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なぜ「2軍を回すこと」を考えなければならないか~2020年代の投手起用・育成の現状~

 こんにちは、ドリーです。

 ここ数年中日ドラゴンズの2軍投手陣が崩壊しており、それに加えて投手不足にも陥っています。そこで「2軍を回すためにも投手を獲得しろ」という話も出てきていますが、一部の人はこんなことを思うはずです。

別に1軍が勝てればそれで良くない?

しかし、2軍の選手数が不足していることは1軍が勝つ確率すら下げてしまいます。それはなぜか、そして楽観的な戦力計算の危険性を見ていきましょう。

1.NPBの投手を取り巻く現状

 平均球速が上がり、変化球の種類も増え、打者のレベルも上がって昔のように平均140キロ前後のストレートに緩急をつけるカーブや大きく曲がるスライダーを中心に投手自身の得意不得意に合わせてゴロ狙いでシュートを投げたり空振りを取るためにフォークを投げたりというようなスタイルでは通用しなくなっています。それに合わせて投手の体にかかる負担も大きくなり、200イニングを平気で投げてきた投手を見ていた時代の人には今の投手は物足りなく感じてしまうくらいでしょう。しかし、1試合あたりの投球数、シーズン通しての投球数が蓄積した疲労となって故障リスクを上昇させることや、低年齢のうちから球速を上げることによって肩肘を痛めるケースがあると報告されているのも事実です。特に、肘内側側副靭帯再建手術(トミー・ジョン手術)は近年実施件数が増えていて、2017年に発表された論文では、球種数が少ないこと(意外ですね)に加えて先発投手は1試合あたりの投球数が多いこと、中継ぎ投手は平均球速が速いことと登板間隔が短いことが肘の内側側副靭帯損傷のリスクになると書かれています。あくまでもこれは過去の手術例のデータを集めたものですが、肌感でもたしかにそうかもと思える内容です。

 つまり、出力を上げるためのトレーニングがないと体がそれに耐えることができず、1試合やシーズンあたりの投球数、登板間隔にも気を遣わないといけなくなってきています。また、週に6試合ありその他の時間も練習に充てられるプロ野球では、授業を受けていた高校・大学や社業をしていた社会人野球と比べて体に負担がかかるのは当然です。実際、ここ数年の高卒1年目の選手はファームでも登板間隔や投球数を他の選手より余裕を持たせて管理するチームが大半です。それを投手不足でできずに森山暁生を故障させてしまったのが中日ドラゴンズなのですが…。

1999年以降の規定投球回到達者と170イニング以上、200イニング以上の投手数
1999年以降の年度別規定投球回到達者の投球イニング箱ひげ図(分布)

 上の図を見ても、先発投手のイニング数が減少していることがわかると思います。1試合7イニングを1年続けると到達できる目安になる170イニングもイニングイーターとしての1つの目安である200イニングも減りました。これは、2つめのグラフにある「外れ値」が右(近年)に近づくにつれて数値が落ちてきていることでも明らかです。20年ほど前は普通の範囲内だったイニング数が異常値のように扱われているのが現状です。

2005年以降のファーム規定投球回到達者と100イニング以上、120イニング以上の投手数
2005年以降のファーム規定投球回到達者の投球イニング箱ひげ図(分布)

 ファームの記録が残っている2005年以降のものも調べてみました。ファームの試合は年々増加しており、2005年はウエスタン・リーグが88試合、イースタン・リーグが96試合だったのが、2010年にはともに100試合を超え、現在では110~130試合ほどとなっています。それを考慮すると、最大値の増加はみられないと言えます。また、試合数が増加した割には100イニング、120イニング以上を投げる投手が2000年代後半と比較して現在は変化がみられません。

 もう少し踏み込んでみましょう。先発のイニング数が減るということは中継ぎにも負担がかかります。中継ぎは1~2イニングで降板することが基本で、9イニングを終わらせるためには複数人必要になってきます。これは簡単な算数の問題ですが、中継ぎが1イニングしか投げられないと仮定した場合、毎試合6イニングで降板する先発投手Aと毎試合7イニングで降板する先発投手Bでは年24試合登板した時、24人分の中継ぎが必要になります。これを1軍のチーム単位で換算すると、143人分の中継ぎが必要になり、35登板する投手が4人+3登板と計算できます。そうなると、先発が早く降板する分、中継ぎの人数がチームとして必要になります。それに加え、先発の登板間隔をこれまでよりも空けるとなると、先発の人数も必要になります。トミー・ジョン手術などで長期離脱する投手も増えていて、そういった選手も雇用し続けることが多いです。試合数が変わっていなくてもこれまでと比べ、投手の人数を増やさなければならないのです。

2.2軍の投手不足の何が悪いか

 次は2軍の投手不足が起こす事態について考えていきます。

 大前提として、毎年1軍では1250~1300イニング、2軍では950~1000イニングを誰かが投げなければならず、いくら投手が足りなくてもシーズン全体のイニング数が大きく減ることはなく補う人が必要になってきます。

 まずは特定投手への負担増加です。例えば、2023年開幕直前に中日ドラゴンズではジャリエル・ロドリゲスが亡命しました。前年の彼は54回2/3を投げています。シーズンを構想するうえで、その分の投球回を埋める必要が出てきます。2軍から誰かを昇格させたとしても、その分誰かが2軍の投球回の穴埋めをすることになります。それが行き詰まって過度な負担をかけてしまうと故障に繋がります。そうすると更に他の投手が穴埋めに駆り出され…と負のスパイラルに陥ります。基本的にこのような事態で最初にリソースが割かれるのは序列の高い投手からで、そこから負のスパイラルが始まるのだとすれば期待していた投手からいなくなってしまうこともあります。そうなると1軍が勝つ確率すら下げてしまうのです。

故障者が出た時の想定を簡略化した図

 上の図はそれを簡略化したものですが、これを複雑にしたことが2軍では起きています。そこから1軍に上げたい選手に皺寄せが行って故障や疲労でパフォーマンスを落としてしまいます。チームによっては2軍の事を考えて1軍昇格を見送ることもあります。

 次に懸念されることが、若手投手の成長阻害です。先ほど書いたように、現代野球では新人の投手には登板間隔や球数を管理して何年もNPBにいる投手よりも負担のかからないようにします。2年目以降も場合によってはそのようにすることがあります(佐々木朗希や高橋宏斗など)。
 しかし、投手が足りなくなると、上図のように穴埋めすることになり、次第に1試合での投球イニング数の増加(≒投球数の増加)や登板間隔を狭めることになります。分かりやすい例が2023年の森山暁生(中日)です。
 そして、登板間隔を空けた分トレーニングを積むことができますが、登板間隔が狭まるごとに試合に向けた調整に追われます。それが続くと他球団の若手投手と比べて成長曲線が緩やかになることも考えられます

 奥川恭伸(ヤクルト)の例を挙げますが、それでも故障してしまうものです。こういうことには100%はありませんが、少しでもリスクを下げるのが管理者としてやるべきことではないでしょうか。

 このように2軍の投手不足ではその年に勝つことだけではなく、将来のチームにおいても悪影響を及ぼしてしまいます。

3.中日ドラゴンズは本当に投手不足になるのか

 以上のことを踏まえて今年の中日は投手不足になるのかという話になりますが、投手が足りなくなる可能性が極めて高いです。

中日ドラゴンズ2022年から2023年の投球イニング数の変化
2022年退団選手と2023年入団投手(途中入団含む)の投球イニング数

 現有戦力から見ていきましょう。大野雄大、岩嵜翔、岡田俊哉の復帰、梅津晃大、メヒア、フェリス、齋藤綱記のフルシーズン稼働、根尾昂の成長などイニング数増加を見込める要素はあります。しかし、誰かが復帰すれば誰かが怪我するような世界なので、昨年規定投球回に達した柳裕也、小笠原慎之介、高橋宏斗が故障する可能性や、中継ぎが勤続疲労もあって離脱するかもしれません。トミー・ジョン手術の論文に当てはめると清水達也、勝野昌慶、ライデル・マルティネスは少し危ないです。もちろん他の選手も故障します。「いやいや、そんなネガティブに考えなくても」と思うかもしれませんが、主力投手が離脱せずに1年乗り切れたシーズンなど聞いたことありません。投手の故障は「まさか」ではなく必然に近いものです。

中日ドラゴンズを2023年に退団した投手の投球イニング数
中日ドラゴンズ2023年オフの投手の入退団

 じゃあ新しく入ってきた選手が補えばいいじゃん、となりますが、222回1/3が抜け、入ってきたのは新人とリリーフの梅野雄吾のみ。新人も5人中3人は中継ぎタイプです。ドラフト1位の草加勝はいきなりトミー・ジョン手術でシーズン全休が確定。そして、新人の投球数と投球イニングに配慮するとなると、とてもこのイニング数を補えるとは考えられません。土生翔太、加藤竜馬(キャンプで右肘痛発症)、菊田翔友、梅野の4人で50イニングずつ投げて残りを福田幸之介で…なんて妄想は既存戦力の投球イニングの表を見れば上手くいかないことがわかります。

 既存戦力と新入団選手で合わせてどうにか間に合わせればいい、と聞こえは良いですが、昨年でもかなり厳しい状況でシーズン途中でウンベルト・メヒアとマイケル・フェリスを補強し、一昨年もジョアン・タバーレスが途中入団しています。メヒアもフェリスも手数が少ない分、対策されて攻略される可能性は十分にあり、今年もシーズン途中で外国人を補強する必要に迫られるかもしれません。
 しかし前にも書きましたが、どれだけ投手が足りなくなっても簡単に試合を中止にしてくれるわけではありません。シーズンが終わる日まで試合は追いかけてきます。「試合できたんだから投手足りてるでしょ」はそりゃそうだろとなるだけです。たしかに保有している投手の数は多いですが、故障や試合に出すレベルにない状態の選手が多すぎて使える投手は少ないのが実情です。本当にチームの将来を考えて戦っているのであれば、試合で使える投手を増やすことが必要になります

4.「2軍を回すための投手」はチームにとって必要なのか

 よく言われる「2軍を回すためだけに雇用するのは選手にとって失礼」という意見についても触れます。

 その意見に対する僕の中での答えはノーです。2軍を回すためだけの投手であれば、他の球団が雇ってくれる確率もかなり低いです。これはトライアウトでの採用人数を見ればわかると思います。元プロ野球選手は8割が自己破産するとも言われています。チームの他の選手も選手の雇用も守れるのであれば都合が悪い話ではないはずです。
 そして、ファンからすれば「2軍を回すため」だけにいる投手だとしても、そこで活躍すれば1軍に上がれるチャンスも残されています。その中の取り組みで何か自分を変えられるきっかけはあるかもしれません。決して一生2軍にいるわけではなく、1軍枠を争う人数を実力の差はあれど雇用数の増加で増やすことで2軍の投手不足からも守ることに繋がるのではないでしょうか。

5.まとめ

 ここまで現代野球における投手起用の変化、2軍が投手不足になって起こるデメリット、中日投手陣の現状を見てきました。

投手が足りない

他の投手の投球イニング・投球数を増やす

故障したからまた他の投手にしわ寄せがくる

1軍に上げたい選手が故障や疲労でパフォーマンスを下げる

1軍にまで影響が出る

 この図式を見ると「1軍が勝てれば何でもいい」とはならないはずです。ましてや1軍が勝つ確率すら下げる事態です。2軍が育成機関として機能しない以上はチームの再建はできません。今の中日はその危機に立たされています。それを改善できるのか、今年も注目していきたいです。

 以上で今回のnoteは終わりになります。ありがとうございました!


参考文献
日本野球機構 https://npb.jp/ 
日本プロ野球記録 https://2689web.com/index.html 
酒折文武・圓城寺啓人・竹森悠渡・ 西塚真太郎・保科架風.野球のトラッキングデータに基づいた肘内側側副靭帯損傷の要因解析.統計数理(2017).第65巻 第2号 p.201-215 https://www.ism.ac.jp/editsec/toukei/pdf/65-2-201.pdf 


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