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ピュセル記


 ピュセル記

 世界の大半が砂漠に覆われてからどのくらいの年月が経ったのか。そんな事を考える者も最早いなくなっていた。
 ここにベネーセという土地があった。健康、美容への意識が高く医療の優れた土地。人々は健康診断と人体研究の日々を送っていた。
 よく晴れた正午、砂漠を何かが駆けてやってくるのをベネーセの門番が見つけた。もの凄いスピードでこちらへ駆けてくる。馬……に乗った女?頭から爪先まで銀色の甲冑に身を包んでいるが、うなじ部分の隙間から黄金色の長髪をマントの様にたなびかせている。
 「こちら門番! 外界より何者かがこちらへ向かって進行中! 武装をした者が物凄いスピードでこちらへ向かっている! 応答せよ! 応答せよ! 巨大な馬に乗って女戦士がやって来た!」
 門番がそう言っている間にその巨馬は既にこの土地の門を勢いのままに打ち破り、ベネーセの人々の行き交う市場の手前、門前広場にて急停止。門が破壊された轟音と嵐の如くに舞い散る砂塵を目の当たりにしたベネーセの民は皆唖然。その身を硬くして立ち尽くすばかりだった。
 馬から降りるや否や、女戦士は自らが乗ってきた馬の首を、巨大な剣でぶった斬る。
 何がなんだか解らない。解らなさすぎて民衆からは悲鳴ひとつ起こらない。
 首のなくなった馬は未だ意志を持ったように凛と佇んでいる。
 その傍ら、銀色の兜を脱ぎ、甲冑姿の女が叫ぶ。
 「我が名はピュセル! 北の土地、イーニョンからやってきた! 我が馬の肉! この土地の民に分け与えるがいい! 馬の肉と引き換えに我が土地の者たちの健康を診てやって欲しい! ここは医療が優れていると聞いてやってきた!」
 あまりに唐突すぎる状況の連鎖にその場の誰もがどうしたら良いものか分からなかったが、身動きの取れない理由はもう一つあった。
 『美しすぎ』たのだ。
 頭を覆っていた兜を脱いだ女戦士ピュセルの容姿に、老若男女問わず胸が締め付けられる。瞳孔が開く。頬が染まる。心に春が着地する。
 清らかな風が、輝きをひき連れて過ぎていく。
 惚けて沈黙したままの民衆の思考を、甲冑女の叫び声が再び引き裂く。
 「交渉をしようと言っているのだ! この土地の代表を出せ! 利口な者だと良いが。ここへ来る途中、愚鈍な土地の者共が私の提案を飲まなかった故、何人かの顔面の皮を剥ぐ事になった!」
 どよめく民衆。そのどよめきの中に一人の男の呟きが混じる。
 「何という野蛮な奴か……しかし、あの者の身体どうにも気になる」男は心の内で続ける。——美しすぎる、妙な程に。詳しく調べてみたいが、しかし素性が不明すぎる。馬の肉に関しても一方的すぎて全く訳が分からない。その上かなりの剣技……危険すぎるか。否。危険を恐れるばかりでは何も為し得ないのもまた真理……。
 「戦士ピュセルよ! 私の名はスゥ! この土地の代表ではないがこの土地の人体研究員の長である! お前の交渉を飲もう! お前の土地の者たちの健康を私が診てやる! しかし、こちらの条件としては馬ではなくお前の身体だ! お前の身体の健康診断をさせて欲しい!」
 スゥの叫びに反応し周りの民衆がぶわっと退いてピュセルとスゥの間に道ができる。
 「馬、いらないのか! 早く言え! もう首を斬ってしまったので生き返らないのに! あと代表じゃない奴の勝手な交渉など信用できるか! 剥ごうかなぁ! 皮を剥ごうかなぁ!」
 「馬はお前が勝手に斬ったのだろう……。今回の交渉に関して言えば代表より私の方が適任。何よりお前のような野蛮人と代表を簡——」
 「あ?ぶつくさ何を言っているのか聞こえん! 声を張れ! 二十メートルくらい離れているのだから! よしもう剥ぐぞ!」
 「ま、待て! ではその馬の肉も有難く頂こう! 馬肉は美容にも良いのだ! あとはお前が健康診断を受けると言えば交渉は成立! 身体中の穴という穴も含めお前の全てを調べさせて貰うが、さぁどうする! 恐れをなして何も得ず帰るか?」
 「わかった! いいぞやれ! どうぞ!」
 「え?」
 「何だやらないのか! では押し通る! 代表はどこだ!」猛烈な疾さで駆け出すピュセル。
 「ちょちょちょちょッ!」
 「押し通る!」巨大な剣が光る。
 「ちょ! やる! やる! やるから! すぐやるから!」
 「何だ、やるのか! わかった! どうぞ!」ピュセルは背筋をピンと伸ばし、男の目前で急停止した。
 「うぐぅ……とりあえずは交渉成立。善は急げだ。来い、我が健康診断所へ!」
 
 【健康診断所】
 「イーニョンではもう十年以上も子が産まれぬ。何かの病に侵されているに違いないと思い、戦士である私が旅に出てここへ辿り着いたと言う訳だ。このままでは我が土地の民は滅んでしまう。どうか我が土地、イーニョンの民の健康を診てやってほしい!」
 「理由はわかった。だがまずはお前の身体だ。今は昼休み。誰の予約も入れていない。一時間程相手になって貰う」
 「よしわかった、早くやろう!」
 「しかしその骨格といい肌艶といい、近くで見ても尚、妙な程に美しい顔面……。さぁ、着ている甲冑、衣類、全て脱いで貰うぞ」と、自身の下唇を落ち着きのない指でさすりながらスゥが言った。
 「顔面など皮一枚剥げば人間殆ど同じだがな! ただ肉と血があるのみ! あとは歯がむき出しになる! ハハハハハ!」
 ピュセルは着ている物を手際良く脱いでいく。その一挙手一投足がいちいち美しかった。否、愛おしかった。金属製の甲冑を脱いだ時などは、甲冑に内包されていたピュセルの汗の匂いが一気に部屋を覆ったが、驚くことに一切の不快感もなく、それは逆にスゥの心拍を急激に高鳴らせることになった。
 柔らかに美しく弧を描く肉厚な花々の咲き乱れるイメージが次々と目の前に浮かび上がる。ゆらゆら揺れる真珠色の分厚い花弁が湿った光を纏い、光は徐々に重なりあって重力により滴り落ちる。反動で花弁が大きく揺れる。ぱぁっとミスト状の湿気をおびた空気が渦をまき、スゥの身体をつつみ込む。
 不思議だった。
 普段より毎日のように幾人もの女達を診て来たスゥだったが、このような幻夢的な経験をするのは初めてだった。
 ピュセルが身に纏っていた全ての衣類を脱ぎ、最後の下着をたたみ終える。
 「どうぞー!」
 背筋をピーンと伸ばしたピュセルが叫ぶ。
 惚けていたところを唐突に叫ばれてびっくりしたスゥが勢いに押されて口を開く。
 「うむむ、さぁ……お前の真理を診せて貰おう。と思ったが、少し待て……」
 「ん? キサマ、それは何だ。何を隠し持っている」
 「え、これ? あの、だから少し待てって」
 「一時間しか無いと言ったのはお前だろう! 待ってられるか! 何を隠し持っている!」ピュセルの手が傍らに置いた剣へと伸びる。
 「これは、その、あのぉ……股間、なんですけれども」
 「ふざけているのなら剥ぐ」
 刹那、スゥの胴体に鋭い光の線が走る。衣服が裂け、スゥは丸裸になった。股間を隠す様にしていたスゥの指先の何本かが光の線の軌道に沿って吹き飛ぶ。隆起した男根が空間に晒される。
 「お前、それは一体何だ!」瞳孔を広げた女戦士が問う。
 「うぅッ、うぅ……おおぉ……おちんちんのぉ……勃起ですぅ! うぅーッ!」
 「オチン? 妙な呪文を唱えるんじゃあない! それは何だと聞いている!」
 「ぐぅ……! だから! おちんちん、です! ぼっきぃい! うぅーッ!」
 「オチンチン……その腫瘍の名か? ……病に罹っていたとは。すまない。しかし早く言えば良いのに! そう思うよ!」
 「うぐぅ、指ぃ……ゆ?」
 「安心しろ、指は斬っていない! 吹き飛んだのは薄汚れていたキサマの爪のみだ! 清潔であれ!」剣を床にズンと刺す。
 「うぐぅ! 良かったぁ! くそぉ……もう、では始めるぞ! これをお前の膣に差し込ませて貰うからな! カメラ搭載の健診グッズ、ぬるぬるカメラホースマンを!」と全裸の泣きべそ男が言い放つ。
 「チッツ? あ! 膣か! へーわかった! どうぞ!」全裸の女戦士が応える。「チッツ!」
 健康診断の幕開けだ。
 ピュセルは、どひょういり、という感じの体勢で大股をひらき、両手の指先をきれいに揃え、股間はこちらです、と案内するように設置し意欲的な表情で今一度叫ぶ。「ほいな! こちらがチッツ! お膣だほい!」
 「うむ、わかっておる」ペースを崩されまいと平常を装うスゥ。「どこまでも妙な奴め。では参る! ぬるぬるそわか! ぐぐぐぐぐ……!」
 「にゃ! ……いたたたッ! いったーーーーいッ!」
 
 これ、いたーーーーい!
 
 女戦士がスゥの手を払い、己の膣からカメラホースマンを抜き取る。瞬間、しなり狂ったホースマンがスゥの脳天を打ち抜く。
 「あがぁッッ……!」
 「あ、すまん! 悪気はない! つい戦士の防衛本能で。だがお前、痛い事をするのなら先に言え! 言えし! そう思うよ!」ピュセルは左手の掌をコアラの鼻のような形にして痛む膣に蓋をし、右手でホースマンを掲げながら憤る。
 「うぐぅ……まじかぁ、ええ? ……どうしようかなぁ」一瞬怯むもスゥは即座に紳士的な面持ちになり、続ける。
 「おそらくは次第に痛みは無くなるかと思うが……否。私はお前を痛くなどさせない。私は人体研究者の長、スゥだ。安心してくれてかまわない。この身体検査、続行させて貰ってもよろしいか?」なかなか良い感じの面持ちでなかなか良い感じに言えた、とスゥは思った。
 「チッツ! 要領を得ました! お前を信じる。続きをどうぞ!」
 「……よし!」
 
 スゥはピュセルを診察台に寝かせる。そうして自分はピュセルの傍らに立ち、ゆっくり、ゆっくりと、優しく慰るように、目の前に横たわる逞しくもすべらかな身体に触れるか触れないかの手つきで、満遍なく柔らかく伸びる曲線に沿って指を滑らせる。
 スゥは指技の名手だった。
 どのくらいの名手かと言えばベネーセの女達から『指』というあだ名を付けられ「あ、指じゃん。おはよう」「ねぇねぇ、指。あ、やっぱ何でもない」「……指ってさ、好きな人いる?」などと言われるくらいには名手だった。これはかなりの名手だと言わざるを得ない。決定的名手。指技の。
 その『指』ことスゥの指が、ピュセルの乳房から腹、腰、ももへと、ゆっくり微かな強弱を発しながら滑り抜けていく。
 今やピュセルの頬や耳は熱を持って赤らみ、鼻からは暖かな息が漏れ、膣からは光が溢れだしていた。
 これを合図に、今一度カメラホースマンがピュセルの中へ向かう。
 向かっては、後退り、また向かうことを繰り返す。ゆっくり、ゆっくり、紳士的に。いつしか勃起もおさまりを見せている。
 
 「ああッ……ツッ……ううッううッ……あっあれれっ……あ! き、き、んッ!」ピュセルの腰が脈を打つ。「……あぁッ!」

 きもちいーーーーい! これ、きもちいい!
 
発汗するピュセルの身体が光り輝く。汗の匂いによる幻夢に負けぬよう集中力を高め、スゥが言う。
 「カメラホースマンはカメラ搭載のグッズ。お前の中をモニターに映しその健康状態を見せて貰う……むむ。こ、これは……」
 「どうした! 何だ! やんやーん!」
 「これは……とてつもなくぴんくだ。美しきぴんくの中だ!」
 「ぴんく! ぴひぃ……ぴ、ぴんくか? ああッ! ぴーッ……ふううッ……! うッうッ、あッ、うッ! ぴひぃッ!」
 
 うれしーーーーい! ぴんく、うれしい!
 
 「うぅッ、あーーーーッ!」
 叫びと共にホースマンが抜け落ち、同時にピュセルの中から大量の体液が放たれる。顔面がびちゃびちゃになったスゥだったがその顔は微笑み、光り輝く。おちんちんがたちまちに膨れ上がりオチンチンに成る。
 「うッ……ふぅ。悪い! 小便が飛んだ! これでは馬の嬉しょんだな!」
 「馬の嬉しょんは知らないが、謝る必要はない。そしてピュセルよ、お前の身体は健康だ。病になど侵されていない。すごくぴんくだったからな。……聞くが、お前の土地ではおちんちんを備えた人間はいないのか?」
 「あぁ、オチンチンは初めて見た! イーニョンの民の股間は皆すっぺんぺんだ! うわ! お前! またそんなにぼっこりして! 大丈夫かそれ! 何だかホースマンに似た腫瘍だな!」
 「ピュセルよ。お前の土地、我が土地の男衆により救えるかもしれない」
 「オトコシュー」
 「あぁ、すぐ集める。お前も服を着て旅立つ準備をしろ」
 「肛門は」
 「え?」
 「穴という穴だろう。肛門は。いいのか」
 「……それはまた次の機会で大丈夫です」
 「そうか、さては私の美しき尻に怖気付いたな! 違うか! ハハハハハ!」
 
 こうしてピュセルとスゥ一行の旅が始まる!
 ピュセルの発する美しさ。女だけの土地イーニョン。数多の謎もこの旅の果てにきっと解き明かされる事だろう。

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