けるわけにはいかないなあ!!
いつの間にか用意されているリングでの戦いはほぼノールール。
ルールなしで一応あるだけのリングで行う格闘技
はアングラな『ただ置いてます』と主張しているだけのアジト全体が戦う場所になっているだけ。
「俺がゆるせないなら正義をふりかざしてみろ。こっちは科学実験によってほぼ人間じゃないし。服は専用のパンツに着替え武器も服もなし。あとはなんでもあり。お前にとっては良いハンデだろ?ただし金的すんなよ」
そこはノールールでじゃないのか。
変なところで真面目なやつらだ。
敵ながらありがたいけど。
こんな話を聞いたことがある。
自分のフィールドで戦える人間は強いと。
相手は人間よりも少し強い者。
絶対に相手の攻撃を食らってはならない!
釵はジャンプとパルクールを駆使し、寝技か何かプロレスに近い技を狙う対象者からの攻撃をよけてはカウンターを繰り返さしてジワジワとダメージを与える。
そこそこ強いがこういう時に使える訓練をこちらも受けている。
戦いは四時間続き、対象者も釵も息があがる。
ノールールで審判もいないからどちらかが折れるまで続きそうだった。
なんて頭の悪いやり取り。
だが不思議とディストピアを生かされている身としては久しぶりに心の中でくもっていた空が晴れたような爽快さを釵は感じていた。
「お前たちが俺をつけねらう理由がわかった。ここは退いてやる。次は負けない」
アジトから二酸化炭素らしきけむりが流れて対象者はどこかへ消え去った。
結局簡単に話し合いや戦い合いで解決しそうには……ないか。
探知機を戦いでつけていたが反応がないということはいつの間にか外されたか。
なんとか戦いは終わった。
上司に報告しないと。
専用端末で連絡をする釵。
「コードムルムルデータ送信完了しました。今後やつの動向はいかがいたしましょう? 」
ミッション内容は『引き続きそのまま追い続けろ』とのことだった。
仕方がない。
釵は拳の骨をならしながら観察を続けようと決意する。
勝敗はシロクロつかなかったから大人気なく闘争心が芽生えたからだ。
もう責任転嫁させない。
ただ次に飲食店を使う時は安くて甘いメニューを選ぼうとノリノリのまま対象者を追う日々がはじまった。
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