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取ってしまったのだ、アーニャを。

 アーニャはかわいい。これは紛れもない事実だ。友人とのLINEでも「アーニャかわいいよね」と会話する。夕食時につけた録画のSPY×FAMILYを観ている時でも、母と「アーニャかわいいよね」と会話する。もはやアーニャに取りつかれていると言えるほど、生活に組み込まれており、危機感さえも覚えている今日この頃だ。
 改めて考えても、あれほどまで「かわいい」を前提にされたキャラクターは、他に類を見ないのではないだろうか。例え、アニメやマンガを知らない人でも、SPY×FAMILYの扉絵を見た、第一声は「ピンクの髪の子、かわいいね」であるはずだ。読者を選ばない無類のかわいさが、マンガ自体の魅力の片棒を担いでいると言っても過言ではない。 
 しかし、そんなアニメ界最強のかわいさを纏うアーニャこそが、後に私を苦悩のラビリンスへ誘い込むハニートラップへと化してしまうのである。

 全ての事の発端は、友人と映画を観に行ったことだった。お互い冬休みだったこともあり、せっかく都合が合うのなら、映画でも、という定番の流れで出掛けることになったのだ。見た映画は「アバター」だった。しかも3D。3Dで映画を鑑賞するのは初めてで、美しい映像体験に感動した。前作を見ていなかったため、結局身体の青い人は何だったのか、ということすら理解は出来なかったが、イイもん見せてもらった、という興奮で胸いっぱい、大満足だった。

 3時間を超える上映が終了し、まだ少し時間があったため、ゲーセンでも寄ろうか、という事になった。その当時、私は3時間も3Dの映像を見ていたためか、アバターの世界観に興奮し放心状態になっていたためか、理由は定かではないが酷い頭痛に襲われていた。よく分からないが、二日酔いの様な状態だったのだろうか。死にかけの顔で「うん、ゲーセン行こうね…」と返答し、施設併設のゲーセンへ向かった。
 何しろ二日酔い(の様な状態)だったのだ。半ボケの脳みそで正常な判断が出来るわけがない。突然私が「今からぁ…なんか取れるまで帰れま10やるわぁ…」と言い出したのだ。友人は興味津々そうな顔で「おっ、いいね。見ててあげる」と同行してくれた。いつ卒倒してもおかしくない状態だったため、本当に有難かった。
 
 何度も言うが、当時の私は二日酔い(の様な状態)だったのだ。まともな判断が取れていないものだと思って進んで欲しい。
 
 色々とクレーンゲームの台を周回している間に、見つけてしまったのだ、私は。
                            
 アーニャの台を。

 そう、アーニャのぬいぐるみが景品のUFOキャッチャーである。満面の笑みのアーニャが、これでもかという程配置されていた。シラフの私ならば(酒飲んでないけど)、「あ、アーニャのぬいぐるみもあるんだねー」で終わるはずだった。しかし、二日酔いの私は何を考えたか、じーっとアーニャ台の前に立ち止まり、眺めているのである。
 その様子をを横から見ていた友人は「ほら、無理しなくても良いんだよ~!アーニャちゃん取っちゃえば~!!」と煽りそそのかすのだ。流石にアーニャ台を眺め続けていた私も、ようやく我に立ち返り「いやあ~まさかねぇ!まさかぁ!」と出来る限りの全否定をした。しかし、半ボケの脳みそは身体に順応出来なかったようだ。財布から100円玉を取り出し、遂に投入してしまった。入金してから、脳みそが全回復した。ああ、何という事をしているんだ、私は。何を考えているんだ。だが、入れてしまったものは仕方ない。横からアームの位置を確認し、本気で取りに行く態勢を取っていた。
 アームがアーニャを掴む。意外にもアームのパワーが強かったようだ。GET口にアーニャが大きく近づいた。しかし、今一つという所でGET口には落ちず、「ざんね~ん」と二日酔いでも怒りを買うアナウンスが流れてきた。近くで見ていた友人は「これ、あとちょっとで落ちるんじゃない?」と言った。私も同感だ。しかし、このまま取り続けるべきなのだろうか。半ボケ状態で始めた所業なのだ。アーニャのぬいぐるみなど家においてどうする。親に変な詮索をかけられるかもしれないではないか。
 しかし、名残惜しさも同時に孕んでいる。あと1回。あと1回だけやって取れなかったら諦めよう。明らかにフラグとも取れるような爆弾発言だが、私は全開の脳に従い、アーニャ台の攻略を続行した。 
 
 2回目。アームがアーニャを掴む。GET口は目と鼻の先だ。グラグラとアーニャを掴みながらアームは動く。しかし、移動の途中でアームからアーニャが落ちてしまい、獲得とはならなかった。
 仕方がない。私とアーニャとは縁が無かったのだろう。それでいいのだ。そもそも男子校在籍の非リア中学生がゲーセンで一生懸命アーニャを取っている姿を想像してみてほしい。不審者。店員さんも不穏な顔で、陰から私を見張っていたことだろう。第一、親への弁解など立つ訳がない。これで良かったのだ。

 そう己の心の収拾をつけていた矢先だった。近くで見ていた友人が「M字開脚」と呟いた。何のことだろう。疑問を抱えながらアーニャ台へ目を向けると、その理由が瞭然と分かった。
 2回目の移動でアーニャをアームから落とした。その時、アーニャの頭が台の奥側に倒れていたのだ。従って、台の手前側のガラスからはアーニャの股がべったりと見えてしまっていたのである。
 私は情けなさで赤面した。私の身勝手な行動が原因で、アーニャの尊厳を穢してしまったのだ。半ボケ脳とはいえ、やはりネタとして茶化していた部分はあった。生半可な気持ちでアーニャ台に臨んではならない。絶対にアーニャを取る、という覚悟を持ってアーニャ台へ挑むべきなのだ。
 
 ここまでふざけたことを1000文字ほど書いてしまっているが、当時の私の心境は本気だった。SPY×FAMILYが好き、とりわけアーニャへの愛着が高じたものに因る苦悩のラビリンスなのである。要するに、夜帷とロイドの関係の様なものだと理解していただければなによりだ。

 ……話を戻す。せめて、元の位置に近い場所に戻そう。そう決意した私は、運命の3枚目を投入した。アームが動く。がっちりとアーニャを掴む。よし、良い感じだ。このまま正しい位置に戻し、何事もなかったかの様な顔で帰る。これでいい。そのときだ。アームが開き、アーニャがGET口にもたれかかるようにして落ちる。そして、頭の重みでアーニャの身体がGET口の中に投げ出され、陽気な音楽と主にGET判定のアナウンスが流れてきた。

 そう。取ってしまったのだ、アーニャを。
 男子校在籍非リア中学生がアーニャを取った。「出ない順 試験に出ない英単語」で出てきそうな構文だが、これが事実だ。事実を受け止めきれず、呆然としている私に、友人は大爆笑し、アーニャを抱えた私を何度もスマホで撮影していた。それでも私はこの事実を受け止めきれず、虚ろな目でGETしたアーニャを撫でている。ようやく我に返ると、すぐさま近くのビニール袋を手にし、アーニャを入れて、ゲーセンを後にした。
 休憩しながら、友人に「すごいね!よく取ったね」と褒められた。私は「うん…取ったね…でもどうしよう…」と返答した。そして、「お母さんになんていえばいいのかな…」と藁にもすがる思いで友人に相談した。友人は「いや、普通に『アーニャ取ったよー』でいいんじゃない?」と提案したが、その何気なさが私の不安を増幅させていくのである。

 私の脳内にに「母への言い訳」という新たなラビリンスが誕生したのだ。自分の息子がアーニャのぬいぐるみを抱えて帰ってくると想像すると、どうだろう。間違いなく不安になる。学校で辛い目に遭っているのではないか。詮索に詮索を重ね、いつしか息子を疑っていることだろう。母に余計な心配を掛けたくはない。何気なく、毅然と、凛として「ゲーセンでアーニャ取ったよ」と告白するのだ。「アーニャ取ったよ」はベタだろうか。「なんかアーニャ取れたわw」だろうか。一層のこと、「いつもお世話になってるから、これあげる」とアーニャを手渡すのはどうだろう。しかし、突如としてアーニャを手渡された母の心境は複雑だ。アーニャの満面の笑みと私の仮初めの笑みに苦笑いする他ない。

 そうこう苦悩している間に、友人と別れ、家に着いていた。「おかえりー」と母の声。おもちゃ箱のように散らかった脳内を整理する余裕もなく、いざ、決戦の時がやってきた。もたもたとリュックからアーニャを取り出し、視線を逸らしながら、「あのぉ…えっと…なんかアーニャ取れたみたいですね…」と告白した。デュフ系のオタクの様な喋り方になり、恐らく数多の候補を算出した私の脳内シュミレーターによれば、「最悪の回答」と判定されるはずだ。
 しかし、母は殊の外に肯定的だった。アーニャを見るや否や「かわいい~!よくとったね!すごいわぁ~」と泣きそうな声で喜んでくれた。とにかく円満に終わるのが一番だ。結果的には成功を収めることとなった。
 しかし、アーニャを私の部屋に置くと宣告すると、晴天の霹靂の如く顔が曇っていった。リビングに置くことも考えたが、埃や食事の汚れなどで、日も経たぬうちに変色してしまうことが想定されるからだ。全てはアーニャの保身のためである。他のやましい目的は一切ない。
 
 こうして、一連のアーニャ騒動も事なきを得た。現在もアーニャは私の部屋に置かれ、妙に落ち着かぬ2人暮らしとなっている。
 
 唯一起爆剤となり得たことと言えば、父の発言である。ゲーセンで私がアーニャを取った話を父も耳にした。そして後日、「あれ?お前こないだゲーセンでラムちゃん取ったのか?」と聞いてきたのだ。アーニャの髪飾りと、うる星やつらのラムちゃんの角を勘違いしたらしい。結局、この発言は家族会議に持ち越され、豆台風を生むこととなった。私も自分の部屋にラムちゃんのぬいぐるみがある様子を想像したが、それっきりにしたかった。


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