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蝟集一同-それぞれが抱える形-:三章完結

※ 「いしゅういちどう」と読みます。
全三部作で今回で完結致します。

過去に投稿サイトへ掲載した作品を再掲載しております。

なるべく掲載当時のままにしておりますが、読みにくいやその時代だから許された描写、表現には修正、加筆等をさせて頂いておりますが基本的に掲載当時のままにしております。

お楽しみ頂ければ幸いです。


冷静に


  阿藤さんと思ったより早くお近付きになれた俺。

  けど、本気の恋だと思ったのに逃げだと言われるなんて。

  ま、どっちにしろ彼氏がいたから俺はフラれたわけだけど。

  けど、育富いくとみ君に対して芽生えていた気持ちは友情のはずだ。
恋より友情が勝るのか?俺には分からない。

  あれから筋トレをやめ、大好きだった食を楽しむことにした。

  英美里えみりが教えてくれた喫茶店にもお小遣いの範囲で楽しんだ。

  よく見ると俺とそれほど歳が離れていない高校生から母親と同じくらいの人までせっせと働いている。
一人で訪れているからメニューに悩むことはなかった。

  あれから英美里や小荷田こにた君と不仲になったわけじゃない。
むしろより仲良くなった。

  けど、育富君の事や阿藤さんの事を考えると辛いのだ。
友達になりたかった相手から逃げ、憧れの美女には恋と思い込んでしかも彼氏がいるという現実付きで恋が終わった。

  そもそも筋トレはこんな大層な趣味じゃなかった。
ただ、男子みたいな肉体を目指したかっただけ。
俺が女子として生まれ、女子の役を演じて苦しい時はいつだって自然とトレーニングが俺を癒し、健康に導いていた。
けど、精神を鍛えるのは思ったより難しい。
一人で悶々と考えていても答えはでないか。
品の良い店員が俺にミルクティーを持ってきてくれた。
男女関係なく俺は好みに忠実だ。
ミルクティーは美味しいじゃないか。
だから俺は優雅な飲み物を悩みで乾いた喉を潤す。

  育富君と出会った時はどの店へいったっけ。
こんな小洒落た店じゃなかった気がする。
チェーンのレストランだったのは覚えている。
その前に整理しないといけないな。思い出を。

育富君

  育富濱塩いくとみはしお。 中学一年生の時、俺がまだ英美里と仲良くなる前だ。
クラスは隣だったが、合同で授業を行う時くらいしか会わなかった。

  彼は、勉強も運動も黙々と行っていた。
性格はお世辞にも明るいとは言えなかったが、平均より高い身長に柔和な顔がどことなく優男を彷彿とさせるから俺にとって彼と退屈な授業を行うに当たってモチベーションが上がっているのを感じていた。

  ある日。
下校途中、たまたま俺の前を歩いていた育富君が路地裏へ方向転換をした。
なんか怪しい。そう思って俺は育富君の後をつけていく。
すると、同じ中学の男子だろうか?誰かが育富君からお金を巻き上げている。

「もう…いいでしょ?」

  育富君が俯きながら恐る恐る悪そうな男子に言い放った。

「まだだ。これからお前がバイトする時も俺に献上しろ。」

「そ、そんな!」

「お前みたいな冴えない奴は、どこまで言っても虐められる運命なんだよ。
俺が巻き上げなくても、次は別のロクデナシがやってくる。
そうなったら、生まれから呪うしかない。ってことはお前は死ぬしかないわけだ。」

  クソ!我ながら酷いボギャブラリーだ。
育富君は泣いている。

  普段暗い雰囲気でも、彼は物事をきちんとやり遂げる人だ。
そんな相手から平気で金を楽して巻き上げるとは。
俺はいつの間にかこのクソ野郎の前に飛び出していた。

「お、おいおいなんだよ。育富の彼女か?」

  人をイラつかせる事しか特技が無さそうだ。
でもいきなり殴る訳にはいかなかったから俺は胸倉を掴んで脅す。

「通りすがりの女子中学生ってだけ覚えておけ。いたまたまここを歩いていたらお前みたいなゴミがいたからな。」

  俺は掴んだ胸倉ごとそいつを壁に叩きつける。

「へ、強いな。ゴリラ女なんて本当にいたのか。」

「ゴリラ女?せめて女子プロレスラーって言ってくんない?せっかく私達若いんだしさ。」

「は?お前変わってるな。」

「誰かさんみたいに人から金を巻き上げるほど落ちぶれてはいないけどな。」

  俺は巴投をした。

「く…も、もう関わるな!」

「次、なんかやらかしたら承知しないから。」

  男子生徒はそそくさと逃げ出した。
育富君は驚いていた。

「君は、隣のクラスにいた。」

なんか恥ずかしいけれど、ここはノリに任せるか。

「そう。私は三組の野邉麻美子のなべまみこ。」

「なんで俺を助けてくれたの?」

  この場合なんて言ったらいいのだろう。友達…でもないし、恋人…でもない。

  けれど、毎回授業を受けている内に気になってしまったのは事実。

  いや、ここは迷ってもしょうがない。

「なんかさ、育富君見ていると勉強のモチベーション上がるんだよ。私勉強苦手でさ。よく黙々とこなせるなって感心しちゃって。」

「う~ん…どこを評価されているのか分からないけど、ありがとう野邉さん。」

  あれ?なんか反応がぎこちない。私が助けられているじゃないか。

  とはいえ、友達が少ない私にとってこのきっかけは嬉しかった。

  それから私と育富君は友達として仲良くなっていった。
彼の家にも連れて行ってもらって、彼の母親には彼女と勘違いされたけれど育富君は友達として紹介してくれたおかげで妙な誤解はなかったはず。
そこでゲームしたり、動画みたりしていたな。

  後に英美里と話せるようになっていき、少し疎遠になりかけた時に育富君から例のカミングアウトがあったのだ。

向かい合う想い人-----阿藤散花side-----

  ふぅ。
あれから私は❝彼❞のことが気になった。
野邉麻美子…私達と同じ中学二年生。身体は女、心は男。
俗に言うトランスジェンダー…まだ性別は変わっていないらしいけれど。

  私に惚れたのは事実だとは察していた。けど、恋の割には奥ゆかしかった。

  性的な欲情を抱かない恋は私も経験している。そもそも私の彼氏がそうだから。

  う~ん野邉君の場合は嫌らしさはあったか。
それが彼の良い所でもあるけれど何か引っかかる。

  どっちにしろ私は彼を振るつもりではいた。
女子の告白も多いし、どっちとも取れないタイプからも好かれる事はあるからね。

  こう見えて断る時は一考しているつもりだ。
なぜなら、私は相手の気持ちに気付かせて自分の気持ちを明確にする目的があるから。

  姉さえいなければもっと彼氏にワガママを言えたかと思うと恋愛はされる方もする方も辛い。

  単純に野邉はエゴを自覚できないエゴイストなのかもしれない。
そこに友情と恋愛が邪魔をした。
育富君か。なんだ?この私が感じたことのない情と戦いたい気持ちは。

「この私が友情の逃げ場になったというの?」

どう考えても育富君への想いが強かったじゃないの!

  しかも、彼の性格や育富君のことを思い出した時の反応から読み解くに女子や男子としてという感覚ではない。

  それなのになんだあの重さは?
だから育富君も不登校になってしまったんじゃないの?
彼の情報は仕入れている。

 育富濱塩。
私達と同じ中学二年生。
優しそうな顔に一七〇cmを超える身長。運動神経は良いが先輩にいじめられたことをきっかけに運動部は避けている。
園芸部に入りたいらしく、度々部員と関わってパンジーに水をあげるが入部希望を出せないまま中学一年生十二月から不登校となっている。

  情報はここまでだ。
仕方がない。
私がいって確かめよう。
友情と恋愛。
育富君と私のどちらが強いのか。

-------------育富サイド


  また今日も花に水をやりにいく。
ただそのためだけに早起きして、不登校だとバレないように制服と私服を使い分ける。

  発達障がい…俺の持つ障がいだ。
その事を知っているのは、一部の学校側と…

「野邉さんか。」

  あれ?なんで俺、彼女の事をまだ覚えているんだろう。

  不良生徒にお金を巻き上げられた時に助けてくれた頼もしい女子生徒。
合同授業の時しか勉強したことなかったのに目をつけられていたなんて。
誰がどういう理由で近づいてくるのかはこっちじゃ制御できないから怖いよな。
でも、おかげで数少ない友達になってくれたのは嬉しかったなあ。

  強くて、優しくて、楽しい友達。
性別は違うから勘違いされるけど彼女と居ると、なんだか下手な男友達よりも頼もしかった。

  発達障がいという事を抜きに周りの友達と一緒にいたらついていけないことの方が多い。
実況者だとか、アイドルとか、ゲームの話題とか。

  俺は運動も勉強も義務教育内しかやっていないからついていけない話題から逃れる術を一つしか知らなかった。

  今日も花に水をやる。
ちょっと前はホームレスの人に
「若い内から社会に溶け込めないと生きていけなくなる。」と脅かされたけど、もうそんな声も掛けられない。

  俺は強くなったのかもしれないな。
野邉さんと友達になってから学校は怖くなくて、園芸部にも入りたいとは今でも思っているけれど優しかった先輩が卒業したり野邉さんにカミングアウトした時、たまたま酷い会話が聞こえた時に彼女がバシッと言ってくれた事…本当はお礼を言いたかったのに俺がいたら野邉さんが不幸になるんじゃないかと思って学校に行けないままになってしまった。
何度も頑張ろうと思った。校門までは一週間に一度は朝、誰にもバレずにいるんだけれど。

  ある時校門まで歩いていたら、野邉さんを見つけた。
彼女には友達が沢山いた。
それに彼女が下校時にサンダルになって帰ったり、身体つきがマッシブになっているのも知っている。
そうか…俺がいなくても世は回っていくんだ。

  そんな事を思っていたら学校なんてどうでもよくなってしまった。
中学二年生だし、今のうちに遊んだ方がいいのかな。
野邉さんから連絡もないまま月日だけが過ぎていく。
なんだか寂しい。
校門までは週に一度はいるのに誰も声をかけない。そのおかげもあるけれど簡単に忘れられる俺を覚えていてくれた野邉さんからも忘れられている。
でも、園芸部には顔を出そう。そう思って今日は早めに寝たのだった。

--------阿藤散花side------


  育富君の出没地点はここね。
朝早く校門の前で私が立っていることに驚きを隠せない生徒達。
みんなが私に驚いている。

  こうして朝早くから移ろいやすい若者を見るのは気分がいいわ。
蟻原ありはらが渡してくれた情報によると週に一度はここまでやってくると。
同い年で彼のような生徒がいるとは知らなかった。
基本的に中学生に興味なんか私は持たないのだけれど。

「考えてみれば中学生というのは自分とは違う文化を持つ存在と唯一関われる世界。日本の場合は高校生以上になれば自分で道を選ぶことができる。だからここでしか出会えない縁もあるわけね。」

  一体誰?どこ?少なくとも私の事を知らない人間が彼の筈。
どいつもこいつも私をしっかり見ている。助かるわ。その調子で私に注目していなさい。気分がいい上に目印になる。

  あ?彼…かしら?
他の生徒が私を見ているのに対して、彼だけはラッキーとでもいいたげに走って校門をくぐったわ。
ん?なんなのだろう。このイラ立ちは。

  私を無視ってどういうこと?Are you indifferent?

  さすがね。
ふふふふふ。
野邉麻美子が恋と関係なく付き合った男なだけあるわ。
ん?小荷田君はどうなのだろうか?
いや、この場合は黒橋さんも?
ま、いいわ。
どこが私に勝っているのか。力づくでも聞いてあげる。

  私は急いで彼の後を追う。
でもその前に。

「ステイ!してちょうだい。」

  周りに一括しておいたわ。



  本来、育富君が今日来るという確証はなかったのだけれどその分毎朝見張る必要があった。
私は美容の為に朝型生活を心がけているから苦ではないけれど縛られているという屈辱を味わう時間を減らすためには非効率な手を使うしかなかったわ。
その甲斐がさっそく生きたわけだけど、園芸部にいっているのかしら?
正確には園芸部部員に会いにいっているのね。
浦島状態だし、相当勇気がいるはずなのに行動力がよくわからないわ。中学生ならではってわけかしら。

「そ、その…僕を園芸部に入部させていただけないでしょうか?」

  漸く言えたようね。でも私にはあなたに聞きたいことがある。
勢いよくドアを空けて私は彼を呼ぶ。

「育富く~~ん?あなたの勇気には恐れ入ったわ。けどその前に少し時間いい?」

  先輩が勝手に入るなと静止するがそんな事は関係ない。
私は育富君を引きずりだし、屋上まで駆け上がる。

----育富濱塩side----


  なんとか園芸部に着いた俺。何を話せばよいか戸惑ったけれど、園芸部に入部したい事を去年から所属している女子の先輩に伝えにいったら
俺は謎の美女に屋上に連れて行かれていた。
こんな女の子うちにいたのか。野邉さんといい凄いな。

「不登校から復帰おめでとう。愛の戦士さん。」

  いきなり何を言い出すんだろうこの子は。
新手の虐めなのかな。
だったら俺はちゃんと言わないと。って大事な部分があったね。

「な、なんのこと?それよりもなんで俺が不登校だった事知ってるんだよ?」

  彼女はテレビとかアニメでみるようなお嬢様がやる口に手をあて笑うしぐさをした。

「おーほほほほほ。私に知らない事なんてないのよ。ところで、野邉麻美子さんとは親しいそうね?」

  野邉さん?この子は彼女の友達なのかな?タイプ違うのに。

「野邉さんとは少し疎遠になっちゃって。今、どうしているのかは君の方がよく知っているんじゃないかな?」

  彼女はきょとんとしている。

「野邉さんね、最近私は会ってないのよ。
彼女から告白されたけどフッてあげたの。この私を二番手なんかにするから。」

  二番手?なんの話かさっぱり分からない。俺がいない間にどういうことになっているんだ。
「と、ところで君の名前はなんていうんだい?」
彼女は伝えそびれた事を思い出したようだ。

「失礼。私は阿藤散花あとうちるか。霧峰中学一番の恋愛少女。」

  お、俺はいつまでこのテンションに付き合えばいいのだろう。

  ガチャリ。
屋上のドアが空き、俺達の元に二人、生徒が入ってきた。

「阿藤さんここにいたのね。」

「黒橋さん。それに小荷田君?」

  阿藤って女の子と面識があるのか。
すると黒橋と呼ばれた子が俺の姿を見て誰かを思い出そうとしていた。

「あ、黒橋さん。彼が噂の育富君よ。」

  二人は喜んでいる。

「君が育富君だね?野邉さんから聞いているよ。けど、君が学校に来ているなんて。」

  褐色で筋肉質の男子が僕にそう教えてくれる。
そんな彼にとって不登校の生徒がやってくる事はそれだけ驚く事なんだろうか。

  しかし野邉さんって人気者だな。前出会った時はここまで人当たりが良い子だとは思っていなかったけれど。

  それから黒橋さん…黒橋英美里くろはしえみりさんから話があった。

  俺と阿藤さんは初耳でびっくりしたけど

  野邉さんが阿藤さんにフラれ、体育館で話をした後に野邉さん、小荷田君、黒橋さんが俺に会いに行く予定だったらしい。

  しかし、だんだん野邉さんの様子がおかしくなって今では彼女が登校拒否に。
表向きは体調不良という事らしいけれど、現在連絡がつかなくてわからないとか。

「やっと育富君が登校しだしたと思ったら今度は野邉さんが。
世話のやける子ね。」

「元はといえば君のせいじゃないの?女子の気持ちはよくわからないけれど、同姓に惚れる気持ちってあるらしいからさ。」

  黒橋さんがフォローをしてくれる。

「阿藤さんはちゃんと断ったの。麻美子…野邉麻美子はトランスジェンダーでね。中身は男子よ。」

「詳しい話は彼から聞いた方がいいけど、この前提がないと君には伝わりにくいからさ。」

  は?トランスジェンダー?すぐには整理できないと思っていたけれど俺の視点なら辻褄が合う。

  発達障がいの事を快く受け入れてくれた事。
路地裏で助けてくれた事。
見た目や性別関係なく友としていられた事。

  そうか。
そうだったんだ。
俺達は妙な人生だったんだね。

「でも、阿藤さんはともかくなんで二人は俺の事を受け入れているの?俺は発達障がいで、コミュニケーションも得意じゃないのに。」

  小荷田君が手を差し伸べる。

「誰だって何かを抱えているのかもしれない。けど、構うもんか。野邉君のおかげで俺の今があるから。」

「だから、今度は私達から逃げる麻美子にちゃんと戻ってくるように言わないと。」

  黒橋さんは拳の骨を鳴らしているので物騒だ。
阿藤さんは誰かと連絡をとっている。
平然とスマートフォンを出しているけれど校則とか大丈夫なの?

「蟻原から連絡があったわ。あの喫茶店で項垂れているしょうね…少女が一人いるそうよ。」

「それって確実に野邉さんって言えるの?」

「ボーイッシュな格好だけならわからないけれど、野邉さんは度々サンダルで下校していたらしいじゃない。」

  そういうことなら。
「俺なら判断つくかも。
そのサンダルって灰色のクロックスじゃなかった?」

  小荷田君と黒橋さんが驚いている。

「お、せいかーい。どうやら、朝だけ学校に来ていたわけじゃなかったのね。素直な子。」

「けど、まだ放課後まで時間はあるしどうしたらいいんだろう。」

  阿藤さんはまた連絡を取っている。

「蟻原に頼んでおいたわ。小荷田幕波、黒橋英美里、私と育富濱塩は急な体調不良で一斉早退!さ、蟻原が迎えに来ているからさっさといくわよ!」

  え、ちょっとなんか凄くないか?
俺なんてやっと復帰したばっかなんだけど!

こうして俺達は野邉麻美子の元へと向かっていった。

蝟集一同


  俺はまだ喫茶店にいる。
長居しちゃだめなんだろうけどこの時間帯だと人がそれほど多いわけじゃない。
いや、今日はそういう日かな。このお店のメニューは美味しいしいつだってお客さんが現われては消えるのに。
俺は余計に甘えていく。

  日本人中学生というのは自由と不自由の間で生きている。
ついこの間まで私服でランドセルを背負っていたのに、センスが良いとは思えない制服に見を包まざるを得ず、急に難しくなっていく勉強に篩い落とされて受験に望まされる。

  良い高校、良い大学、良い会社に入っても給料まで良いかは人による。
望んで選んだ人生も望まざる陣営を選んでも何かと理由をつけて格差を広げていく。
昭和にいたとされる優しい大人も令和の今では消滅してアニメとかサブカルにハマって子供のような考察や感想や押しつけをひけらかす自称天才人間がいい歳しながら肩で風きって生きて、正しい人を追い詰めて殺していく。

  そこでマイノリティとされる運命を背負って生きても、同じマイノリティとは生きていける保証はなく、派閥やカーストに毎日脅かされて死んでいく。

  俺は未来を夢見る事はしなかった。
育富君一人救えず、阿藤さん一人愛せない俺。
女なのか男なのか…そもそもそういう前提でいる事が間違っているのかすら俺には判断できない。
どれだけ鍛えても食っても現実はマイナスのみだ。

  なぜ、俺は生きているんだろう。
なんだか眠くなってきた。
俺は先を考えると絶望しかないため、ここで寝てしまおうと思い瞼を閉じようとすると誰かがいる。
あ、セバスチャン?阿藤さんの執事、蟻原さんだ。なんでいるんだろう。夢か。

「入眠なさる所失礼致します。」

わぁ!夢じゃない。

「あ、蟻原さん。うっす。」

  蟻原さんは自分のスマートフォンを指差して何かをジェスチャーしている。

「野邉様。
既読スルーされているトークをご確認下さい。」

  俺は自分のスマートフォンでアプリを開く。
そこには多くのトークが残っていた。新規のトークも沢山ある。

  これがどうかしたのだろうか。

「そちらにご連絡はありませんでしたか?育富様が不登校を脱出したことを。」

  え?育富君が?なぜ蟻原さんが育富君のことを知っているのかはわからないけど俺の考えが及ばない所で何かが起きているようだ。

「おっと説明不足でした。今現在、育富様含め散花様がこちらに合流致します。」

  それではと蟻原さんは忍者の如く去っていった。かっこいいな。
あの人は何者なのだろう。
すると入れ違いになって阿藤さん、英美里、小荷田君…そして育富君がやってきた。

「な、なんで育富君が…それより英美里に小荷田君まで。今日学校だろ?」

  阿藤さんが俺のサンダルを踏む。

「私をスルーとはいつの間に豪胆になったのかしら?」
「いたいいたいいたい。」

  俺達は再び揃った。

  阿藤さんは英美里と小荷田君の席へ、育富君は俺の席に座った。
「ひ、久しぶり…」
「うん。」

  何を話したらいいのだろうか。

  いや、育富君の顔を見ると向こうも同じようだ。

「つ、ついていけないでしょ?」

「まあね。」

  育富君はその割には俺より落ち着いている。

「野邉さん。君、男子だったんだね。」

「え、なんでその事を?」

「黒橋さんから聞いてね。」

「育富君と英美里って知り合いだったっけ?」

「知り合ったのは今日だよ。けど、彼女から色々話を聞いてさ。」

  俺はいつも聞いていた話と初めて聞いた話を育富君の口から伝えられる。

  英美里が俺に対してどう思っているのか。
育富君との出会い。
阿藤さんへの恋事情。

  小荷田君側の話も聞いた。
お互い浮いている男子ということもあって打ち解けられたとか。
そのきっかけは俺にあるそうだけど。

「野邉さんも含めて、優しい人っているんだね。俺、その事忘れて一人で抱えていた。」

「言えないこともあるからさ。仕方ないよ。」

  俺はずっと言いたかった事を彼に伝える。

「忘れていてごめん。
本当は覚えていたんだけど、今の今まで育富君に会おうとしなかった。
筋トレで逃げようとしてさ。
育富君が俺にカミングアウトしてくれたから俺もちゃんと言おうと思ったのに。
ごめん。逃げてごめん。」

  育富君は深呼吸をした。

  そして、
「いいよ。話してくれてありがとう。俺も君の事を忘れていたんだ。
学校には毎週校門までは行ってたんだけど、その度に友達ができている君を見て嫉妬してた。
俺には居場所がないって。」

「ならどうして学校にきたの?」

  育富君は俺の疑問にまっすぐ答えてくれた。

「園芸部の入部届を出してなかったからさ。
他には何も思い当たらなかったけど、殻を破りたかったのかもね。」

  殻を破る…か。

  俺、何やってるんだろう。
せっかくみんなが手を差し伸べてくれたのに拒否をしてしまった。

  その間に育富君はずっと進歩している。
それに、英美里、小荷田君、そして阿藤さんまで俺のために力になってくれた。

  やっと育富君に会えた上にいつの間にか英美里達は育富君を認めている。

「行こう。一緒に勉強しようよ。」

  育富君が席を立ち、俺に手をのばす。

「勿論。だって俺達は…」

  俺が育富君の手を握って立ち上がると

「だって俺達は…なんなのかしら?」

阿藤さん?なんで怒っているんだろう?

「良いドラマだったわ。
それはいいの。
で、私より一番上に立つ彼にはどのような魅力があるのかしら?」

「阿藤さん、どうしたの?」

「黒橋さんは黙ってちょうだい。
私は知りたいことが山程あるの。」

  すると育富君が阿藤さんに伝える。

「野邉さ…野邉君でいいのかな。
彼は情に熱くて正論を言えるけど打たれ弱い人だよ。
ふわふわしているみたいに感じるかもしれないけれど彼は俺も阿藤さんもどっちも一番だったと思う。
生き辛い毎日を共にする友達だからさ。だから…。」

  まばたきをし、言葉を選ぶ育富君。

「競うのはやめよう。
恋愛や友情…どういう好意であっても今があるのは自分の意思とみんなの優しさあってこそ。
それでいいんじゃないかな。」

  阿藤さんは納得がいかないような顔をしていたが彼女も一旦深呼吸をした。

「なるほどね。
育富君には敵わないわ…なんてね。
面白い人ね。
というわけで引き続きよろしくね。」

「引き続きって…あ、そういえば阿藤さんはなんで育富君の事知ってたの?」

  赤くなる阿藤さん。
またなんか悪いこと言ったかな?そう思っていたら阿藤さんは蟻原さんを呼んだ。

「皆さん。
既に学校、ご家庭には連絡してあります。さ、野邉様。」

  いつの間にか私の制服がある。
スカート付きの前時代的デザインだ。令和だっていうのに。

「行こう。」

  確かに生き辛いな。
これからどうなるかわからないし、マイノリティだからどうだとか悔やんでいる時間はないのかもしれない。

  ただ、無駄ではなかった。
俺は弱い。
きっと男でも弱かったろうな…性別も関係ないな。

  だから強くなりたかった。
形だけでも強くなれるなら筋トレは良いな。
それに、秘密は守ってくれるみんなのためにも俺も守る。

  英美里、小荷田君、阿藤さん、そして育富君が加わったんだからな。

  いつか離れ離れになるかもしれないけれど…大事な友達だ。

  俺は高校生になっても、専門生になっても、大学になっても、社会人になっても…
こうして仲間ができるのなら頑張ろう。
凹んだ時は、誰かが助けてくれるのかもしれない。
くれなくてもいいやって思えるまで、俺はトレーニングをし続けないといけない人間だと思う。

さて、戻りますか。

~完~


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